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僕にとっての魔法使いがチャラ男だった件 #磨け感情解像度

この世界に魔法があるとしたら。その一つはきっと、美容師によるものだと僕は思う。

 

ボイタチ、ボーイッシュなタチ。語弊を承知でわかりやすく言うと、レズビアンの男性的役割を持つ方。
LGBTQ用語なので聞きなれない人も多いだろう。

僕はLGBTQ当事者で、体の性は女性だけれど心の性は定めていない。
かわいい女性のパートナーがいて、メンズ服を愛し、髪型もボーイッシュにしている。

 

そんなボイタチの僕が思う、“魔法”がこの世界にはいくつかある。

例えば映画や漫画、小説もしくはエッセイ、絵画、アートといった心揺さぶる素晴らしいコンテンツ。
大好きなディズニーリゾートでの幸せなひととき。
たった一言で悩みを晴らしてしまう、パートナーや大切な人の一言。
その中で今日話したいのは、表題にも書いた美容師とボイタチとのこと。

僕にとってのボイタチファッションの要は、髪型だと断言したい。

長髪にしろ、僕のようなショートヘアにしろ、メンズ服に似合う髪型はボイタチファッションに必要不可欠。どんなにかっこいい素敵なメンズ服を着ても、髪型がガーリーだと、どうしても「女の子」の可愛さになってしまう。

少なくとも僕が“なりたい僕”は、格好いいショートカットで、メンズ服を着こなしているのだ。
(そうじゃない方当事者の方がいることは重々承知。これはあくまで僕の話だ。)

 

ところで、美容室などで髪を切り終えた時に、ときめいた経験はあるだろうか。

僕はある。しかも何度もだ。

 

 

今、担当して貰ってる美容師に初めて髪を切ってもらったのは、およそ1年前。昨年の7月。

美容師ジプシー(決まった店舗に通わず自分に合うサロンを求め彷徨うこと)を繰り返して何年経っただろう。

ボーイッシュなヘアをオーダーすると、どんなに参考画像を見せても思い通りにならないことが多い。
思い通りにならない→別の美容師やサロンを探す。その繰り返し。
「鬱陶しい伸びた髪を切ってさっぱりする」ことは叶っていたと思う。しかしそれ以上を、僕はヘアカットに求めていたしいつだって望んでいた。

オーダーが思ったとおりにならない大きな理由の一つは、見本として見せる画像が女性であることだったと思う。

体が女性であることは事実だし、「男性のようなカッコイイ髪型をしたいのは、自分が同性愛者であるからだ」と伝えなかったから。
同性愛者であることを悟られないようにと思うと、自然と見本は女性の髪型になってしまった。

望んだ髪型になることを、僕の心の性を隠す心が邪魔をしていた。

「僕をイケメンにしてください」
その一言が喉の奥につかえて出ては来なかった。
その一言が言えたら、どんなに楽だろう。

だからこの日は、初めから僕はカムアウトするつもりで美容室に足を運んだ。そう、はじめから言ってしまえばいいのだ。喉の奥につかえて出てこなかった言葉を押さえつけて、出てこないようにしていたのは僕自身なのだから。
もちろん初回からのカムアウトなんて初めてだった。

 

訪れる美容室を選ぶにあたって気を付けたことがある。
それは「オタク歓迎」を店舗紹介に掲げているサロンであること。

LGBTに理解があること、LGBTフレンドリーであることを掲げているサロンに行くならそれが一番いいと思う。しかし、現状それを掲げているサロンは多くはなく、加えてアクセスや交通費、通うにあたっての予算感が合致することは悲しいけれどほとんどないように思う。
それらを踏まえてサロンを探したので、僕はLGBTフレンドリーではなく、オタク歓迎のサロンを選んだ。

これは感覚的な問題で、あくまで僕の感想だと思って聞いてほしい。

女性がボーイッシュな髪型をオーダーすると、カットする美容師の多くは「女性らしさ」を残そうとする。
「女性ならこのラインを残して…」とか、「これ以上切っちゃうと男性的過ぎるから…」とか。
思い切りよく切ってくれる美容師は少ないように思うし、実際美容室ジプシーをしていた頃にも殆どいなかった。いたら何年もジプシーしてないし。

もちろん美容師の判断は概ね正しいと思う。女性がオーダーするんだから、間違ってない。
むしろ本来ならサービスとして顧客を思いやっての工夫やアドバイスなので、寧ろ褒められるべき行為だろう。

でも、僕の「ボイタチ」には要らない。
それどころかこれをされると、本当に残念な気持ちになる。
どんなに自分の中で「心の性別を定めない」と決めても「あなたは女性なんだから」と言われているような気になる。「男性らしい髪型にするなんて変ですよ。」とか。そして自分でも「あ、そうですよね…変ですよね…」なんて心が折れて迎合しそうになる。
いやいや、違うだろう。僕は可愛くなりたいんじゃなくて、カッコよくなりたいんだから。自分らしいカッコいい髪型にしてもらう、ということは僕自身が僕を「男性的であってもいいんだ」と目に見える形で認めてあげる、周りに僕はこれでいいのだと表現することでもあるんだ。

脱線してしまったけれど、なぜオタク歓迎なサロンなのかを簡単に話したい。
オタク歓迎なサロンならばそうでない店舗よりも多少奇抜な髪型のオーダーもあるかもしれない。所謂量産型的な髪型とは違うものをオーダーする客も来店するのではと、勝手に予想したからだった。そういうところなら、男性的な髪形をオーダーしても何らおかしいとは思われないのでは。という思惑だ。
なんとなく、そうでないサロンよりも多様性を受け入れてくれる気もする。
それに僕はマンガが好きだし。気質は年齢が二桁になる前からずっとヲタだ。サロンでの会話も得意とは言えない程度にはコミュ障、というやつだし。話しベタな客にはそれなりに接してもくれそうだ。
毎度彼女のことを濁して話すのも面倒だったのでそういう期待もなくはない。
とにかくそういった理由で、僕はオタク歓迎のサロンに的を絞って、予約を入れるまでに至った。

 

 

そして迎えたカット当日。

繁華街のある大きな駅を出て少し歩いたビルの5階に、そのサロンは開かれていた。少し早めに着くように家を出てから、なんなら前の晩からいつもと違う試みを胸にほんの少しだけいつもよりも緊張してソワソワしていたのを覚えている。

店員へのカムアウトも、この日までにイメトレ済みだった。
サラッと、スマートに。当たり前のことのように、女性の恋人の存在を告げる自分と、まだ見ぬ店員のなんてことないですよって表情を繰り返し想像した。

上向きのボタンを押せば間もなくエレベーターが1階に到着し、小さなエレベーターのドアが開く。
そわそわと気もそぞろな僕を乗せて、ゆっくりと昇っていく。

再びドアが開くと、すぐ右手にドアが目に入る。
ウッド調の洒落たドアで、中央がガラス張りになっていて中の様子が伺える。見た目は今まで訪れたサロンとそう変わらない。こじんまりした、都会のオシャレな雰囲気の店舗だ。

ゆっくりとドアを開ける。すると中からも僕の姿が見えていたのだろう、すぐにスタッフがこちらを向いた。

「いらっしゃいませ~」

出迎えたのは、激しめのカラーリングの髪色に少し焼けた肌。オタク歓迎!の言葉とちょっとギャップのある、よく言うとフレンドリーで、正直に言うとちょっと心配になるくらいチャラい外見の男性(このサロンのオーナー)だった。

え、待って(ヲタ特有の静止) チャラくない??

その見た目に思わず肩に力が入った。
そして自分がある行為を怠ったことに気がついた。サロンの予約ページで、所属するスタッフの顔写真等を見ていなかったのだ。ちゃんと見ていたら避けたと思うよ。このサロン。

パッと見、オタク歓迎どころかオタクをイジって揶揄うタイプの方に見えるのですが…。

チャラい人=オタクが嫌いという図式は、中高とカースト最下層、大学はサブカルチャー好きの友人や同僚としか関りを持ってこなかった僕に刷り込まれた固定概念だ。
余談になるが「黒ギャルはオタクに優しい」的な風潮が主に男性向けのアダルトコンテンツにはあるけれど、あれは夢か幻だと信じてやまない。
ギャルに虐げられた経験もあるけれど、ご褒美でも何でもない。でもなんでか人気があるしコンテンツとしては正直嫌いではない。本当に余談だけれど。

咄嗟にチャラいオーナーへの心の扉を閉ざしシャットアウトしてしまった。
「こんなチャラい人がオタクを歓迎するわけがない。ああ、今回も美容室ジプシー決定だな」とまで考えていた程で、そう考えるまでに数秒もかからなかった。

だって明らかにヲタのことめっちゃ嫌いそうな、ヲタの方だって好まなそうなタイプの方じゃない…?
ほんとにこのサロン、ヲタ歓迎なの?

  

 

「どんな感じにします?」

にこやかに、溢れ出るポジティブ&チャラいオーラ全開で問いかけるオーナー。

「えっと…ボーイッシュで…カッコいい感じにしてもらいたいです…」

踵を返すわけにもいかず鏡の前、タブレット片手に座らされている僕は明らかに不安顔だったと思う。
もうほんと不安隠しきれなさすぎ。持ち前のコミュ障が全力で発揮されてしまい、心なしか声まで小さくなる。オーダーも今まで通りの内容。

「オッケーなにか見本あります?カタログもありますよー」

ここで思い出してしまった。
この日用意したのは、大好きな中田裕二さんの写真。もう完全にミスったと思った。

しまった。やってしまった。
絶対からかわれるやつじゃん。知ってる。チャラいヤツってのはいつだってそうだ。陰キャが好きなものをからかうのが彼らの遊びの一つなんだ。
学生時代のカースト下層時代が思い起こされてちょっと泣きそう。
サロン選びまじで失敗したかもしれない。

それでも気持ち的にはここで戻る訳にはいかない、という思いでスマホの画面をチャラい美容師に見せた。

「こんな感じで…」

覗き込むくすんだゴールドの髪が鏡越しにキラキラと店内の照明を反射する。
身構えているのはもちろん僕だけで、彼は明るい表情を変えることなく画面の中の中田裕二を見つめていた。

「へぇー!カッコイイね。結構切るけど大丈夫?」

え?!お、おう…カッコいいのは知ってる。なんたって中田裕二様やぞ。

「大丈夫です。」

そして次に予定していた言葉を続けた。

「あの…、実は、同性の恋人がいて、カッコイイって言ってもらえる感じにしてもらいたくて…」

半ばヤケクソであった。
こちとら美容師ジプシー決定なのだ。だからチャラ美容師、あなたは二度と会わない人だ。二度と会わないのならばいっそ言ってしまえ。
カムアウトして嫌な思いしたら店名は出さないけどTwitterにボロクソに書いてやるからな。そう。僕はヲタである前に陰気で臆病な人間なのだ。心の中でだけならいっちょまえにそう言い放てる。

イメトレをした甲斐もあって、比較的スムーズに口にすることは出来た。しかしそれに続くはずだった受け入れてくれる店員の表情とは異なるだろうと、鏡の方から視線を自分の膝へと落とした。

しかし後方から聞こえた声は、また自分の思っていたソレとはギャップがあった。

「そうなんだ。じゃあ彼女の為にカッコよくなって帰りましょーか!」

あれ?

思わず顔を上げてそちらを見ると、「なんてことない顔をした」にこやかなチャラ男がそこにいた。

「あーごめん、もっかい写真見せて!この人モデルさん?なんて名前の人?」

「な、中田裕二さんって、元は椿屋四重奏ってバンドのボーカルで…」

あれれ?

「よっし!じゃあ中田さんになっちゃいましょう!」

おや?

「あ、タブレットでアニメとか雑誌とかガンガン見てていいんで!」

まさかのdマガジン、アマプラ完備。

んんん???

「あ、ディズニー好きなの?やっぱデートもディズニー?」

「俺も昔バンドやっててさー!ヴィジュアル系だけど!」

「彼女は中田さんみたいな感じが好みなの?」

 

 

チャラ美容師、めちゃくちゃ喋ってくる。

しかし不思議と最初にカムアウトしてしまったからか、何も偽ることもなく自然と話している自分がいた。なんならカット中の大半の時間は話していたと思う。

なんだ、サロンで話すことが嫌いなわけじゃなかったんだ。
偽って取り繕って話すことが嫌いだったんだ。

 

鋏を入れる度に、髪だけでなく心も少し軽くなっていく気がした。

 

サロンに足を踏み入れてから、おそよ一時間後のツイートが下記である。

 

顔は別として中田さんっぽい髪型になった僕が、大きな鏡の中にいた。

今までカットしてもらって来て、1番「なりたかった僕」がそこにいた。
自分の姿にときめくなんて、ナルシストのようだけどときめかずに居られなかった。

 

美容室ジプシーを卒業した瞬間だった。

 

それから僕はこのサロンのオーナーに毎回カットしてもらっている。

「絶対にカッコよくしてもらえる」と信頼感をもって足を運んで、その通りの気持ちで家路につく。

 

ボイタチのファッションに、素敵な髪型は不可欠だ。
いや、ボイタチだけじゃない。
自分に合う美容師に出会えるかどうかで、ファッションも人生もガラッと色を変える。

自分に「似合う」と思えることは成功体験。
積み重ねれば、自信になる。

シンデレラの魔法は、12時の鐘の音でとけてしまうけれど、髪型の魔法は暫くとけることがない。
なりたい自分になれる魔法は、未来の自分も幸せにする。
それがファッションだったり、メイクだったり、僕のようにヘアカットだったり。
現に僕は彼に切ってもらうようになってから、ファッションがもっと楽しくなった。

 

前回の魔法から一月ほど経った。
次の魔法はもっと熱くなった頃。

 

僕の魔法使いはチャラい元バンドマンの美容師だ。

チャラいけど、すご腕の魔法使いだ。

 

 

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