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旧友が死んだ

 旧友が死んだと知った瞬間、私の頭に若き頃の彼の姿が思い浮かんできた。少年時代いつも一緒に遊び、夢も悩みもすべて打ち明けあった親友が突然死んだ。私はもういてもたってもいられなくなりすぐさま喪服に着替えて故郷へと旅立った。

 故郷は両親が亡くなってからすっかり縁遠い土地になってしまったが、こうして改めて訪ねてみるとやはり懐かしさが込み上げてくるものだ。私は懐かしい景色を見てそこで一緒に遊んでいた昔の彼を思い出して涙ぐんだ。もうアイツはいないのか。長年会っていなかったが、それでも彼のことは忘れる事はなかった。私と彼は親友と呼べるほどの絆は持っていたし、その絆は一生続くと思っていた。しかしその彼はもういない。こんなにあっさりと消えてしまうならもうすこし会っておくべきだったのかと思う。しかしそう悔やんでも死んだアイツは戻って来ないのだ。

 私は亡き旧友の家族にお悔やみをいうために彼の家に向かった。私は大学に進学するために東京に行ったが、両親思いの彼はそのまま地元の大学に行き就職した。彼はその就職先で同僚と結婚したのだが、親友である私は彼の結婚式に呼ばれ、そして子供の出産祝いにも呼ばれたが、それが彼とあった最後であった。私は自分の事情で田舎に帰るどころではなくなり、彼もまた転勤とかで地元を離れていた時があったりしてすれ違いが多くなったのだ。そうして時は流れ私は年を取り彼はこの世から去った。

 亡き友人の家へと向かう道すがら私はこの世の無情を噛み締めていた。そして私は彼の家の前に着いたが、彼の家は昔と変わらず、しかし時の経過によって古びていた。そういえば彼は最後にあった時、この家を同居している両親のためにリフォームすると言っていた。ご両親は今も現在なのだろうか。私の両親は早死にしたが、人生百年時代の今では生きていてもおかしくないだろう。そして彼の奥さんや子供は夫の突然の死に対して何を思うのだろうか。彼らの悲しみは察してあまりある。私はそれを思うと胸が苦しくなりなかなか玄関のベルを押せなかった。だがいくら悲しくとも古き友人の墓前には参らねばならない。私は勇気を出してベルを押した。

「どういう御用件ですか?」

 ドアを開けてこう言った男を見た瞬間私は心臓が飛び出るほど驚いた。なんとそこに死んだはずの旧友が立っているではないか。たしかに年月のせいで恐ろしく老けたが紛れもなき友人ではないか。私は最初これは幽霊だと思って彼の足元を見た。しかし足はついているので幽霊ではなさそうだ。しかし死んだはずの人間が生きていることなどあり得るだろうか。私は思わず彼に向かってこう口走ってしまった。

「お前死んだんじゃないのか?なんでここにいるんだよ!」

 その私の叫びに旧友はひどく驚いて私を見たがやがて怒ったようにこう言い返してきた。

「久しぶりに帰って来たと思ったらその言い草はなんだよ!人を死人扱いしやがって!喪服なんか着たりしてたちの悪い悪戯はやめろよ!ガキじゃあるまいし!」

 死人扱い?だって私はお前が死んだと聞いたからわざわざ喪服きてお前の墓参りに来たんじゃないか!その友に向かってその言い草はなんだ!私は完全に激昂して叫んだ。

「馬鹿野郎が!俺はお前が死んだって聞いたからここまで駆けつけたんじゃないか!それがその友人に対する言葉か!お前はいつからそんなに情のない人間になったんだ!」

「こっちこそ馬鹿野郎だ!昔の友達に死人扱いされた俺の気持ちを考えてみろ!大体俺は今まで一度も病気になったこともないし、孫の女子高生からはからはおぢいちゃん体が元気すぎてヤバいとか言われてるんだぞ!一体誰から俺が死んだって聞かされたんだ!言えよ!」

 そう言われてみるとたしかに誰からも友人が死んだと聞いていない。一体誰から友人が死んだと聞いたのだろうか。私は深く考えそして自分の頭の中で友人を勝手に殺していたことに気づいた。こういう事は老年を迎えれば容易にある事だ。いわゆる老年の宿命というやつだ。私は自分の大ぽかを誤魔化すためにおちゃらけながら友人に言った。

「いやぁ、ちょっとボケが入っちゃってるからなんかいろんなものを忘れるようになっちゃってね。我々の年代にはよくあるじゃないか。ほら、ずっとテレビに出てない芸能人が久しぶりにテレビに出たりすると、あの人生きていたのかってビックリすることってあるじゃないか。多分私はそのせいでお前を死んだと勘違いしたんだよ。そういう事だから今回の事は笑い話と思って水に流してくれよ!」

 私はこう言って友人の怒りを沈めようしたが、逆に怒りに火を注いでしまったようだ。彼は怒りのあまり腕を震わせながら叫んだ。

「という事はお前にとって俺は落ちぶれた芸能人ほどの価値しかないってことか!よ〜くわかったよ!じゃあ今から俺の中でお前は死んだことになったから今すぐこっから出て行け!勿論葬式なんか出てやらないからな!」


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