インフルエンサーVSインフルエンサー
スターバックスに入った瞬間から私はインフルエンサーへと変身する。バリキャリウーマンはもう業務終了。今からインフルエンサーとして刺激的にツイートしまくってやる。
自己紹介が遅れたけど私はいわゆるインフルエンサーだ。Twitterの世界ではそれなりの有名人で、自慢じゃないけどフォロワー数は10万人以上いる。私の現実じゃとても口にできないような本音満載のツイートにはいつも大量のいいねとコメントがあっという間に並ぶ。
しかし当然の事ながらこの人気者で過激に目立つ私に嫉妬する人間もいて、主に心もルックスも恵まれなかったかわいそうな人たち、特にブサイクな男なんかが、わざわざ私に対してクソリプなんか送って来る。そいつらの親玉に私と同じインフルエンサーもいてそいつのクソリプは時たまやたらバズるけど、所詮恵まれないかわいそうな人たちの吐け口でしかないので、完全にスルーしてそれで終わりだ。
カウンターで注文したブラックのコーヒーとスイーツの乗ったトレーを貰い早速空いていたテーブルに座った。店内の席はほとんど埋まっているようだ。空いているのは私の向かいの席だけだ。爽やかな若い男女、品の良い中年の夫婦、離れた席にはバカなヤンキーカップル、さらにはキモいヲタク。まあいろんな人がいる。彼らは私のツイートネタだ。私は彼らを観察して刺激的なツイートをする。客の行動を観察して現場から日本人というものを切りまくる。そんな私のツイートには毎日500を軽く超えるいいねとコメントが寄せられる。そのコメントをMacBookで眺めてこう思う。みんなちょろいね。これだからバカは。
さてそんな一般市民を眺めながらビターなコーヒーとチョコストロベリーバナナの激甘の、まるで私を象徴するかのようなメニューをひとしきり嗜んだ私は、いよいよスタートと気合いを入れて鞄からマックブックを取り出した。私は自慢じゃないけどという自慢だけど友達からスタバでマックが一番似合う女と言われている。たまにスタバでマックを打っている写真を載せたりするけどフォロワーからもカッコいいとかコメントが来る。そんなわけで私はマックを立ち上げてツイッターにログインしようとしたのだけど、その時空いていた向かい側の席に誰かが大きな音で椅子を引いて、どかっとこれまた大きな音を立てて座ってきた。私はこの失礼な行為に頭にきてどんな奴なんだろうと顔を上げて相手を見た。
見た瞬間、は〜んやっぱりと思った。私の向かい側には黒いスーツの方にフケを散らかした小太りの中年男がコーヒー一般テーブルに乗っけてふんぞり返り股を広げてスマホなんかいじっていた。ああ!シャツはちゃんと中に入れなさいよ。それからその股の間!男はチッとか言いながら猛烈な勢いでスマホを叩いていた。大方どっかの出会い系サイトだろう。全く呆れ果てるにも程がある。そうだ今夜の一発目はコイツをネタにしよう。こんな養豚場でも引き取ってくれなそうなブタは今すぐ殺処分にすればいいんだ。私はまず「こんばんは〜!」とフォロワーに挨拶してそれからさっそく向かい側の男をネタにこんなツイートをしてやった。
『今スタバいるんだけど、向かい側に座っているオヤジが酷いのよ。人もいるのに椅子凄い音立てて引くんだよ。しかも謝りもしないでスマホなんかいじり出してんの。もうあり得ない。日本の景気が悪いのはこういう非生産的なオヤジを飼っているからなんだよね。さっさと殺処分するに限るよこんなのは』
上げた途端にいいねとコメントの通知のあらし。通知数はあっという間に99+になった。私は思わずフッと笑う。オヤジは私の笑い声を聞いたのかこちらをチラリと見た。私はハッとして思わずすみませんなんて言って慌て目をマックを見る。現実世界では気の弱い私。いつもすみませんのすみこさんだ。だけどそれは仮の姿。本当の私は今ここにいる。さてコメントを読んでみたらさっそくクソリプが見つかった。一番上に来ていたのは例のインフルエンサーだった。そいつは私のツイートの上にこんなことを書いてやがった。
『女って男に対してやたら差別するなとかいうくせに自分は平気でいうんだよね。男が音立てて椅子引いたぐらいでそいつの何がわかるの?俺もスタバにいるんだけど座る時にやっちゃったよ』
ああ!いつもいつもうっとおしい!何でいつもいつも絡んでくるわけ?もしかして私にかまって欲しいわけ?はいはいアンタなんかスルーよ!と思ってページを移動しようとした時、突然向かい側のオヤジがヘッと吐き捨てて笑った。
私は思わずオヤジをガン見したのだけど、オヤジはそれに気づくとすみませんと笑みを浮かべながら謝ってきた。私も大丈夫ですと返したが、なんかこのオヤジがさっきのインフルエンサーとイメージが被ってきて無性に腹が立ってきた。
それでインフルエンサーのリプを見たのだけど何と私の元ツイよりもいいねもコメントもはるかに多かったのだ。何でこんな事になるのか。この私のツイートがあんなクソリプに負けるなんて信じられない!思えばコイツはずっと前から小判鮫みたいに私にずっと貼り付いていた。私をこんなバカ女がいるとネタにしてアクセス数を稼いでいた。私はコイツを世の中にこんなゴミみたいな人がいるのねえとからかい半分で放置していたけど、そうやって放置している間にこんなモンスターになってしまうとは。私は今日こそはコイツを徹底的に叩く事にした。もう思いっきり恥をかかせて二度とツイッターに出て来れなくしてやる。あまり感情を剥き出しにするのは恥ずかしいと思うが、もうそんな事言っている場合ではない。私は怒りを込めてコイツのツイートに書いてやった。
『初めまして私のツイートに貴重なご指摘ありがとうございます。私も少し口が過ぎたと反省しています。やっぱり人間って本当の事を言われたら誰だって怒りますもの。もう少しぼかすべきでしたね』
その時向かい側のオヤジがスマホを手に舌打ちをした。私はそれを聞いて邪魔をするなと思いっきり睨みつけてやった。オヤジは私の視線を感じたのかさっきと同じようにぺこりと頭を下げてきた。私も同じように謝る。その時インフルエンサーのコメントの通知があったのでさっそく見た。
『あのさ、さっきのコメントちゃんと読んだ?俺さ、さっき椅子をでっかい音立てて引いたぐらいで人を判断するなって言ってるわけ。頭いいふりするならちゃんと文章読めるようになってね』
ああ頭に来る!私はすぐにコメントを書いてやった。もう徹底的にとっちめてやる!私は力任せに思いっきり音立ててキーを打った。向かい側のオヤジはそんな私をジッと見ている。私はツイートを上げてからオヤジに向かって申し訳ありませんと謝った。するとオヤジは大丈夫ですよお仕事大変ですねえとか言ってきたから、私は変な案件に引っかかってしまって凄い大変なんですよとか言ってごまかした。そして自分のツイートを再度確認して微笑んだ。これでさすがのアイツもブチ切れて暴走して終わりだろうと相手の反応を待った。
『判断なんてすぐできるでしょ?アンタたちみたいなのはみんなおんなじなんだから!アンタだってどっかの店で今私の向かい側にいるオヤジみたいにチャック閉めないで股広げてるんでしょ?向かいに人がいるのにスマホに向かって舌打ちなんかしてさ、それで女にモテないって愚痴垂れてるわけでしょ?』
その時向かい側のオヤジが急にキョロキョロして周りを見た。そして俯いて両手を下に降ろした。ああ!チャックにやっと気づいたのかこのバカオヤジが!私は面白くなってインフルエンサーを無視してオヤジの事をツイートしようとしたが、その時インフルエンサーがまたコメントを寄越してきた。今はアンタなんかにかまってる暇なんかないと私はコメントを無視しようとしたけど、その前に返信考えるために一回読んでおくかとコメントを見たがそこにはこんな事が書かれてあった。
『じゃあ俺もお前のことを勝手に判断していいんだな。お前って多分今俺の向かい側に座ってる赤い服着てマック叩いてるブサイクな女みたいに必死に意識高い女演じてる典型的なバカ女だと思うんだよね。ブサイクのくせに高望みがすぎるんだよ。つけてるブランド物だってどうせメルカリかなんかで買ったんだろ?』
私はインフルエンサーのコメントを読み終えてゾッとした。明らかにこれは私のことだった。私は恐る恐るオヤジを見た。オヤジも何かを察したのかに私を見ている。そしてほぼ同時に私とオヤジは立ち上がって互いに相手を指さしてこう叫んだ。
「お前だったのかよ!」
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