「究極のテレワーク 僻地での暮らす家族との日々」ショートショート

「お先に失礼するよ」

「おつかれさまでーす」

旧世代のような挨拶を交わして、オフィスを出る。

技術革新が進み、対面ビジネスが減少する中、人によっては滑稽な、とおもうかもしれない。しかし、どれだけ技術革新が進み、仮想空間でリアルさながらな体験ができるとしても、現実がなくなるわけではない。

もちろん、昔ほど現実世界でやらなければならない仕事は減ったし、自動化も進み、人の手を離れた。けれども、どうしても人の手でやらなければならない仕事は残っているのだ。

自分の仕事もその一つだ。

なので、こんな都市部から離れた僻地に住んで、現実世界で作業をしている。

現実世界でしかも僻地での仕事だ。なりたい人は少ない。
けれどもだれかがやらなければいけない。

その分だけ、サービスも手厚い。

「ただいまー」

「あなた、おかえりなさい」
「パパ、おかえりー!」

家に着くと、そう声が聞こえてきた。

とはいえ、家族が本当にここにいるわけではない。
いまでは仮想空間技術が発達し、離れていても、同一空間にいるようにビジュアライズされ、暮らすことを体感できる。

「今日もおつかれさま。いつも大変な仕事をありがとう」
「いや、だれかがやらなければならない仕事だからね」

ねぎらってくれる妻。触れるとその感触はリアルそのものだ。

ここまでのリアリティは、いまの現実世界でもかなり高度な技術だ。
けれども僻地に住む福利厚生として、提供されている。

こうやって、人と触れ合う感覚がなければ、さすがにこういった場所にくるのは、心情的に憚られてしまう。

それを極限まで無くすため、「手当」が厚いのだ。

「ごめんなさいね。本当は直接料理を作ってあげられたらいいのに・・・」
「いや、その気持ちだけで十分だよ」

そういって、自分は自分で自分の晩飯を用意する。

さみしくはない。

どこにいても、この妻も子供も存在しないのだから。

「うん、美味しい」

「よかった」

妻が微笑む。子供の微笑む。仮想空間の、仮想空間だけに用意された、福利厚生の家族。

独り身の自分にとっては、仮想空間とはいえ。ありがたい。


こんな僻地だ。誰かとくらす気分だけでもないと、暮らせない。



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