見出し画像

今は亡き妻のカレーについて

 カレーのためにじゃがいもの皮を剥いている時浮かんでくるのは死んだ妻の事だ。妻は料理が好きで夕食は必ず作ってくれたがお世辞にも上手いとは言えなかった。元々料理が趣味であった私の方が遥かに上手かったといえる。妻は自分の得意料理はカレーだと言い張りよく作ってくれたが、彼女はじゃがいもの皮を剥くのが本当に下手くそで、剥いたじゃがいもが元のサイズの半分になっていることさえあった。それを見かねた私がたまらずじゃがいもの皮剥きを手伝おうとしたが、彼女は自分がやると言って聞かずあなたは黙ってテーブルに座っていろと言って来たのだった。

 その妻の自慢のカレーは特になんて事のない普通のカレーだった。切ったじゃがいや玉ねぎやニンジンと豚肉を軽く炒めて煮立てたものに市販のカレールーを入れてはい終わりというごく一般的に食べられているカレーだった。妻はカレーは家で作るべきだという考えを持っていて、外食では絶対にカレーは食べなかった。私がデート中にカレー屋に入ろうかと言ったら真顔でなんでカレー外で食べるわけ?家で食べればいいじゃない?と言ってきた。私は先程言ったように料理が趣味であったので妻のために一度カレーを作った事がある。しかし妻は私の作ったカレーを食べた後不満げな顔でこう言うのだった。

「私こういう高級レストランで出されているようなカレーってダメなんだよね。もっとさぁ、温かみっていうか家庭の味がしないとダメなの。申し訳ないけどやっぱりカレーは私が作るよ。私の作ったカレーは一番美味しいんだから」

 私はその時この妻の言葉に少し頭にきたが、それから結婚して何度か妻のカレーを食べているうちに妻の言っていたことが正しく思うようになった。妻の作るカレーはざく切りにした野菜と肉を鍋に放り込んでルーを入れただけのものだが、だからなのか妙に家庭の味を感じさせるのだ。妻は当然私が料理が好きなことを知っていたが、しかし私には絶対に料理は作らせなかった。何故私に料理を作らせなかったのか今となっては確かめようがない。ただ、妻は重い病で入院したしていた時ベッドに私と娘を呼んでこう言った事がある。

「私がいなくなってもお料理は大丈夫よ。だってパパがちゃんと作ってくれるから。ねえ知ってる?パパってとってもお料理上手なの」

 妻はそれから間もなくして死んだ。それから私は娘と一緒に暮らして来た。娘は今年十歳になり妻にだんだん似て来た。彼女は最近私の作ったカレーに対して不満を言い出した。娘が言うにはパパの作ったカレーはレストランのカレーみたいで家庭の味がしないらしい。私がじゃがいもの皮剥きをしていると娘がやってきてやっぱり私がカレーを作ると言ってくる。娘は妻のカレーが恋しいのだろうか。それともこれは遺伝なのだろうか。私は空に向かって亡き妻に報告する。私たちは元気だと。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?