オールサマーうどん 〜夏の終わりに起こった奇跡
彼女は夏の終わりに留学先のアメリカへと戻っていった。アメリカは九月で年度が変わるという。だから夏は卒業シーズンでもあるんだ。小麦色に肌を染めて卒業だなんてなかなか素敵だね。まだ卒業しないけど彼女はきっと僕よりも早く社会人になる。それは定められた運命。二浪してようやく凡中のボン大に入った自分の愚かしさを悔やんでもしょうがない。彼女はきっと日本に戻ってこないかもしれないけど、それもまた運命。悔やんでも仕方ないさ。でも僕はこの夏ようやく彼女と分かちあえた気がするんだ。あの奇跡のような出来事のおかげさ。
そう、彼女はこの夏も日本に帰ってきたんだ。けど残念ながら彼女と僕は恋人とは程遠い友達ってやつさ。ああ!カルフォルニアの陽光そのままの笑顔と小麦色に焼けた肌。昔から可愛かったけど今は垢抜けて可愛さが天かすみたいに弾け飛んでるよ。小麦といえばうどん。だけど切ないね。カルフォルニアじゃまともなうどんは食べられないんだから。浜辺でバーベキューをする僕ら。だけど僕はバーベキューなんかより彼女にしか興味はないし、彼女もなんか心ここにあらずって感じだ。
彼女を囲んで夕陽を眺める僕ら。残念ながら彼女は女の子たちに囲まれてる。僕らは夕陽に照らされた彼女の眩しさをただ眺めるしかないんだ。君をこねてうどんにしたいマイガール。だけど君はそんな僕の気持ちなんか知らん顔でただ眩しく笑うんだ。
晩夏の夕暮れの浜辺のパーティ。だけど彼女は浮かない顔をしている。どうしたの?なんて声をかけたいけど、女の子たちとバカな仲間たちが僕らの間に壁を作ってしまうよ。マイガール。どうしたのさ、そんな浮かない顔をして。僕は彼女をチラチラ見ながら仲間や女の子たちと軽い会話を交わす。だけどマイガール。僕は君だけを見ている。刹那の輝き。彼女を照らす夕陽は真昼の太陽より眩しい。見ているだけで立ち眩みそうなマイガール。だんだん意識が遠のいてゆくよ。
目を開けたら辺りは真っ暗だった。どうやら寝てしまったようだ。足元を撫でる水の冷たさにビクッとなって立ち上がる。浜辺にはもう誰もいない。みんなどこに行ったんだろう。僕を放って帰るなんてあんまり過ぎるよ。きっと彼女も一緒に帰ってしまったに違いない。僕は夜の冷えた空気に夏の終わりを感じて切なくなった。別れの挨拶もなしに去ってゆくなんてあまりにも悲し過ぎるよ。うどんに引っ張られるように彼女のことを思っていた時、忽然と彼女が現れたんだ。彼女はまるで天かすを身に纏ったうどんのマーメイドだった。夜の光に照らされた肌は本当にうどんのようにツルツルしてるよ。水着じゃないのが残念だけど、その肌を包む天かすのようなワンピースを着た彼女はまるでエンジェルのようさ。
「みんなどこ行っちゃったのかなぁ〜」
彼女はそうつぶやいた。だけど心配いらないぜ。僕は彼女に「みんな海に流されてあそこの無人島にいるかもしれないから。もしかしたら無人島どころかマーメイドのお城の周りにプカプカ浮いてるかもしれないぜ」なんてイキなアメリカンジョークをかましてあげた。だけど彼女はノーリアクション。僕のジョークをガン無視してペッパー君のようにおんなじ事を呟く。
「ホントにどこ行っちゃったんだろう。海の家でガン寝してここに帰ってきたら誰もいないんだもん」
不埒な妄想が夏の終わりの花火のように吹き上がる。僕らの他には誰もいない。君に近づく僕。はなまるをつけてあげたい気分。僕の中で丸くちぢこまった亀が飛び出しそうだ。
「さぁ、みんなどこに行ったんだろうね。多分僕らに気を効かせてどっか行っちゃったんじゃないかな?」
彼女はまた僕を無視してあさっての方向に向いてしまった。マイガール、ダメだよ。僕から目を逸らしちゃ。僕は彼女のうどんのようなモチッとした肌にタッチして振り向かせようとする。だけどそうしようとした瞬間彼女が突然僕をまじまじと見つめた。お、おいなんて大胆なんだ、これは告白かい?
「ねえ、なんかこの辺に美味しいレストランない?私お腹すいちゃった」
心臓が茹でたてのうどんのようにビクんと跳ねる。彼女から食事を誘われるなんて初めてだ。彼女もきっと自分の中の枇杷の膨らみを感じているんだ。だけどマイハニー。亀は枇杷を食べたことがないんだよ。だから食べ方を一から教えてもらわないと。
「さ、さぁ、僕もよく知らないんだよ。海の家もみんな閉まっちゃってるし、どうしたらいいんだろう……」
ふと辺りを見て丘の辺りに見慣れたオレンジの看板があるのを見つけた。あれはきっとはなまるうどんだ。どうやら他にはレストランらしきものはないらしい。僕ははなまるうどんの事を伝えようか迷ったけど、ググってもレストランらしきものはないみたいだし、だから躊躇いがちに彼女に言ったんだ。
「あの、はなまるうどんって讃岐うどんのお店知ってる?この辺りで食べられるとこってそこしかないんだ。君がイヤなら仕方ないけど……」
頭ん中でラリー・リーのドント・トークのサビが流れている。走るオープンカーから流れるドント・トーク。カルフォルニアの風をまともに浴びて君の長い髪がつゆに入ったうどんのように煌めいているよ。海岸通りのはなまるうどん。オレンジ色の看板がサンシャインに照らされて眩しく輝いてる。
「それしかないの?はなまるうどんってうどん屋でしょ?本場のスシとかトンコツラーメン食べられるとこないの?」
「ないさ、残念ながら」
気まずい沈黙。夜の浜辺はぶっかけうどんの麺より冷たい。黙り込んで俯く彼女。もう立ち去ってしまいそうだ。これで終わりだと思ったディスティニー。だけどディスティニー。運命なんて神さまの匙加減さ。彼女は丘の方に歩き出して言ったんだ。
「そのはなまるうどんってのでいいや。さっさと行くよ」
活発なアメリカン。こう言うなり僕を放ったらかしにして先へと行ってしまった。でも丘までの道のりは長いよ。思い出してごらん。駐車場から浜まで結構歩いただろ?丘はそのまた先だよ。しかも丘までの道は急激な坂なんだ。でもそんな事ドント・ウォーリー。ブライアン・ウィルソンの歌さえ余計なおせっかいのマイガール。はなまるうどん目指して一直線さ。
途中の道から見える駐車場。彼女はみんながいるか立ち止まって確認する。だけど僕らの車はそこにはなかった。きっとみんな勝手にパーティを終わりにしてうちに帰っちゃったんだ。だけどそのおかげで今は彼女と二人きり。
「やっぱりいないね。っていうか、車一つも止まってないじゃん」
とっくにピークを過ぎたサマーデイズ。冷えた夜風が秋の到来を予告してる。彼女はそのまま駐車場を眺める。だけどせっかちなマイガール。休む間もなく再び歩き始める。
丘の上の海岸通りを渡ってはなまるうどんへと向かう僕ら。店の前の駐車場は車で埋め尽くされている。やっぱり他に食べるところがないからだろう。さっきまで勢いよく歩いていた彼女。店を前にして立ち止まる。不安げな視線。君まさかはなまるうどんに入った事はないのかい?
「本当にここで食べるの?」
小さな声で僕にこう尋ねる彼女。やっぱり初めてなのかい?言わなくてもその表情が全てを語っているさ。でもマイガール、心配しないでうどんへのエスコートは僕がするから。
「大丈夫さ。安いけど味はそれなりに美味しいぜ。それにこれは君だけに打ち明けるけど、そのうどんをさらに美味しくさせる調理法があるんだ。僕が考案した調理法なんだけどね、それをやるとうどんが君のアメリカのどんなセレブも食べたことのないラグジュアリーな料理に変わってしまうのさ。君も試してみないかい?別に嫌だったらいいけどさ」
ふんと鼻を鳴らす彼女。興味ありありのくせに捻くれて素直に食べたいって言えないマイガール。そんな天邪鬼な君。コシありありなうどんのようさ。
「面白いじゃない。たべてあげてもいいよ。ただ不味かったらあなたの頭にうどんぶっかけてやるから!」
「そんな憎まれ口僕のうどんを食べたらすぐに飛んでしまうさ。なんたって特許まで出願してるんだから」
「調子のいい事言って。二浪のボン大生のプアボーイのくせに生意気よ。さっさと店に入るわよ。早くあなたの美味しいうどんの食べ方ってやつ教えなさいよ」
マイガール、そんな挑発には乗らないさ。僕は礼儀正しいジャパニーズボーイ。ただ黙ってうどんの美味しい食べ方をレクチャーするだけさ。僕は小生意気な顔で睨みつけてくる彼女をチラリと見て店の中に入る。そして中から手招きで彼女を誘うのさ。僕のジェントルマンな態度にカチンと来た彼女。膨れっ面で入ってくる。
揚げ物が並ぶレジ前。僕は揚げ物をガン無視してかけうどんを頼んだ。彼女はいくらもしないうちに出されたかけうどんを見て不快そうな顔をする。だけどマイガール。オーダーはしっかりかけうどんさ。
かけうどんを乗せたトレーを持った二人。そのまま薬味コーナーへと歩いてゆくのさ。店内は地元の連中が入って騒がしい。彼女その客たちを見てこう呟く。
「まるでスラム街みたいじゃない」
「そんなレイシズムみたいな事言っちゃいけないよ」
彼女の発言を嗜める僕。スラム街だなんていっちゃいけないよ。この人たちは日本ではヤンキーって呼ばれる不良で残念ながら知力に恵まれない可哀そうな人たちなのさ。
薬味コーナーに着いた僕ら。僕は彼女の方を向いてにっこりとほほ笑む。今から実演してやるさ。これが僕特製の美味しいうどんの調理法だよ。僕は言葉よりも実践で彼女にレクチャーを開始したのさ。僕はまず天かすをグランドキャニオンみたいに山盛りにかけたんだ。彼女はそれを見て目が飛び出そうになってた。だけど僕のうどん万国ビックリショーはまだ続くよ。僕は生姜を大さじのスプーンで一杯掬ってうどんに落とす。そして最後は醤油さ。醤油はチェイニーズドラゴンなんだよ。五回まわしのブラックドラゴン。かけて食べると空を飛べるんだ。
「あなたこんなゴミの塊みたいなもの私に食べさせる気?」
僕の作った美味しいうどんを見ての予想通りのリアクション。みんなそういうのさ。だけどイートイン。食べてみたらわかるのさ。僕の言っていることの全てが。
「さっき食べるって言ったじゃないか。不味かったら僕の頭にうどんBUKKAKEるんだろ?食べないうちに拒否るなんてそんなキャンセルカルチャーいらないぜ」
この僕の挑発に彼女はカチンときたようだ。ファックなんて中指立ててこう言うんだ。
「そんなにうどんBUKKAKEられたいなら食べてやるよ。とりあえず天かすはグランドキャニオン、このスパイスのショウガは大さじいっぱい。そして最後にブラックドラゴンの醤油は五回まわしでかければいいわけ?すぐに作るからそこのテーブルで待ってなさいよ!」
すごすごとテーブルへ向かう僕。一人薬味コーナーに残る彼女をヤンキー連中がじっと見る。ああ!彼女がBUKKAKEなんてはしたない言葉で喚くから店内のヤンキー連中の視線が僕らに集まっちゃったじゃないか。じっと彼女を見るヤンキー。みんな彼女のうどんのようなモチモチした肌を狙っている。だけどみんな彼女が盆に乗せているうどんを見た瞬間目を背ける。どうだい?マイガール。僕のうどんは厄除けにもなるんだよ。
テーブルの向かい側に座った彼女。二つのうどんを前に思いっきし不機嫌な顔でこう言うんだ。
「ほら、あなたの言う通りゴミヌードル作ってあげたわよ。すぐに味見してあなたにうどんBUKKAKEてやるから覚悟しなさいよ」
またBUKKAKEの発言。BUKKAKEってやっぱりアメリカで流行っているんだね。だけど君はBUKKAKEの意味ちゃんとわかって使ってるのかい?そんな僕の下心に気づいたのか彼女蔑むように僕を見る。そしてトレーの箸を手に取ってうどんを摘んで言うんだ。
「ホント汚いうどん。こんなのが美味しいだなんてやっぱりジャップの味覚はおかしいんだわ」
そう言いながらうどんを口に放り込む彼女。口を抑えてうつむきどんぶりに手をかける。ああ!味わってさえいないのにBUKKAKEするつもりかい?気の早いマイガール。早まっちゃダメだよ。うどんはよく噛んで味合わなくちゃ!
だけど彼女はどんぶりから手を離して顔をあげて満面の笑みでこう言ったんだ。
「なんなのこのゴージャスな食べ物は!私の肌のような瑞々しいヌードルを包む天かすはラグジュアリーなシルクのようだわ!」
そう言うと彼女は完全に我を忘れてうどんのゴージャスな海に飛び込んだんだ。天かすで出来たヘブンビーチ。生姜は浜辺の向こうに見える島さ。そして海上には五回転に身をよじっている醤油のブラックドラゴンが徘徊しているんだ。
「ああ!この生姜はまるで浜辺のトパーズよ!食べると体の中まで輝きそうだわ!それになんなのこのまるでR&Bみたいに黒光するソースは!このスパイスはまるでドラッグじゃない!食べてると体中が七色の光で満ち溢れてきてエンジェルみたいにアイキャンフライしそうになる!こんな食べ物が地上にあるなんて信じられない!しかもこの文明ゼロレベルのジャップに!」
そう七色のスマイルで一気に捲し立てた彼女。彼女は歓喜に目を潤ませて僕にこのうどんの名前を尋ねできたんだ。僕はこの無邪気なマイガールにこう答えたのさ。
「このうどんは天かす生姜醤油全部入りうどんって言うんだ。そう、君のいう通り世界で一番美味しい料理さ」
彼女はうどんの名を聞いて目を輝かせた。
「ふ〜ん。天かす生姜醤油全部入りうどんっていうんだ。長ったらしい名前ね。まるでマジックスペルかなんかみたい。でもあなた一口もうどん食べてないじゃない。さっさと食べたら?」
「ふっ、君のうどんを食べる姿に見惚れてしまったのさ」
「ファック!あなたアメリカでそんなことやったらそく銃殺ものよ。全くHENTAIジャップには呆れるわ!……でもこの天かす生姜醤油全部入りうどんってヌードル本当に美味しいわ。もうドラッグなんかいらないって感じ。ねぇあなたも食べなさいよ。私食べられるとこ見られたくないの」
誰かが窓を開けたのか突然入ってきた潮風。僕らは去り行く夏を惜しむように天かす生姜醤油全部入りうどんを食べる。ああ!夏の終わりに彼女と食べる天かす生姜醤油全部入りうどん。こんなシュチュエーション。ずっと夢見ていたんだ。天かすの山から麓まで広がるビーチ。海に泳ぐうどん。天かすの砂浜に立ち大きな生姜の岩は恋人たちの抱擁を隠してくれるよ。醤油のブラックドラゴンは海の守り神。五回転して僕らを見守るんだ。君が目を潤ませて語った天かす生姜醤油全部入りうどんの感想。それはグッド・ヴァイブレーション。僕らのハートがうどんで共振して未知なる旅へと誘っていく。夢見心地でうどんを食べる僕と君。食べ終わったら天かす生姜醤油全部入りうどんが切り開いた道へと進もう。きっとそれはヘブン。そこにはうどんで輝く夢のカルフォルニアが待っているんだ。
うどんを食べ終わった僕ら。うどんの天国から一瞬にして現実に戻される。だけどマイガール。まだ夢は終わっちゃいないさ。このまま君をアメリカに返すなんてうどんが許しちゃくれないぜ。僕はうどんからもらった勇気を振り絞って彼女に声をかける。
「ねぇ、きみ。僕の話を聞いてくれないか?」
自分でもあり得ないぐらいの大胆な行為。急に真顔に戻る君。きっと君は僕のマジ顔にビビっているんだね。でも大丈夫さマイガール。僕は君をうどんの天国に案内するんだから」
「な、なによ。そんなシリアスな顔あなたに似合わないわよ」
「マイガール。僕は君を……」
と言いかけた瞬間だった。突然周りのヤンキーたちが騒ぎ出したんだ。それでも僕は彼女に告白を続けようとしたが、悲しい事に彼女はもう僕の話なんて聞いちゃいなかった。ああ!マイガール。ヤンキー連中のことなんてどうでもいいじゃないか。マイガール僕は今二人にとって一生ものの話をしてるんだよ。だけど彼女はもう僕の話なんて放っちらかしてこう言うんだ。
「ねぇ薬味コーナーの方見てよ!みんなあなたの天かす生姜醤油全部入りうどん作っているよ!」
僕は撫然としつつも素直に彼女に促されるままに薬味コーナーを見た。ああ!ヤンキーたちがみんな天かすをBUKKAKEまくっているじゃないか。
「お前も好きだなぁ!あの子の真似してうどんに天かすと生姜と入れてさらに五回まわしで醤油入れんのかよ。まさかお前あのバカそうなもやし野郎ボコってあの子を口説くつもりじゃないだろうな?」
「バカだな。それはお前だろ?俺は彼女がすげえうまそうに天かすと生姜と醤油BUKKAKEたうどん食ってるから食いたくなっただけだぜ。勿論彼女の隣でな」
これはヤバい。まさか彼女をかけて夜のカーチェイスか。だけど僕は免許を持ってないし喧嘩なんて生まれてから一度もしたことないんだ。だけどマイガール。それでも僕は奴らから君を守るよ。ヤンキーだらけのうどん大会。夜の浜辺のファイトクラブ。負けはしないさ。だってドント・ウォーリー・ベイビー。君がいるからね。睨み合う僕とヤンキー。不安げな目で僕を見る彼女。マイガール。心配しないでと彼女に目配せしたその時。能天気な声が僕と彼女を呼んだのさ。みるとやっぱりアイツらだ。もしかして僕らを置いて行ったことに今頃気づいたのかい?しかもその盆に乗っけているものはなんだい?それは天かす生姜醤油全部入りうどんじゃないか。
「いやぁ、ハイウェイの途中でさぁ。お前ら二人置いて行っちゃったことに気づいて慌ててUターンしたんだけど渋滞にハマっちゃってさぁ、悪いな」
「で、お前たらどうして天かす生姜醤油全部入りうどんなんて注文してるんだい?」
「あっ、これか。お前らが店にいるのを見て店ん中に入ったらみんな薬味コーナーでコイツ作っててさ、見よう見まねで作ってみたんだよね。みんな言ってたぜ。コイツをお前らがうまそうに食べてるから真似したんだって。で、本当に美味いのか?」
「美味いさ」と僕が言おうとした瞬間。彼女が立ち上がって奴らにこう言ったんだ。
「美味いどころじゃないよ。この天かす生姜醤油全部入りうどんはね、世界で一番素晴らしい料理よ。どんな高級料理よりも私をラグジュアリーな空間に導いてくれるの。私今年ほど日本に来てよかったって思えた夏はなかったわ。だって彼のおかげでこのうどんを知ることができたんだから」
過ぎ去る夏に起こった奇跡。僕と彼女はその奇跡をもう一度味わうためにまたかけうどんを注文したんだ。不思議な事に今はなまるうどんにいる連中全員が天かす生姜醤油全部入りうどんを食べていた。まるで世界中が天かす生姜醤油全部入りうどんに集約されたみたいに。
いろいろあったせいで結局彼女には告白出来なかった。空港で彼女は僕に天かす生姜醤油全部入りうどんを教えてくれた事に感謝して来年も日本に来るからねと言い残してアメリカに旅立った。
僕は今彼女と天かす生姜醤油全部入りうどんを食べた浜辺を歩いている。とっくに夏の去った海。だけど目を閉じればそこには天かすのビーチとつゆの海を泳ぐうどんと恋人たちを隠してくれる生姜の岩と海を五回転で見守る醤油のブラックドラゴンが見えるんだ。うどんの夏はきっと永遠に僕の中で生き続けるだろう。マイガール。君もそうなんだろ?ああ!目を閉じれば浮かんでくるよ。天かす生姜醤油全部入りうどんを食べる君の姿を。ビーチボーイズのカルフォルニアン・ガールズが秋の海に鳴り響く。奇跡は常に変わって過ぎてゆく。だけどマイガール。あのはなまるうどんで天かす生姜醤油全部入りうどんを食べた夏は僕のなかで今も息づいている。
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