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《長編小説》全身女優モエコ 第十九話:文化祭演目『シンデレラ』 衝撃の結末!

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 観客たちは第三幕の開演を待ちわびながら先ほどまでの舞台について熱く語り合っていた。彼らは揃って、女の子のシンデレラが乗り移ったような演技と、彼女が履いていた世にも珍しいほど赤い靴について語っていた。なんと素晴らしい演技なのだろうか。彼女はあんなボロボロのドレスすら王女様のようにエレガントに着こなしてしまう。それにあの赤い靴はどうなのだ。あんな艶かしいほど赤い色の靴など見たことなどない。彼らがそうして雑談をしていると突然幕の奥から叫び声が聞こえた。

「モエコちゃんになんてことをしたんだ!ああ!モエコちゃんの美しい足が傷物になったらどう責任とるんだ!」

「やめて!彼女たちを責めないで!」

 その叫びを聞いた観客たちはざわざわし始めた。舞台の奥では何が起こっているのか。何か大変な事が起こっているのか? その観客のざわめきを聞いて担任は今度こそ自分は終わりだと思った。とうとうあからさまにバレてしまった。クラスの生徒のモエコいぢめが公になってしまったのだ。あまりにもあからさますぎるじゃないか!モエコの足が傷物になってしまったなんて!あの言葉で赤い靴がモエコの血であることに気づいてしまう!それでこの舞台も俺の教師生活も終わりだ! 隣をちらりと見るとさっきからわけのわからない事を言って舞台をべた褒めしていた校長まで自分に厳しい視線を向けている。彼はもう言わざる見ざる聞かざるのごとく口と耳と目を閉じるしかなかった。その時また舞台の奥から叫び声が聞こえた。

「ダメよモエコ!そんな足でこれ以上立っていたらあなたは二度と歩けなくなるかも知れないのよ!」

「大丈夫よ!私はシンデレラを演じるまで絶対に死なないわ!」

「モエコぉー!!」

 舞台の奥で泣き声が聞こえてくる。観客はその生徒たちの涙混じりの叫びに思わず目頭が熱くなった。勿論彼らには舞台裏では何が起こっているかわからない。しかしこのあまりに切羽詰まった声に、みんなで力を合わせてこの難局を乗り越えようという生徒たちの強い意志をひしひしと感じたのだった。

 校長は担任に向かって何度も肩を叩いたが担任は言わざる見ざる聞かざるのごとく体を丸めて全てを遮断しているので何も反応がない。校長はたまらず彼に向かって大声をあげ、その丸まった肩を上から思いっきり叩いた。「いてえ!」と担任は叫ぶ。その彼に向かって校長は「君!」と一喝した。その校長の怒号にハッとして振り向いた担任はとうとう判決が下される時がきたと覚悟した。さあ私に死罪を宣告したまえ! アーメン!

「君はなんて素晴らしい生徒を持っているんだ!彼女たちの舞台への情熱は本物じゃないか!彼女たちはこの舞台に命がけで取り組んでいる!彼女たちを見ているとまるで昔の自分を思い出すよ!あの戦争がなかったら私は教師ではなくて役者になっていただろう!私は彼女たちが羨ましくてたまらないよ!こんなに演技に命をかけることが出来るなんて!」

 担任はもうわけが分からず校長と抱き合って泣いていた。首がつながった安心感から泣きながら絶叫した。しかし周りの客が泣き叫ぶ彼らに「うるさい!」と注意してきた。校長と担任はハッと我に返り何故かお互い離れて舞台を見た。もうすぐ第三幕が始まるのだ。


 観客が今か今かとモエコ演ずるシンデレラの登場を待っているとようやく幕が上がりスポットライトが舞台を照らし出した。シンデレラの第三幕が始まったのだ。舞台は再びシンデレラの住む屋敷である。タイツで足の甲に巻いた包帯をごまかしたシンデレラが箒で掃除している。彼女はあの舞踏会の翌日、すっかり日常の生活に戻り、いつものように姉たちにあごでこき使われていた。

「この煤っ子何やってるのよ!早く床拭きなさいよ!」

「煤っ子、お前のその煤だらけの服じゃかえってお屋敷が汚れてしまうわ!」

 姉たちがこう憎さげにシンデレラをなじり嘲笑する。その態度のなんと冷酷なことか。そしてその姉たちを演じる女子生徒がたちの演技はなんと真摯なことか。彼女たちは今はもう邪念を振り捨ててモエコとともにこのシンデレラの舞台のクライマックスをやり遂げるためだけに一心不乱に演技をしていた。

 モエコはそんな彼女たちの思いに応えるために足の痛みに必死に堪えながらシンデレラの台詞を叫んだ。

「ああ!あの昨夜の舞踏会はどこに消えてしまったの?あれは夢だったとでもいうの?神様答えて!このシンデレラに向かって答えて!」

 シンデレラのこの悲痛な叫びは観客の心を動かした。あるものは啜り泣きし、またあるものは彼女の赤い靴を持った王子の一刻も早い登場を願った。その時玄関のベルの音がなったのである。姉たちの首での指図でシンデレラは玄関へと向かう。

 その時舞台袖から王子が現れた。王子の生徒は赤い靴を手に危険な程の眼差しでステージの中央のモエコを凝視する。これでは誰が誰が赤い靴の持ち主かバレバレではないか。玄関の扉を開けたシンデレラはあまりに突然の王子の登場に驚く。モエコは王子の突然の登場に驚いたシンデレラの驚きを全身で表現して驚き叫ぶ。

「ああ!ああ……王子様どうしてこちらにいらっしゃったの?」

 そのモエコに向かって王子役の生徒はモエコの血がたっぷり染み込んだ赤い靴を見せながら危険すぎる程目を剥いて言った。

「僕はこのガラスの靴の持ち主を探しているんだよ!昨夜十二時と共に去ってしまった愛しの人を!」

 シンデレラは王子の言葉に思わずそれは自分だと口にしそうになるが言い出せない。ああ!あなたにはこんな煤っ子は似合わない。どこかにいる上品な方と……。

「このガラスの靴の持ち主こそ僕が探していた運命の人。彼女こそ僕の妃に相応しい人なんだ。彼女はここに住んでいる。彼女を連れてきたらしい老婆がそう教えてくれたのだ。さぁ彼女に会わせておくれ。この素敵なガラスの靴の持ち主に!」

 王子役の生徒はこの台詞をモエコを危険なほどみつめながら言い切った。モエコは王子役の生徒の情熱あふれる演技に感服し、思わず王子役の生徒を抱きしめたくなった。なんて素晴らしい演技なの?今のあなたは誰よりも王子らしいわ!

 だが、王子の熱い言葉を聞いてもシンデレラは口を閉じる。私など妃に相応しくないわ!彼女は王子に向かってこう言った。

「王子様、残念ですがここにはガラスの靴の持ち主はいませんわ。その方はたぶん別の家に……」

 その時だった。姉たちがシンデレラがいつまでも玄関にいったきり帰ってこないので焦れてステージ中央のシンデレラの下にやってきた。彼女たちはシンデレラを叱ろうとしたが、目の前に王子がいたので慌てて服装を直すと急にお上品ぶって頭を下げて王子に挨拶をした。

「まぁ、王子様!わざわざこんなところまできてくださってありがとう。今日はなんの御用なの?」

 姉たちを演じる女子生徒たちも、モエコのように役に取り憑かれたような演技でそう尋ねる。ああ!なんという事だろう!モエコの舞台に対する熱情がクラス全員を動かした。女子生徒たちだけではない。王子役の生徒は勿論、舞台でひたすら木になって立ち続ける男子生徒たちも、今は舞台の袖から一心に舞台をみつめているかぼちゃの馬車を引いていた馬の役の生徒もみんなこの舞台を大成功に終わらせるという思いで一つになっていた。

 王子は姉たちに向かって赤い靴を見せてさっきモエコに向かって言った言葉をもう一度、今度は皆に向かって言う。

「僕はこのガラスの靴を履いていた方を探しているんです。僕はこの靴の持ち主を舞踏会に連れてきた魔女に教えられたのです。彼女がここに住んでいることを」

 王子の言葉を聞いた姉たちは一斉に色めき立ち、次々と自分がガラスの靴の持ち主だと名乗りを上げる。当のシンデレラは暗い表情で姉たちの影に隠れて俯いている。だがこのモエコの奴隷に成り果て男子生徒はただモエコだけを危険なほど目を剥いて見つめるだけだ。彼は床に赤い靴を置くとみんなに向かって言った。

「では、誰がこのガラスの靴の持ち主か履いて証明してください。この靴を履けた人こそ我が運命の人。僕の妃になる人なんです」

 その言葉を聞いた姉たちは本当なら実際に靴を履こうとするはずだった。だが、モエコの血がべっとりと貼り付いた赤い靴など演技といえど履けるものではない。女子生徒演ずる姉たちはあるものは私ではありません。と正直に告白し、あるものは履こうとして靴の中を眺めるなりふらついて倒れてしまった。そして姉たちがことごとく赤い靴を履くことを挫折し、あとはシンデレラしか残されていなかった。

 王子は彼女に向かって呼びかける。

「シンデレラ、最後はあなたです。さぁこのガラスの靴を履いてください!」

 王子役の生徒は歓喜の表情でシンデレラに言った。これでモエコは僕のもの、ああ!この時をどれほど待ったか。シンデレラよ、いやモエコよ!早くその赤い靴をお履き。そして僕の胸へ飛び込むんだ。

 しかしシンデレラはためらう。それは王子への遠慮と姉たちにいぢめられる恐れからだけではない。ああ!モエコは恐れていた。足の甲に巻いた包帯と、それをごまかすために履いたタイツのせいで、赤い靴が履けなかった時のことを恐れていた。おまけに足がみるみるうちに腫れ上がっているではないか。ああ!どうしたらいいのでしょう!もし靴が履けなかったら舞台はそこで終わってしまう。私は靴も履けぬ足太のシンデレラ。そんなのシンデレラなんてとてもいえないじゃない!彼女はさっきまで自分が味わった苦痛を思い浮かべ、目の前に置かれている赤い靴に恐怖まで感じてきた。ああ!無理よ!とても履けないわ!

 王子と女子生徒達ははステージの上でモエコが赤い靴を履くことを必死で願った。履いておくれモエコちゃん、履いてよモエコ、そして他のクラスメイトやさらには観客までモエコが靴を無事に履くことを祈る。彼らの心の中に学生運動家に愛読されている漫画の一節のような台詞が浮かんだ。彼らは心の中でモエコに届けとばかりにこう叫んだ。

『履け、履くんだモエコー!!』

 その観客の願いを込めた眼差しがモエコに勇気を与えた。彼女は震える足を赤い靴に近づけてゆく。もう迷わない!私は今シンデレラなのよ!シンデレラはこんなことで挫けたりしないわ!モエコは力強く、だがあくまで可憐に足を赤い靴の中に入れた。

 モエコは恐ろしいほど足が自然に靴の中に入ってゆくのを感じた。彼女勇気を出してさらに足の奥深くまで入れる。そして足が靴の中に入ったと感じた彼女はくるりと一回転した。それを観た観客は総立ちして一斉に拍手する。その拍手を浴びながら王子はシンデレラを抱きしめた。

「やはりあなたがガラスの靴の持ち主だったのですね。今、あなたにプロポーズします。僕と結婚して下さい」

「王子様、私なんかでいいの?あなたにはもっと素晴らしい人が……」

「それ以上言わないでシンデレラ。あなたこそ僕の運命の人なのだから」

「ああ!王子様!あなたのプロポーズ、謹んでお受けしますわ」

 今こうして舞台が終わろうとしている。だがモエコはさらに舞台に花を添えたかった。こうして自分を支えてくれたクラスのみんなのために、そして今目の前にいる王子役の生徒のために最後に最大限の感謝を捧げたい。彼女は自分でも分からぬものに導かれ王子役の生徒に顔を近づけていった。


 その三十分ほど前である。病気のため仕方なくシンデレラ役を降板した女子生徒はモエコが舞台で大恥をかく姿を自分の目に焼き付けようと病を押してベッドから飛び起きて学校に向かった。頭はふらついて視線すら定かではない。しかし彼女は見なければならなかった。自分の子分である女子生徒立ちに囲まれてピーピー泣いているモエコと王子役の生徒を。自分もその中にまじりモエコをいぢめ、王子役の生徒に反省を促すだろう。そしてモエコの前で王子役の生徒とキスしてやる。ざまあみろモエコ!体育館までは後少しだ。

女子生徒は体育館の前までつくと観客たちが異常にざわめいているのが聞こえた。彼女はそれを聞いて悪魔の笑みを浮かべる。ざまあみろモエコ!やっぱりお前には役不足。お前はいい恥晒し。さあその恥晒しの姿を見せておくれ!彼女は体育館の扉を開けて中に入った。観客達は席から立ち上がり異様に興奮して何かを叫んでいる。どういうことなの?と女子生徒はふらついた体でステージの方へと進んでゆく。その時観客の誰かがこう叫んだのだ。

「キスしてる!シンデレラと王子がキスしてる!」

 女子生徒は自分が病気であることも忘れてステージに向かって走っていった。彼女はそこで見てしまったのだ。さっきからずっとキスしているモエコと王子役の生徒を!彼女の中で何かが壊れてゆく。彼女はもはやただ叫ぶことしか出来なかった。

「キャーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!」


 その観客席の大混乱の中でモエコと王子はキスしながら自分の世界の中に入っていた。観客のあるものはふしだらだ、小学生にあるまじきことだと詰り、あるものはこれぞ小学生だからできる真実のシンデレラと大絶賛した。しかしモエコは周りにどう思われようが構わなかった。これが彼女がシンデレラに与えたかったハッピーエンドだからだ。思えばこの舞台がモエコの生涯初めてのキスシーンであった。彼女の女優人生はまさしくこの舞台から始まったと言える。あの聖も俗もすべて晒した全身女優モエコはまさしくここから始まったのだ。


 その後王子役の生徒がどうなったかは知らない。ただ噂では彼は大人になってもこの衝撃のキスが忘れられず、それからウン十年経ったある日幼女に性行為を迫り幼女わいせつ罪で逮捕されたと聞く。だがそんな話はどうでも良いことだ。話をとっととモエコに戻そう。


 モエコはこの舞台のスキャンダルも含めた大成功に感激し夢見心地になりながら家へと帰った。そして彼女は家の玄関を開けたのだが、中を見るとヤクザらしき男たちが乗り込んでいて父を殴っているではないか。そしてそのそばではキンキラキンの服を着た母がヤクザと一緒になって父を責めていた。

「このボケ!さっさと借りた金返せ!」

「どうもすいませんねえ~!この人がお金遣いが荒いもので。あなたのせいですよ!あなたがお酒ばかり飲んでいるから!ほら謝りなさい!」

 彼女はこの地獄絵図のような惨状を見て舞台の事がすべて吹き飛んでしまった。モエコはこの人間のクズを絵に描いたような両親に果てしない憎しみを感じたが、しかしそんな両親でも自分の親なのだからと耐え、そしてこれが自分の生きている現実なのだと改めて思い知った。彼女はそのまま玄関を閉め町へと向かった。しばらく会っていなかった男達のところへ。彼らのところでテレビを見てお金をもらうために。



 

 

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