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《長編小説》全身女優モエコ 第六話:文化祭 その2

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 しかしモエコは決してクラスの連中から逃げたのではなかった。勿論のクラスの連中の野次には深く傷つき、耐えがたい苦痛を感じた。そしてそれに耐えられず号泣しステージ中を転がり回ってこの不幸を嘆こうとさえ思った。

 だが彼女は負けたくなかった。このまま泣いて逃げたら連中に負けてしまう。そしたらあの酷いシンデレラもどきは文化祭で発表されてしまい、それを知ったシンデレラは草葉の陰で泣いてしまうだろう。そうならぬためには自分がシンデレラをやらなくてはならぬ。自分がシンデレラ役をやってシンデレラを安心させてやらねばならぬ。そう心に決めたモエコは自分がシンデレラのために今できることは何かを考えた。

 モエコは体育館から出るなり校門を突き破ると、そのまままっすぐ町の服屋まで猛ダッシュで走った。そして服屋に着くなり「シンデレラの服ください!」と息を切らすのも構わず叫んだのだ。店員はランドセルを背負った背の高い小学生の女の子が、息をぜいぜい吐きながら店に飛び込んできたことに勿論驚いたが、それ以上にこの少女の言っていることの意味がわからず呆然としてしまった。モエコは店員がポカンとした顔をして突っ立ってるので、もう一度ハッキリと言ってやった。

「だからシンデレラの服くださいって言ってるの!おばさんシンデレラも知らないの?私、シンデレラのメイドの服とドレスとガラスの靴が欲しいの!早く探してよおばさん!」

 20代の店員はいきなり店に駆け込んできた、この貧乏ったらしいガキンチョにいきなりおばさん呼ばわりされた事に腹が立った。だから取り乱して思わず小学生を怒鳴りつけてしまったのだ。

「何がおばさんよ!あなたいきなり人をおばさん呼ばわりするなんて親はどういう躾してるのよ!えっ、それとシンデレラの服?あんたバカじゃないの!ウチはねぇ、ちゃんとした服屋なのよ!そんなお子様グッズなんて売ってないわよ!さっさとおもちゃ屋にでもいったらどうなのよ!」

「シンデレラの服がない?これだから田舎はイヤなのよ!ああ!都会に行けばシンデレラの服なんか山のようにあるのに!いいわよ!この店ん中からシンデレラっぽい服選んであげるわよ!」

「ああ!このガキ!店の売り物に何するのよ!汚い手でさわらないでよ!」

 モエコはもう触るどころじゃなかった。店員が羽交い締めにしようとしてるのを振り払い、彼女の描いたシンデレラのメイド服やドレスのイメージに合う服を血眼になって探し、イメージにあらないものは遠慮なしに床に叩きつけた。これじゃないのよ!これじゃないのよ!シンデレラはこんなものじゃないのよ!とモエコは必死になって自らの求めるシンデレラにふさわしい衣装を探したのだ。この役へのイメージへの徹底的なこだわりは後の全身女優モエコを彷彿とさせる。あの苛烈なまでの役へのこだわりが、既に一小学生だった彼女に現れていたのだ。

 そしてやっとお目当てのシンデレラの服の代用品を見つけた彼女は、選んだ商品を、モエコの狂乱ぶりを呆然として見ていた店員に突き出した。それを見た途端、店員は急に冷静になり、モエコを下目遣いで冷たく見下し、半笑いで言い放った。

「あのー、お嬢ちゃん?これいくらすると思ってるのー?ちゃんと値札見たのー?これがいくらかわかるー?お金持ってるのー?お金!」

 半笑いの店員の問いにモエコはハッキリと「持ってるわ」と答え、すぐさま札束を上着の裏地に作った秘密のポケットから出した。彼女は両親に金を取られないよう、そこに貰ったお金を隠しておいたのだ。店員はモエコの手に握られている札束を見て驚愕した。そこには聖徳太子の1万札がざっと見て50枚近くあったからだ。モエコは目の前で震えている店員に向かってシンデレラを気取って言った。

「おいくらかしら?あなたのおっしゃる通りのお金、いくらでも払ってよろしくてよ」

 モエコは包装された商品を受け取った。そして未だに全身が震えが止まらず呆然としている店員に向かってこう言った。

「ごめんあそばせ!私今からシンデレラになりますの!」

 クラスの生徒達は今日も芝居の稽古していた。昨日と同じくシンデレラをいぢめる場面だ。ステージの生徒たちは昨日と同じように「この煤っこ!」とシンデレラ役をいぢめていたが、突然そのうちの一人が笑い出した。他の生徒は唖然として彼女を見ていたが、彼女はケラケラ笑いながら言ったのだ。

「ゴメーンみんなぁ!私昨日のあの煤っこ思い出しちゃったぁ!あれ最高だったよねぇ!クツのまま入ってきた煤っこをチョットいぢめてやったら、煤っこのヤツ涙なんかためてさあ!」

 それを聞いたシンデレラ役の生徒は笑い、そして箒を振り回しながらこう言った。

「アイツの煤、この箒で払ってあげたいよ!」

 それを聞いたクラスの連中は一斉に馬鹿笑いをはじめた。もう稽古どころではなくなってしまった。担任はやめるように注意するが、それは火に油を注ぐだけだった。騒ぎが最高潮に達した時、生徒の誰かが指をさしてあっと叫んだ。その場にいた全員は指差す方を見た。そして全員唖然とした。そこにメイド服をきて礼儀正しくお辞儀するモエコがいたのである。

 モエコは唖然として自分を見ているクラスの生徒達を見渡すと、透明なビニールのハイヒールを履きはじめ、そして履くとメイド服を脱ぎ出した。その瞬間、その場にいた全員があっと声を上げた。モエコがいつのまにシルクのドレス姿になっていたからだ。彼女は再び生徒達を見渡してから一息入れてこう言った。

「皆さまよごきげんよう。わたくし、今日からシンデレラの役をやらせていただくことになりましたモエコでございます」

 

 

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