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『魔法は風のように』第四話

「この星と歌う、最後の歌を」外伝2
『魔法は風のように』

第四話 はじめての師弟、修行、勉強

ファミレスで適当に夕飯をとり、電車に揺られて二十分。
駅を降り、川にかかる橋をわたって、俺のアパートに到着。
空気の澄んだ、星が綺麗な夜だ。

アパートの入り口で、廉さんが、いつものかっちりスーツ姿で待っていた。
「こんばんは。すみません、お待たせして」
「いやそんなに待ってない。それより、この子がサキくんか。サキくん。俺は、不破 廉。近くにある学園の高等科で、社会科教師をしている。隼人から話は聞いた。とりあえずだな、保護者の方に、無事でいるのをお伝えするのは、どうだろうか」
サキは悲しそうに首を振る。
「帰ってこいって、怒鳴られるだけです」
「心配ない。連絡先さえ教えてくれたら、俺が上手に伝えよう。なんなら、一教師として、君の家にご挨拶に伺うことになっても構わない。君が望みに沿って動けるよう、できる限り協力したいと思っている」
「なんで、そんなに親切に?」
「うちの学園は、変わった感性の子が、なぜか多くて。他人事じゃなくてな。家出なんてな、しょっちゅうある。だから、安心して任せてくれていいんだ。それに」
廉さんは、たのしそうに俺を見る。
「隼人の筋肉魔法の弟子、か」
「わ、筋肉魔法って、呼ばないでください。カッコ悪い」
「今さら気が付いたのか」
サキがまっすぐな目で俺を見る。
「きんにくまほう?」
「わー、サキは聞かなくていいから」
俺は両手で、サキの耳をふさぐ。
「気の魔法って、ことにしたんです」
「ほー。隼人が、体面を気にする姿なんて、初めて見た。面白い」
「気の魔法です。いいですね!」
廉さんはニヤニヤして、了解とつぶやく。
サキの耳から手を離し、俺はため息をついた。疲れた。


この日から、気の魔法の弟子として、サキは俺の部屋で生活することを選んだ。海斗のために用意した、生活道具一式が役に立った。

翌朝、俺は、六時にサキをたたき起こした。
意識がはっきるするまで眠いらしくてごねるが、目が覚めると、突然活動的になるタイプのようだ。
布団から出て、子供のお化けみたいに、デカすぎる海斗のパジャマを引きづって動くのが、面白い。
「師匠、笑ってないで」
「すまん」
俺は俺の身支度をはじめる。まずは髭を剃らないとな。
あとは、今日バイト帰り、古着屋で、これからサキが過ごしやすいような服を選んでくるか。
「まずは、とにかく体を鍛えること」
朝は、ジョギング。
昼は筋トレ。
夜は、勉強に重きを置いて、軽くストレッチしたら早めに休む。
短期間で筋肉をつけるのが目的ではないから、無理をする必要はない。心地よい程度の運動量でいい。

廉さんが、サキの家族から持ち出された条件で、責任をもって、勉強が学校に追いつくようにする、というのがあって、夜に時間をつくって、廉さんと俺が、交代で勉強をみてやる。
廉さん忙しいから、ほとんど俺だな。
苦手教科もなくないけれど、サキは、基本的に物覚えがよく、理解もスムーズなので、これならあっという間に、一学期分は取り戻せそうだ。下手したら先々の予習まで、済ませてしまう勢いがある。

食事も、ちゃんととる。
まめだと言われるが、自分の食べるものは、できる限り自分で作っている。
体は、食べ物で出来ている。
健康を維持したかったら、毎日、自分に合った献立を作れるくらいじゃないと体がもたない。肉体を使う魔法の使い手として、食事を作るスキルは、必要だと感じている。
だから、二人分作るのも、サキの状態に合わせて献立を考えるのも、苦痛ではなかった。
ジョギングを終え、焼き魚と、卵焼きと、納豆と、わかめのみそ汁という簡単な料理に、ヨーグルトとサラダもつけて食卓に運ぶ。
サキの細すぎる手足を見ると、腹いっぱい食べさせてやりたいと、思わずにいられない。
「師匠のごはん、男らしくておおざっぱな割に、おいしいです!」
「そりゃよかった」
残さず食べきってくれて、少しうれしい。

ある程度、日々の生活が規則正しくあると、心身も整いやすい。
「俺、完全に夜型だったから」
はじめはキツイと言っていたサキも、一週間もしないで、顔色も、食欲もよくなってきた。
「師匠、体が軽くなった気がします!」
「かなり食べてるよな。体重は増えてるんじゃないか」
「俺、太った???」
「いや、痩せ気味だったから、健康的になってきたな」

気の魔法のほうは、勉強のようには、はかどらない。魔法は一日にしてならず、だ。
次のステップ。
俺は無意識にしていたものを、意識的に言葉にしないといけないから、結構大変。
「人間は、脳と、腸に、細かい血管が沢山ある。ほっておけば脳に行きやすい血の流れ、気の流れを、バランスよくするには、腸のあたりの細かい血管に意識を向けて、強化するイメージをもつと、気を理解し、動かしていく、基礎ができる」
たんでん、だったかな。そこに気を集められるようにならないと、お話にならないらしい。
これは、父さんの受け売り。
俺は、無意識にしすぎていて、どうにも、教えようがなかった。
しかし、サキは、気の扱いに結構、慣れている。自分なりに、気を集めたり、放ったり、防御したり、は、教えはじめてから数日もかからずに、できるようになった。
よくできる弟子に、俺も頑張らねばと思う。

「ある程度、気がわかるようになったら、生きとし生けるものの気を感じ取る力も高まる。これは、呼吸の仕方である程度コントロールが可能で、悪い気を体に入れたくなければ、呼吸を止めること。弱めること。それで間に合わないときは、硬い気の壁をつくるイメージで自分の全身の気を強化すること」
海斗いわく、魔法の修行というものは、ネガティブというか、否定的なエネルギーから身を守れるようになる練習から入るらしい。体術でいうところの、受け身の練習的なものか。
気に敏感になって、外からの気にやられてしまっては、なんのために気がわかるようになったのやら、本末転倒だからな。
防御は徹底的に教えてあげないと。

サキが来て、二週間。
朝のジョギングを終え、俺が作ったポテトサラダと焼き鮭とごはんの朝飯を口に運びつつ、サキは言う。
「だいぶ、前よりも、意識的に気を扱うことができるようになりました」
「そうだな」
「俺、これから、どうしたらいいのかな」
「気を感じる力は、もともと強いだろ。だから防御が上手になりさえすれば、これから先、困らないようできると思うんだが」
「俺は隼人さんみたいに、なりたい!」
「サキは、サキなりのやり方をみつけよう。そのために、俺はいるんだ」
不服そうなサキを見て、つい笑って、その茶髪をぐりぐり撫でたくなった。
「体の在り方は、百人百様。身長、体重だけだって、俺とサキとじゃ全然違う。食べるものの好み、筋肉の付き方、内臓の強い部分と弱い部分、年齢、生活習慣、運動量、どれをとっても、同じ奴なんていない。魔法ってのは、それを行うものに従うんだ。気の魔法も、そいういうものだから。俺の魔法と、サキの魔法じゃ、同じにはならない。だから結局、サキにとっての最適な在り方を探す手伝いくらいしか、俺にはできないんだ」
「嫌です!」
「嫌っていわれても」
困る。真顔で返すと、サキも困って泣きそうになる。基本的に、よく泣く。
「強くならきゃ。俺、もっともっともっと、強くならなきゃ。馬鹿にされて終わってしまうから」
ああ、なんとなく、サキの心臓のあたりの気の傷が、大きく開いてしまっている感じがするな。強烈な自己否定、か。
心臓ってことは、生きてることを否定ぜずにはいられないほどの、辛さなのだろうか。
どうして、こんなになるまで、人を追い詰められるんだろう。
家族なら、なおさら。
否定されて傷ついて、こんなにも苦しんでいるサキの気持ちは、痛いくらい伝わってくる。
俺には、そこまでひどいことを言い続けて、なんでもないでいられる人間の気持ちが、どうしたって理解できない。どうにもならんもんか。
気が割れるほどの深い深い心の傷を、どうしたら、癒してやれるんだろうか。

このまま適当に、元の生活に返すわけにはいかない。
とはいえ、俺にしてやれることが少なすぎて悲しくなる。

つづき↓
第五話 https://note.com/nanohanarenge/n/ndcb4b3926a6f

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