見出し画像

プリズン・ブック・クラブ

プリズン・ブック・クラブ
コリンズ・ベイ刑務所読書会の一年

紀伊國屋書店

アン・ウォームズリー 著
向井和美 訳

ざっくり紹介●
本を通じて、囚人たちは自らの喪失感や怒り、孤独、贖罪について吐露し、異なる意見にも耳を傾けることができるようになっていく。カナダの刑務所内で開催される読書会を中心に、人間の変化を描くノンフィクション。

ざっくり著者紹介●
イギリス出身。全米雑誌賞を4度受賞したほか、カナダ・ビジネス・ジャーナリズム賞、およびインターナショナル・リージョナル・マガジン賞を二度受賞している。9歳で初めて読書会を主催。専門は文学とカリブ海芸術。

※以下、感想文になってます。

文章教室の思い出

私にもこの読書会と似たような経験があります。
それは「文章教室」でした。
毎回与えられる自分とは関係のなさそうなテーマ、
800字という字数制限、締め切り。
やりたくてやっているとはいえ、
こうした制約を守りながら、
文章を書くことは苦労の連続です。

「この読書会でなら、人種やギャング団の派閥の壁を『やすやすと越えられる』」

30~80歳代。主婦、公務員、書家、建築士など
年齢、性別、職業もばらばらの生徒たちが
先生に支えられ、互いに励まし合いながら、
2週に1度の課題を提出しました。

「内面を掘り下げ、美しいものを見つけてきて、それをおもてに出すのさ。そこになにがあるか、はじめはわからなくてもかまわない。書くという行為は、自分でも知らない心の秘密を引っぱりだしてきて、それを紙の上にぶちまけることなんだ」

書くのは知力、体力だけではない精神力を使う
大変な作業だと、この教室で初めて知りました。
だけど、大変だからこそ、やりがいもあります。
それに課題の提出が、講座という楽しい場所へ
参加するためのチケットだったのです。

「『読書の楽しみの半分は、ひとりですること、つまり本を読むことよ』(中略)『あとの半分は、みんなで集まって話し合うこと。それによって内容を深く理解できるようになる。本が友だちになるの』」

「会話といえば犯罪自慢ばかりの刑務所の世界から、読書会はいっときなりとも逃避させてくれる」

日々の家事、育児に追われ、
会話は家族かママ友としかしないような環境で
文章や文学、仲間たちの日常や思い出話を聞くことが
どんなに楽しく、充実していたか。
もう1年も前に終わってしまった文章教室を
懐かしく思い出します。



変化するのは囚人だけではない

上のあらすじは公式を少し短くまとめたもの。
確かにそんな一面もありますが、
そもそもの中心人物は受刑者ではなく、
強盗に襲われたことから
PTSD(心的外傷後ストレス障害)を抱える著者。
カウンセリングでどうにか乗り越えますが、
復職直後、会社の人員削減でリストラ。
さらに、認知症気味の実母と
拒食症の娘の介護がのしかかります。
人生が暗礁に乗り上げたかと思えたときに、
友人のキャロルから刑務所で行われている読書会の
運営陣として誘われるところから本書は始まります。
最初は不安がりますが、

「人の善を信じれば、相手は必ず応えてくれるものだよ」

父の言葉や、囚人相手に読書会を開催するキャロルの勇気、
そして好奇心に背中を押されて読書会に参加。

「恐怖心は偏見から生まれる。それはわかっている。社会に存在するひどい不公平の根源には、こうした恐怖心があるものだ」

緊張しながらも刑務所に入り、受刑者と対面します。
会が始まると、受刑者たちが大変な読書家であり、
クリティカルな意見を持つ良い読み手であることが分かります。



自分を信じてくれる他者の重要性

著者が刑務所の読書会に参加した期間は約1年。
その後、釈放された元受刑者たちと
街のカフェなどで会い、交流を続けます。
初めは囚人を怖れていた著者が、
受刑者を信頼し交流を持ち続けられたのは、
受刑者が著者を信頼してくれたからです。

「『おれの書く文章を待っててくれる人がいると思うと、感謝でいっぱいだ』。そして、キャロルとわたしが自分の行く末をも案じてくれていることを心強く感じる、とある」

「ほんものの友だちってなんだろうって。それは、おれのことを悪く思っていない人で、一緒にいると気が楽で、自由に話したり行動したり、自分を表現できる相手だ。とすると、アンはおれにとって『すごくいい友だち』だと思う。アンには感謝してる。

それを読んだとたん私は肩の力が抜け、ベンと笑い合った。いまの自分に必要なものは、こんなふうに心の底から安心できることだったのだ」

私が通った文章教室の先生も、
生徒たちの文章を待ってくれていました。
教室では書き手に関心を寄せ、質問をして、
文章を書き手以上に深く読み解いてくださった。
それが生徒たちには先生からの信頼と感じられました。
だから、生徒も先生を信頼し、
その信頼に応えようとせっせと文章を書いたのです。
こういう文章教室や読書会に
再び出合えることを、今は夢見ています。


この記事が参加している募集

#読書感想文

192,504件

#ノンフィクションが好き

1,424件

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?