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「心の錬金術師になる」 買鐵思金

鉄を買って金を思う
―買鐵思金―

[原文](明 徐復 一文錢)
買鐵思金

[書き下し文]
鉄を買って金を思う

[原文の語訳]
鉄を買って金と思う

[解釈]
もともとは買ったものは鉄なのに金のごとく妄想を膨らませる、実体に沿わない考えをするということです。

宝くじを買った時点で当たったときのことをよく考えに似ていますが、より切実な状況下で不適切な妄想をしてしまうという点でよろしくありません。

われわれは買っただけで満足してしまうというケースが往々にしてあります。結局使わずに置きっぱなしでは宝の持ち腐れです。タンスの肥やしにするにしても鉄では重みで床に負担をかけるだけで肥やしにもなりません。
昔から賢者の石といった「鉄を金に変える」錬金術を模索してきましたが完璧な金への変成は未だに未達成です。

さて、物理的な変成は難しいところですが、人の心は変成(改心)しやすいものです。例えばそれが一見するとなんの変哲もない鉄の塊であっても高い価値を見い出せば、それは貴金属相当になるのではないでしょうか。そう「鉄」だと分かっている中に見出すのです。

例えば「感謝の気持ち」はされる側にとっては感謝されていることすら気づかない程の小さなことでも、する側の人にとって「あの時あの人に遭っていなければ、今ごろどうなっていただろう」と、どれだけ感謝しても感謝しきれないという話を聞くことがあります。
そこまで大げさでなくても「助かった」と思うことくらいはこれまでにあったはずです。

カウンセラーやコンサルタントといった人たちはそういう意味では錬金術師ではないでしょうか。
カウンセラーは閉じ凝り固まってくすんだ心をカウンセリングにより輝かせること、企業コンサルタントであれば企業価値を再び高めることが生業です。
また、最も身近な人を幸せにすることは最も難しいことであり、それ故に最も価値があるものです。

「想像力は知識よりも大切。知識には限界があるが、想像力はそれを超える
」という言葉があります。
鉄を手にして「これは鉄だ」は知識です。「これは金だ」は妄想です。「この鉄をどう金に変えてやろうか」が想像力です。
手にした鉄をどう金に換えるか、そこで思考を巡らせれることが必要です。
小さな恩でも大いに感謝する。その気持ちを持ち、そして「恩送り」つまり次の人に恩を送るようにしたいものです。

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