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【映画感想105】ルイス・ウェイン 生涯愛した妻とネコ/ウィル・シャープ(2022)



猫のイラストで有名やイギリスの画家、ルイス・ウェインの伝記映画。
(伝記映画なのでネタバレも何もという感じですが、いちおうネタバレ感想です)

当時そこまで人気ではなかった猫が「カワイイ」の象徴となるほどの猫ブームを起こした画家ですが、統合失調症の影響でかなり画風が変わっていったことでもよく知られています。

↓この絵の変化をまとめた画像がネットでわりと有名で、わたしもその画像で初めて知りました。


ところでこれは映画そのものには関係ないのですが、原題が「The Electrical Life of Louis Wain」なのに対して邦題が「生涯愛した妻と猫」なのが気になりました。

このいい感じの予告編をみて愛妻家の画家と猫ちゃんがいっぱい出てくるちょっと最後にホロリとくる映画だと思って初回デートに選んで事故った人とかいそうだなと若干心配。言ってることは嘘ではないしこの宣伝の仕方をした方がお客さん来るだろうけども。笑

予告編をいま見返すとBGMに使われている声がハスキーな「ニャンニャン♪」ではなく低音の「にゃん…にゃん…」なのがちょっと伏線にはなってる気はする。おどけた感じなのに一抹の不気味さを醸し出していて個人的に好きです。

たしかに猫はたくさん出てきてかわいい。
後半で猫の鳴き声に合わせて「どこにいくの〜?」とか「ルイスー!」というちっちゃな字幕が出るシーンなんかは思わず顔が綻ぶくらいかわいかったのですが、これルイスに幻聴が聴こえはじめているんだな…と気づいた瞬間ぞっとしました。


そして、猫の絵が有名になるまでの過程が印象的でした。写真が発明された結果「新聞の挿絵も写真でいいじゃん!」となりイラストの受注が少なくなってしまうくだりがあるのですが、彼の場合は妻を喜ばせようとかきまくった猫の絵がブレイクにつながりました。新聞を読んだり歌ったり踊ったりするおどけた猫の姿は現実にはあり得ないもので、だからこそ写真では表現できない

絵の価値が低くなっていくなか唯一無二の「自分にしか描けないもの」「写真ではなく絵である意味」を獲得した画家だったんだなあと思いました。そこにあったのは運や才能だけではなくて、妻を元気にしたいという動機と、必死にひとつのモチーフを描き続けた強い意志。

しかし版権を手放した結果お金はあまり入らなかったのが世知辛い……!!

また、もうひとつ印象に残ったのはルイスの妹たちをはじめとする当時の女性の人生について。
上流階級に生まれのルイスは妹のために雇った住み込みの家庭教師(ガヴァネス)のエミリーと結婚するのですが、これについての周囲の反応が「おぞましいもの」というのがちょっとびっくりしました。

当時のイギリス女性作家が書いたジェーン・エアなんかはガヴァネスと上流貴族が結ばれてたので「身分違いの恋ってやつか〜」くらいの認識だったので、ありえないを通り越して(当時は)むしろ軽蔑されるレベルの行為であったことを初めて知りました。たぶんだけどガヴァネスの社会的な地位も印象もいいものではない。

さらに、ルイスが身分違いの結婚をした影響でウェイン家の風評も悪くなり、5人の妹たちは結局結婚できなかったというのもはじめて知りました。現代ならまだしも女性が働くことが基本的に不可能な時代、父親は早逝していて、人気作家とはいえお金はそんなになく出稼ぎが必要なほどであった長男ルイスの仕送りのみでの生活はどうだったのか、映画内で詳しく描写はありませんが考えると重たい気分になりました。

たぶん本人だけなら金がなくてもよかったかもしれないのですが、その肩には家族の命が乗っかっているわけでどれだけ重かったのかと思います。
自分がよければいいやと放蕩できる人間だったならまだよかったのかもしれないけれど、
不幸にも(と表現していいのか)彼は出稼ぎのため単身アメリカに渡るほど真面目で、そして世渡りができないほど不器用で繊細でした。

ヴィクトリア時代の女性は男性の付属物であり人生が選べませんが、裏返せばこれは男性は女性の人生を背負う存在になることを強制されているということで、これははみ出しものであるアーティスト気質の人間にとって苦しい時代だったのかもしれません。

現代ならまだ生きやすかったのだろうけど、あの時代あの場所で生きていなければあの絵は生まれなかったわけで…絵描きとしての幸せってなんなんだろう。

なぜ彼は見えないものを見て聞こえない声を聞くようになったのか?どうすれば回避できたのか?
絵の仕事はどうすればうまく立ち回れたのか?
妹たちのために結婚しないべきだったのか?

と、とにかくあらゆる考えが湧き出てくる感じの映画でした。

ラストにあるひとつの問いにだけ映画としての回答が提示されますが、彼はしあわせだったのか、その人生はどう表現すればいいのか、
わたしはまだわからずにいます。


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