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途中下車の恋人

「もうあなたとはこの電車に乗れない。終着駅には他の人と行って」

 と昔付き合った女はあまりにも陳腐で面白みのまるでない隠喩を使って私に別れを告げた。私は今その女の使った陳腐で面白みのない隠喩を借りて我が人生を振り返っている。自分の人生が電車だとしたら一体どれだけの駅で女を降ろしてきたのだろうか。堕ろさせた挙句に降ろしたこともある。逆に勝手に降りられてしまったこともある。まるで地下鉄の駅のように私はいろんな女たちを降ろしては乗せていた。だがみんな最後まで付き合うことなく最終的には全員途中の駅で降りてしまった。

 さて私は今その人生の最終列車に乗り続けて終着駅まで向かっている。もはや人は数人しか乗って来ず、おまけに私はその人間の顔を忘れている。相手も私を忘れているようでこちらを見て怪訝な顔をするだけだ。電車は各駅で一人一人乗客を降ろしてゆき、とうとう一駅前の駅で最後の乗客を降ろしてしまった。

 それから電車は終着駅へと向かった。私にはその道が非常に長いように思えた。たった十分がこれほどの長く思えたとこは大学の合格発表の日以来なかった。あの頃は全身に希望を感じていた。しかし今は絶望への道を直走っている。その時電車が突然止まり私の物思いを断ち切った。私は我に返り立ち上がり、そして乗車口に立ってホームを見た。やはり誰もいなかった。やがてドアが開き私は誰もいない空間へと足を踏み入れた。ホームの先の改札口には木の箱で出来たが切符入れがあり、その横に鉄で出来た黒い頑丈なBOXらしきものがあった。私は突然震えだした手を抑えながら切符を箱に入れた。するとそれを合図にしてかすぐに横のBOXが耳障りな音を立てて開いた。よく見るとBOXの中には真っ赤な敷物が敷かれていて、その真ん中には鈍い輝きを放つ銃が置かれていた。私は銃を見た瞬間コレが自分の最後かとおかしいぐらい激しく笑った。

 BOXの中から銃を取ると私はすぐさま自分のこめかみに銃口を当てた。そしてこの世の未練を断ち切るように思いっきり引き金を引いた。


「お客さん、お客さん!もう終点ですよ!」

「あのぉ〜ここは天国でしょうか?さっき銃で自殺したんですが……」

「はぁ?あなた酔っ払ってるんですか。とりあえず切符出してくださいよ」

「切符?多分持ってないと思います。天国行きの切符なら沢山持っているのですが……」

「アンタまさか無線乗車じゃないだろうね?」

「多分そういうことになると思います。財布もSuicaも持っていないし……」

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