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掌編小説 みずたまり

みずたまり

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 実家に荷物を放ると、そのまま家を出た。久々の郷里。最後に帰ったのが成人式の時だから、実に4年ぶりの帰省だ。開放感に任せてこの小さな町を巡りたかった。荒れていた中学に見切りをつけ(実際のところ、勉強を頑張ってしまう自分は、ちょっとしたいじめの標的でもあったわけだが)、列車に1時間以上揺られながら隣町の高校に通っていた身としては、「ふるさと」なんて口にしにくい。それでも、生まれ育った地は懐かしかった。


 車の窓越しに幼少期に遊んだ川べりや土手を眺める。あのときは身長を越える茅をかき分けて川までたどりつくだけで大冒険だった。川でアオダイショウに出会ったときの恐怖と興奮。あのときのジャングルを一瞬で通り過ぎてしまう「大人になってしまった自分」のなかで、優越感と寂しさが渦巻いている。しばらく行くと、また住宅街に出た。幼心にもこんな所に店を出して大丈夫なのだろうかと思っていた純喫茶はしぶとく営業しているようだ。これを目印に友だちの家を目指していた。喫茶店のある十字路で曲がって、細い道をゆっくり進む。自分たちが幼少期の頃には子どもたちのためにあった「徐行」の標識は、いまや高齢者のためのものになっているに違いない。若者は出たっきり帰らない。同級生のなかで、ここに帰ってきたのは、学校の先生・役場の職員・銀行マン、お堅くって安定したお仕事ばかり。

 みんな、うまいことやってんのかなあ、羨みや嫉妬がもたげそうになって頭を振った。大学3年生で就活が始まったけど、特にやりたいこともなく、「社会に出て」からの思い通りにいかないことといったら。急かされて叱られて頭を下げる日々を一旦抜け出したくなって、半ば強行軍で帰った田舎だった。
 
 そういえば、家業を継ぐって言っていたあいつは、まだこの町にいるんじゃないか。畑で得意げにスプリンクラーの蛇口を回した屈託のない笑顔を思い出す。暑い夏には、そんなふうに涼をとって、あとからいつも叱られた。いま振り返れば、一番仲の良い友だちだった。

「大丈夫、おれんちのだから」、そういって野菜や果物をもらった夜は、だいたいあいつの両親がうちにやってきた。「うちのが、『商品にもならないくず物』を渡してしまったようで・・・・・・」。全然問題なくこっちの家族は食べてたのに、いつも、お詫びの品として『商品』の追撃が来た。そんな思い出も懐かしい。

 無性に会いたい気持ちが募り、あいつの家を目指した。小学校に上がった頃は徒歩で探検をし、途中から自転車で駆け抜けたこの町。急に道が細くなる。この先は、手慣れた軽トラドライバーしか行けないんだよな。そんなことを思い出して、路肩に車を停める。車に乗っていたときは縮尺が狂ったような違和感ばかり抱いてたのに、100メートルも歩くと、あの頃の感覚がよみがえった。最後の分かれ道だ。どっちをとっても、あいつの畑まで20分。

 ふと、右手の道にある水たまりに目を落とす。実家を目指して車を走らせていた時、夏の終わりの夕立が爪痕を残そうとするかのような大雨に見舞われた。そうか、あの夕立の落とし子か。あのときにはただ憂鬱さを募らせる雨にしか思えなかったが・・・・・・。
 
 スプリンクラーのなか笑うあいつの顔が浮かんだ。こっちを選べば、きっとあいつに会える。予感めいたものに背中を押され、大きな水たまりの残る道へと、俺は一歩踏み出した。

作品に寄せて

 美術の授業で「作品鑑賞」をしていた期間のこと。その一環で、作品を見て、物語を書くのは?という話になりました(その時の美術の先生は年も近く分掌も同じで、授業の相談をあれこれしあう仲でした)

 私の案が採用されて、じゃあ、やってみよう、というときに、「サンプル」として書き下ろした作品です。

 実際には、どれぐらいの長さが生徒にとって書きやすいのか、また授業の主旨から考えてふさわしいのかを考えあぐねて(国語の授業ではないので、長く美しい文章を書くことそのものをここで評価対象とするのは・・・というところなのです)、サンプルは200字、400字、1400字の3パターン書き、美術の先生にどれがいいか選んでもらいました。

 予想はしてたけど、採用されたのは400字バージョン。

 ・・・というわけで、お蔵入りになった1400字バージョンを上げてみました。私の郷里の風景です。

島根の高校エッセイ『おしゃべりな出席簿』

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