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10万文字チャレンジ①「今なぜ書くのか」

おはようございます!
井上奈保です!

1年以上ぶりの投稿になるので、今日はとにかく、感覚を取り戻す上でも書きなぐりたいと思いますww

まず、今なぜ書くのかということについて。

実はずっと書きたい書きたいと思いながら、元々PCへの苦手意識が根本にあったので、仕事で使うものの書くために立ち上げることに億劫になっていたのが本音です。

でも、書きたい想いは強いし、どうせならきちんと継続的に書いていきたい。実は私、半分仕事のような状態で書くことにもはまり、毎月100記事を10か月ほど継続して書いていた時期がありました。その頃の経験があるものだから、そういった想いも強くあったのです。

完璧主義の癖が出てるなぁと自分でしみじみと感じます。

そんな想いをずっと抱えていた中で、書く仕事(あくまで報酬云々はなく、お付き合いのある関係でのものです)が舞い込んできました。正直、分量で言えばそこまでのものではないにしろ、とてもとても大事な仕事です。

そのお話をいただいた時に私は、率直にヤバイ!と感じました。なぜなら、ブログにしろ他のSNSにしろ、実に3か月以上集中して書くことをしていなかったからです。日々の仕事に関する報連相的なものを除いて。

これは私の感覚であり、物書きのプロでも何でもない素人が言うことなので、お気に障ったら申し訳ないということを先にお伝えします。

書くという仕事、作業は、日々日々の積み重ねが大きく作用すると考えています。それは、文字を打つスピードという万人に共通する作業的側面はもちろん、感性的な部分の感じる想いやそれを言葉にすること。心=頭の中にある感情や想いや考えをこうやって目視化する作業は、一朝一夕ではできるものではないと考えます。

20代の頃、私は保育士をしていましたが、その日の子供の様子を書き記す連絡帳の文章にすら、その差は表れていました。年数が経ち、他の保育士の書いた連絡帳をチェックする立場になった時に、同じ事象であっても人による表現の差に驚きました。それはその人の感性であったり、文字にして伝える力や表現力であったり、いろいろな側面で良し悪しとは別の差を感じることが多くありました。

表現力においては、特に大人は、磨こうという想いをもって体験や経験を積んで磨かなければ、勝手に身につくものではないことも感じました。これは、2年3年経っても表現力が全く変わらない保育士と変化がある保育士とを実際に見て感じたことです。

そういう意味においては、私は多くの体験や経験を書かなくなった期間に積んできたものの、磨くという点に重きを置いてはいなかったので、磨かれてはいないだろうというのが正直なところです。

そういった諸々の理由から、感覚と感性を取り戻しながら磨いていく上で、改めて書き始めることを決めての今です。

そしてどうせ始めるのであれば、何か目標的なものがある方がいいなと感じて、思い付きで10万文字チャレンジをしようと決めました♪1,000文字の記事だとちょうど100記事書いたら達成です!ちなみにここまでで文字数は1,300文字を越えてきているので、なかなかいい感じです。

最後にここまで書いてきた今の率直な想いは、シンプルに書くって面白いということです!書くということは私にとっては表現すること。よくよく思い返すと、幼少期から私は表現することが好きでした。その点については、ここから書くとかなり長くなりそうなので、またどこかで触れたいと思います。

久しぶりの書くということをしたため、乱文失礼しました。
また次の投稿でお会いしましょう。



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