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『魔法は風のように』第三話

「この星と歌う、最後の歌を」外伝2
『魔法は風のように』

第三話 言葉への敏感さ


サキは、生まれつき敏感だった。
どういう風に敏感なのか、本人は理解していた。人の魂の輝きを、曇らせてしまう言葉に対して、敏感すぎるほど敏感なのだ。

もっともわかりやすいのは、嘘。
その次は、悪口。細かく言うときりがない。
怒声。罵声。汚い言葉使い。傲慢な心からでる言葉。心にもない誉め言葉。自分を見下す言葉。それらを聞くと、口から出た言葉によって、言った本人の気配がよごれていくのが、体の感覚として感じられてしまうのだ。

敏感さを、辛い、と感じるようになったのは、中学を過ぎたころあたりだろうか。年齢的な問題だったのか、生徒数が小学校より三倍近く増えたからか、コミュニケーションが複雑になり、友人と話すのにも苦痛が伴いはじめた。
学校でのみ、辛いなら我慢できた。
幼いころは、勤勉な父と、真面目な兄と、優しい母と、仲良し家族だった。
いつからだろう、父と兄から、言葉による嫌がらせを受けるようになってきたのは。
「お前はダメなやつだ」
「お前は何をやっても結局、意味がない。うまくできないんだからな」
と、何の根拠があってかわからないが、ひどい言葉をさんざん投げかけてくる。父も兄も、性格的に真面目で、正義感が強すぎて、いろんなことで人を許せない気持ちになるらしい。その反動で、弱い立場のこども、弟を、馬鹿にしはじめたという感じかなと、サキは思っている。
はじめは、あまり気にならなかったのだけれど、失敗するたび、間違えるたび、落ち込むたび、弱るたび、ここぞとばかりに、嫌味を言われ続けた。だんだん、自分でも、自分はダメなのかもしれない、と思い込むようになってきた。

今年、高校一年になり、校舎全体の空気が、極端に自分になじまないものすぎて、三日で通えなくなった。
うるさい父と兄に会いたくなくて、部屋からも出られなくなる。
一学期はまるまる不登校。
夏休みが終わって、二学期がきて、これからどうしたらいいか、サキなりに考えていたのだけれど、昨晩、酔った父が部屋に強引に押し入って、さんざん罵声をあびせかけたあげく、暴力をふるってきた。
たまらなくて、家をでたところ、穢れに体をのっとられてしまった。


うつむきがちに両手の親指に目線を置きながら、辛い気持ちを一通り吐き出し終わるまでゆっくりと話して、サキは俺を見た。
「おかしな話、して、ごめんなさい」
泣きそうな顔で言うので、俺は首をかく。
「おかしな話?」
「おかしくないですか?」
「俺は、年齢のわりには、よくまとまった、上手な話かたするなーって、感心して聞いてたんだが。これは俺の直感だけど、サキは、言霊と縁が深いんだな」
「ことだま」
丸い目が、もっと丸くなる。
「あー、うまく伝えられるかな。言葉、な。言霊っていって、この国ではとっても大事にされてんのな。でな、穢れってな、俺的には気が枯れるって感じのイメージなんだけどな、サキは、それに敏感なんだろ」
なんて言ったらいいのか、頭がパンクしそうだ。
父か海斗に代わって欲しい。
「敏感なのは、俺が、ダメな奴だからだって。感じすぎ、考えすぎだって」
「俺の父さんは、双子の海斗って奴に、よく言っていたんだ。敏感なことは、悪い事じゃない。敏感な人が生きづらいということは、積もり積もれば、鈍感な人は気が付かないうちに、もっと雑多にため込んで、いつ大爆発をしてもおかしくない環境だということ。人は、痛みを感じるから、そこに傷があると気が付ける。敏感かどうかは、小さな傷に、気が付けるか、気が付けないかの違い。小さな傷も、それが重なるのをほうっておけば、いずれ致命傷になるだろう。致命傷になってから気が付いたって、遅いのだからって」
「上手に受け流せって、言われます」
「その人にとって「ある」ものを、「ない」と感じろだなんて、酷な話だろ。鈍感な人が感じないから、何もない、なんてことはないんだ。なにか、ひっかかりがあるのに、平気で受け流し続けてしまったら、それを続けた人は、結局、最後に大きく何かを引き受けることになる」
ああ、ダメだ。父さんみたいには、話せない。
俺、今、サキの目に、思いっきり頭の悪い奴にうつっているだろうな。
「ごめんな。俺は、鈍感で。でも、だから、サキの敏感さは、悪いものじゃなくて、大切な物なんだって、思えるんだ。俺の父さんも、双子の海斗も、世界中でただ二人だけしか感じないようなものが、たくさんあるくらい、わかりすぎるほどわかる感性を持っているんだ。サキにも会わせてやりたい。俺じゃ、全然ダメ」
落ち込む俺を見て、サキは涙を浮かべて微笑する。
「あーあ、隼人さんがお兄さんだったらなあ。俺は、どこにいても、誰といても、肯定してもらえないから、孤独で、胸が痛くて」
「痛いだろう。あれじゃ」
胸にある気の割れ目、大きな傷を思うと、気の毒になる。
「隼人さん」
「ん?」
「もしかして隼人さんって」
サキは、急に俺の耳元に手をあてて、声を低めた。
「まほうつかい?」
魔法使い、と、きたか。微妙に違うけど、微妙にそうとしか言いようがない。
「んー。当たらずとも遠からず」
「じゃあじゃあ、お父さんと、双子さんは、魔法使いなんじゃないですか」
急に期待に満ちた態度になって、きらきらと、こちらを見る。
「なんでそう思う」
「さっきの隼人さんの動き、人間とは思えなかったから。それに、隼人さんを取り巻く気配って、独特で。普通の日本人と違う気が。異国の魔法の気配って思うと、そうかもって気がして。あと、そんな隼人さんより、いろんなものがわかるなんて、お父さんも双子さんも、普通の人間じゃありえませんから」
「サキは勘も冴えてるんだな」
「じゃあやっぱり」
「まあ、俺は自己流だからそう名乗っていいのかわからないけどな。己の筋肉と気を自在に魔法で強化できる、気の魔法の使い手だ」
筋肉魔法の使い手だ、とは、恥ずかしくて名乗れなかった。
サキは急に、意を決した表情で、俺を見つめる。
「隼人さん!」
「ん?」
「俺を、気の魔法の、弟子にしてください!」
とんでもないことを、言いだした。
サキが弟子になるっていうなら、俺は師匠になるのか?
自己流すぎて、何をどう教えていけばいいんだか、さっぱりわからないんだが。
「お願いします!」
「ええと」
「隼人師匠!」
「いや気が早すぎる。俺はまだ、やるって言ってないし」
「がんばりますので」
さすが、この俺が、意志が強いと見込んだだけのことはある。ものすごく押しが強い。
って、思っている場合じゃない。

このあと、俺は押し切られ、とりあえず、どこかで飯を食って、俺のアパートでゆっくり考えよう、ということになった。
未成年を好き勝手つれまわすのも気がひけたので、父さんと、父さんの弟で社会科教師をしている廉さんに、連絡をとった。


つづき↓
第四話 https://note.com/nanohanarenge/n/n5dff01688377

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