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懐かしい友と再会するように、本と出会う日

パリの日本食レストラン街であるオペラ座・ピラミッド地区にはBOOK OFFがあります。日本にあるBOOK OFFと同じように中古買取を行っていて、ペーパーバックやDVDのほか、日本語の中古本コーナーがあり、そりゃあ日本の本屋さんに比べると微々たる品揃えです。でもパリ在住の日本人にとっては心のオアシスのような存在です。

この近くにはジュンク堂パリ店もあり最新の書籍や漫画の新刊が手に入るし雑誌の品揃えも豊富。ところが値段は日本の2〜3倍。おいそれと手が出せる品物ではありません。だから時々庶民の味方BOOK OFFに足を運んでは、本棚5台分くらいの小さな日本語文庫本コーナーに居座って、一冊づつ舐めるように眺めて時間を過ごしています。


一度、本を買い取ってもらいに行ったことがあります。
買取価格の基準は本の状態だけ。フランス人のスタッフさんが、表紙のヨレや書き込みがないかをパラパラっと確認すると、文庫本、単行本など本のフォーマットによって予め決められている買取価格があてられます。おそらく日本語が読めなかったり著者の名前や本の題名を知らなかったり読めなかったりするフランス人でもシステマチックに買取作業ができるようにするためでしょう。それとも日本のBOOK OFFだって、本の知識がなくても買取作業ができるように本のサイズと状態だけで決まる規定の買取価格基準があるのかもしれません。


日本でアルバイトさせてもらっていた古本屋さんの店主さんは買い取りの際一冊づつ丁寧に確認していました。本のフォーマットによって機械的に買取価格を付けるのではなく、本によって買取価格が異なりました。時には掘り出し物なんかもあったりして、本の知識があるからこそできる仕事なんだなあと憧れて見ていました。町に根ざした小さな古本屋さんだったので、お客さんとの交流も密。お金はいらないから引き取ってほしいと大量に本を持ち込む人がいるかと思えば、常連さんの持ってきた本だと売れそうにない本や雑誌でもおまけして買い取ったりしていました。


パリのBOOK OFFの本棚に並ぶ古本たちは、どれもこの地に住む日本人の家の本棚にかつて並んでいた本なのだなあと思うと、本で繋がった不思議で小さなコミュニティの一員になった気持ちになります。

日本から引っ越すときに、この本だけはぜひ手元に置いておきたいと持ってきた大切な一冊が、この国で暮らすうちにもう心に響かなくなってしまったのか。はたまた任期を終えた駐在員さんからの置き土産か。ときどき真新しい本もあるから、本を買うためにはお金に糸目をつけない誰かが、パリの高級ジュンク堂で購入した本をBOOK OFFへ解き放ってくれているのかもしれません。


『フランス人は◯◯しない』とか『パリジェンヌに学ぶ××』系のタイトルの本がやたらと並んでいるのをみるとちょっと微笑ましくなります。
海外文学より日本文学の書籍の方が多いのは、郷愁の念が生まれるからでしょうか。歴史・時代小説も豊富です。
ずっと前に上巻だけ手に入れた『世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド』。今日もやっぱり上巻しかない。誰か早く下巻を買取に持ってきてくれないだろうか。

そんなことを考えながら見ていると、「あっ!」と思わず目が止まりました。

『ONE FINE MESS  世間はスラップスティック』。景山民夫さん、こんなエッセイ集も出していたんだ!


20代の初め、エッセイ本をたくさん読んでいました。特に好きだったのが、異国の香りがするエッセイ。

米原万里の『旅行者の朝食』を読んでハルヴァなる未知のお菓子に憧れたり、星野道夫の『旅をする木』でその純粋な行動力に心打たれたり。

子連れでアメリカを放浪し時には子供をほっぽりだして放浪を続ける大胆不敵な桐島洋子の『渚と澪と舵』を読んで、人間はこんなに自由に生きていいんだと励まされたり。

グレゴリ青山のコミックエッセイも面白かったなあ。

インドへ行く前には沢木耕太郎の『深夜特急』を読んで旅情をかきたてて、帰って来てからは彼の地にハマって妹尾河童の『河童が覗いたインド』や椎名誠の『インドでわしも考えた』をはじめ、インドと名のつくものはなんでも読み漁りました。

四方田犬彦にも一時期大変ハマって、文学と旅が混ざり合う『モロッコ流謫』、豚肉はプロの肉という話が忘れられない食いしん坊な『ひと皿の記憶』、ジム・ジャームッシュのストレンジャー・ザン・パラダイスから名前を拝借している小洒落た『ニューヨークより不思議』など、どれも食い入るように読み込みました。

日本に住みながらいつもどこか違うところに行ってみたい、自分を試して見たいと夢見ていた私は、異国の香りのするエッセイを読んでは頭の中のぼんやりとした夢を自分の歩む現実の先へ引き入れようとしていたのだと思います。


いろいろ読んだ本たち、一冊思い出すとまた別のもう一冊をと、振り返ってみると数珠繋ぎに思い出し、案外こころに残っているものです。そんな大切な本の中でも特に忘れられないエッセイのひとつが景山民夫の『普通の生活』でした。

覚えやすく単純でいてセンスの良さを感じるタイトルに反し、本の中で語られる筆者の生活は全然”普通”じゃありません。出し惜しみをしないサービス精神旺盛な文章で、小気味の良い笑いを提供してくれる滑らかな書き味は流石にテレビ業界の人という感じ。軽薄さを装っているんだけど、確かな知性を感じるのもおしゃれ。計算されたキザさもグッとくる。この時代にギターを片手にアメリカ大陸を放浪しているのもカッコ良すぎるし、世界中どこにでも気軽に飛んでゆく身軽さにも憧れました。
本人もどこかで自分の話は”盛っている”と書いていたし、中島らもさんをしてこんな嘘つきには後にも先にも会ったことがないと言われる人だから、書いている内容はフィクションかもしれません。それでもその面白さと洒脱さは本物で、かっこいい大人だなあと思ったものです。


そんな景山民夫さんの本と偶然にもパリのBOOK OFFで出会えるなんて、それだけでもう今日はすっかり良い日でウキウキします。小学校の時は毎日のように一緒に遊んでいたのにいつの間にか連絡を取らなくなってしまったお友達、仲が良かったことすら忘れてしまっていたあの子に偶然出会えた、そんな気持ちになります。


それにずっと読みたいなと思っていたカズオ・イシグロの『日の名残り』まで見つけてしまいました。最近時間があるのにどうしても読書に集中できなかったのですが、これからしばらくじっくり楽しめそうです。


ここでは日本語の本を手に入れるのに不自由するし、本はあっても品揃えは少ないです。でも少ないからこそ、ほしい本を見つけた時の喜びは何倍にもなるのでしょう。


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