どう見える
彼の左目の端が、きらきらしていた。
あ と思う間に、彼は
「なんだろう、とっても目の前が鮮やかに見える。あぁ、世界はなんで美しいのだろう。何もかもすべて、きらめいて見える」
そんな言葉を吐きながら、本当にきらきらした目をしていて、それなら、いいか、なんて、彼の左目の端についてしまった私のアイシャドウを落とそうとするのを、やめた。
不思議にも、彼の思いこみだけではないようで、私の目から見ても、彼が輝いているように見えて、発光しているのか、懐中電灯でも仕込んでいるのか、私の目がおかしくなったのか、わからなくなってしまう。
そのまま、彼は少年のようにきらきらした目をしたまま手を振り、その日は別れた。
次に彼と会ったのは二週間後だった。
その日の彼は、先日のきらきらした感じから一転、どんより、という言葉が似合いそうな風情で、私がどんなに話しかけても、あぁ、うん、そう、へぇ、なんて気のない返事しかせず、私もそのうち、黙ってしまった。
彼の左目端についていたアイシャドウはとっくに剥がれてーーというより、きれいに洗ったのだろう。
それは、いつもと変わらない彼のはずだった。
それでも、なんでだろう。あんなふうにきらきらしていなくてもいいから、これまで通りでいてくれたらいいのに。それは、難しいことなんだろうか? それとも、何か、他にあるのかしら。
あんなに、きらきらしてしまったから、ただそれだけのことが、こんなにも落ちこんだしまう原因なのだとしたら、もうあんなことはないほうがいいし、もしきらきらがついてしまったなら、すぐに落としてしまおう。そんなことを考えた。
私のことなんてお構い無しに、彼はため息をつきながら、
「なんだか、元気がないんだ。目の前が真っ暗にしか見えない」
そんなふうにひとりごちると、ばいばい、もせずに、彼はひとり、行ってしまった。私もあえて、それを追わなかった。
それから、次に彼と会ったのは、わずか一週間後。
その日の彼は、再び明るさを取り戻していた。
彼からもお話しをしてくれるし、私の話しもちゃんときいてくれる。ほっとしながら、何気なく彼の目元をみると、彼の右目の端がきらきらしていた。アイシャドウがついていた。
一瞬 目を大きく見開いてびっくりしてしまったけれど、すぐに冷静さを取り戻し、彼の話しに付き合いながら、考える。
いや、考えるまでなかった。
もしかしたら、これまでもそうだったのかもしれない。だから、あのときはどんよりしていたのか……。
さて
どうしてやろうか、と考えながら、笑顔は忘れず、ふと、思いつく。
途中、化粧室に寄らせてもらう。
そうして、ポーチの中から、化粧道具を持ち出して、アイシャドウを一度落とし、改めて塗る。
きっと、彼は、気づかないだろう。
それは、それで、さみしいけれど。
化粧室から何気なく出て、この前みたいに、ベンチに座ると、彼が甘えて寄りかかってくる。そうして、
見事に、彼の左目の端に、私のアイシャドウがついた。
右目の端と左目の端、それぞれ別のアイシャドウがついた彼の表情は ちぐはぐ で おかしくて 思わず笑いそうになる。
先日のように、きらきらしているわけではなく、アンバランスな感じが、はたから見ると滑稽に思う。
「今日もありがとう、癒されたよ」
その言葉にも、もはや意味を感じなかった。
いや、別の意味にしか、捉えられなかった。
これから彼がどうなるか、それは、私の知ったことではない。そもそも、私のことを相手は知っているかもしれないのだ。
どちらにしても、私はもう、彼と会うことはないだろう。あのちぐはぐな顔を見て、何もかもすべて、さめてしまった。
私は彼に、さようなら、も言わずに踵を返す。彼は、どんな表情をしているであろう。思わず、吹き出しそうになる。
彼が今、どんな姿に見えているのか。
私の目から見えているものとは違うかもしれないけれど、他の人からどう見えているかなんて、どうでもいい。
私にはもう、とてもとても、彼の顔を見るなんてことは、できないのだから。