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#俳句でぽん3:恋愛短編小説-『語り蜻蛉』

これは7つの素敵な俳句から生まれた短編小説です。(3000字)

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僕の先を行く果歩の足が止まった。

サラサラとした砂利の上に立つ彼女の靴から視線をあげると

僕達の目の前には

蜻蛉の楽園が広がっていた。



「すごい!!タカフミすごいよ!!トンボが沢山!!!」

どれくらい黙ってこの道を二人で歩いたのだろう。
沈黙を破り笑顔で振り返った果歩と僕は
何時しか名も知らない河原にたどり着いていた。

無数の蜻蛉があちこちでせわしなく飛び交う。
果歩が静かに人差し指を掲げると、一匹の蜻蛉がふっとそこに羽を休めに来た。ゆっくりと自分の目線にそっと蜻蛉を合わせると、果歩は優しく微笑んだ。

あっ…僕の好きな果歩の笑顔。
最後に見たのはいつだったっけ…。

何時からか、話を聞きながらただ目を細める僕を寂しそうに見つめ返す果歩がいた。だんだんと、ただそっと笑うようになり、ここずっと…心の底から笑う彼女を見ていない気がしていた。

指から飛び立ったトンボを見つめクスリと笑う。

「トンボの高速道路に迷い込んじゃった気分だね」

真っすぐに飛んでは、はたりと空中で止まり、かと思うとぐんと右羽を傾け右折する。一匹たりとも衝突して地に落ち行く者などいない。

こうやって、周りとの接触を避けながらうまくかわしてゆくのは…
僕と…なんだか似ている気がする。

うまくかわす?
でも、僕はうまくかわしているんじゃない…分かっている。
僕は…そう

「隠れている」んだ。



「タカフミ…」
その声に我に返ると、首をかしげて僕をじっと見つめる果歩がいた。

「私…タカフミと…ちゃんと正面から向き合いたい。」

真っすぐな果歩の瞳に僕の心は一瞬時を止める。

「ちゃんとぶつかり合いたいの...。」

微笑みの中に、きゅっと噛み締められた唇がトンボの様に赤く見え、
少しすくんだ肩から伸びた腕の先には
羽を乾かす蜻蛉の様に小刻みに震えた
ぎゅっと握りしめられた手が二つ。

「えっ…あっ…。こんな大きな…高速道路内だったら…衝突しちゃう…かもね僕ら。。。」

こんな時にも僕の中の蜻蛉はゆらりと身をかわすんだ…へらりと浮かんだ笑顔に迂回をした心の羽根がチクッと痛む。


僕は果歩が好きだ。
それなのに、自分をさらけ出せないでいる。
言葉にしなければ形を成さない感情達は
形にしてしまったら もう消し去ることが出来なくなるから…
自分の願望が、わがままに…
自分の些細な思いが、弱さに…
そしてそれを受け取られてしまっては…返してくれなんて言えないから。
果歩を大事だと思う程に、本当の自分を見られるのが怖くなる。
果歩を大切にしたいと思う程に、自分が傷つけてしまわないかと怖くなる。

放った言葉と同時に反らした目線を彼女にさりげなく戻すと、
僕をじっと見つめたままの果歩の頬に一筋の涙が伝った。


「私…東京に行くよ…」


悲し気に微笑んで見せた果歩の瞳は1ミリも僕からずれる事はない。
少し唇を固めにつぐみ、もうひと雫 透明な涙を風に流して
そして静かに僕に背を向けゆっくりと蜻蛉の波に飲まれていった。

果歩の小さな両手は
もう固く握られもせず…ただふんわりと流れる風を掴んでいた。



窓際にそっと一人座ると、冷たい風が吹き込んで ふと夜空に鼻を向ける。

ずるいよね…

何となく顔に吹き付ける風がそう耳元で囁いたような気がした。
何も言葉にしない事で、
何もかも全て自分の中に閉じ込めて、
人との衝突を避けてはホッとする自分。

少し欠けた月の光が雲の間から零れると、外の闇の中に一筋の涙を流す果歩の姿が浮かんで 手を伸ばしてみても届くことはない…。
「東京に行く」月光の中の果歩の口元が そう呟く。。。


「行くなよ。。。」

僕の心の蓋が開き、
閉じ込めた想いが
誰もいない部屋の中に静かに響いた。

こんな言葉…重いよな。。。

苦笑いして手を引っ込めた。


僕は…物言わず、そっと彼女の笑顔を見つめるだけの月だと…
笑って見つめているだけで、彼女の笑顔はずっとここに輝いてくれているのだと…そう思っていたのに…。
この瞬間ふと見上げた月が歪んだ、そんな気がした。



くすぶり続ける「どうして」を どうすることも出来ぬまま時間だけが過ぎてゆく。あの日果歩が告げた言葉は決心だったのだろうか。
「東京に行っちゃうよ?タカはそれでいいの??」
友達の言葉にいつもの笑顔で、ふっと笑い返す事しか出来ない僕はなにも変わっちゃいない。

でも…
ただ一つだけ、気づいたことがある。

友達の問いかけに微笑み返す僕の手のひらは、
ぎゅっと…強く握られる。微笑むたびにぎゅっと…。

あの蜻蛉が飛び交う河原で見た果歩の姿の様に…。




空っぽになった僕の隣を思うと、自分でもどうしようもないほどの焦りを感じ始め、それでいて、どうするとも思いつかないままに、僕はただぼっーと外の雨を眺めた。
遠くの空で一筋の光が地上に足をのばす。ほんの一瞬の出来事を繰り返し繰り返し見つめていると僕の心にも亀裂が走り、響き渡る轟音に心の中の蓋がカタカタと音を鳴らしては浮き上がる。

行くな。。。
いや、自分勝手だろう。。。
傍にいて欲しいんだ。。。
都合よすぎだなそれ。。。
外に出たがっている想いと、出てからの行方におじけづく自分が
雨音の中に沈んで行く。



わずかなズレや亀裂、一つの小さな判断ミスで多くを失ってしまう事…後になっては取り戻せないものが数多くある事を忘れてはいけないですね…」

はっとして声のする方を見ると大きな船腹が波に見え隠れしている映像がテレビ画面いっぱいに見えた。洞爺丸。台風の「目」と「知らせ」の間のズレで起こった大惨事は 一つの判断が沢山の運命を大きく変えた。そして失われたものは今もなお海の底に眠ったままきっと何処かで揺れている。


どーんと雷が大きく地を揺さぶった。

その瞬間、果歩の握りしめた小さな手と、
僕がぐっと握った拳がふと重なった。。。。

僕の押さえ込まれた拳…

じゃあ…

果歩のは?


僕の心の蓋がカランと心の底に音を立てて転がった。



降り頻る雨の中、僕は傘も持たずに走っていた。




果歩の握りしめていた拳は。。。僕のそれとは違う。
不安も怖さも全部握りしめた…
全部握りつぶして…僕に届けるために握った拳。

僕を受け止める覚悟で握った拳。

こんな大きなズレになるまで…僕はずっと逃げていた。


逃げていたのは…怖ったから。
届けた自分の本心で崩れ行く物を恐れていたから。
台風の目だって、知らせだって…海原に出さえしなければ沈む事もないと思ってた。
でもそれは…地面に埋まってゆく足を引きずりながら
果てしない海原を前に、地面に溺れ沈むだけなんだ。





空の切れ間から零れる稲妻に、降り落ちる雨…それに混ざって
僕の中から溢れる雫たちは
あの日果歩の頬を伝った涙に追い付くことが出来るだろうか。
取り戻しがきかない判断をしたくないから…
僕はただひたすら走り続けた。




その日…果歩に散りばめられた

僕の言葉達はもう取り戻せない。


でも、、、

果歩を前に 溢れなければ届かなかった言葉達は、

取り戻せなくなる前に

彼女をこの手の中に掴まえてくれた。




ジリジリとホームに響くベルの音。
「さよなら」を告げる声だったかもしれないこの音は
今 僕達二人の「またね」を響かせる。


「なぁ果歩…来年の秋、またあの河原に行かないか…?」

我が儘になると恐れ…心に蓋をすることはやめると決めた。

閉まりゆくドアの向こうで
薄く涙を浮かべながら、こくりと頷く果歩の笑顔は
今までで僕の一番好きな 
最高の笑顔だった。


「向き合って」…あの日の果歩の震える拳を僕は忘れない。
これから先、僕は果歩を受け止める覚悟の為に拳を握る。隠すのではなく…どんな不安も握りつぶして 自分を受け止めてもらう為に握る。
彼女の本当の笑顔をずっと側で見つめていたいから。。。



正面から自分の心を放てた僕は

これからもずっと、

果歩と並んで あの河原を飛べる

本音を語る蜻蛉になれる気がした。



(おわり)


*************


こちらの7つの素敵なご句達から作ってみました:)
思ったより長くなってしまいましたが、お読みいただきありがとうございます。


●せきぞうさん

せきぞうさんの素敵なご句を私なりの解釈でストーリーに織り込ませていただきました:)せきぞうさんのご句達…小さな秋の命を開けた視線と大きな勇ましさをもって、赤月が千鳥足を照らす先を情緒豊かに届けてくださいました:)せきぞうさんならではの俳句…せきぞうさんの絶品アートに乗ってあなたの心に必ず衝撃を与えます:)


●Minminさん

大人の女性を風に乗せて詠まれたご句達は、さらりと流れるのに、心にちょっぴり苦みを残す。チョコレートでいえば…カカオ65%配合。濃厚に心を染めるのではなく、後味のよい大人の雰囲気を心にフレンチ・キスと共に運んでくれる素敵なご句達です:)


●あずきさん

この十六夜杯のスローガン…「同じ月を見ている」にぴったりな3句を届けていただきました。そっと月に語り掛けるような…あの人は今と余韻を残し、ふとあなたの心の中に宿る大切な人を思ってしまうと思います:)大切な人をあずきさんのご句達をお供に そっと想ってみませんか?


●はやしっぷさん

はやしっぷさんのご句の中で、どうしてもこのシーンに使いたい!!と強く思ったものを描かせていただきました。秋の雷にこんな素敵な背中合わせのエピソードを乗せてくださるとは…これをお読みになったら、次の雷に二つの声が耳元で貴方にささやきかける事間違いありません:)ふふふ。


●KAさん(NNさん、HIさん…ふふふ)

KAさんが届けてくださった破調句は、とにかく深いと感じました。このご句から私が感じた危機感というか、小さなヒビが残す大きな傷跡。。。そこからの教訓たるものを詰め込んでみたいとそう思ってこの作品に繋がりました:)少しスタイルを変えた届け方になりましたが、私達が忘れてはいけない傷を、今を生きる私たちの中に…人と人とのかかわりあいの中に忘れないでいてねと…伝わったと嬉しいです。


●雪ん子さん

流石なご句達です。これでコメント終わりにしたら「おーい」と言われてしまいそうですので、ちょっとだけ…ふふふ。稲妻のご句を少しいじって届けさせていただいたのですが…空の裂け目から流れ出る、本当にあっと言わされるような視点。どのご句をとっても力ずよく心にどんと直球を投げてくれます。読み終わると…あぁー俳句読んだんだ自分。。。と何故か自分に酔いしれる事が出来るそんなご句達です:)


●みゆさん

前の#俳句でぽん でも使わせていただいたご句があったのですが、今回は違うものを組み込ませていただきました:)こちらはきゅっと心が締め付けられるようなそんな恋する者達の為のご句。本当に様々な心模様を届けてくださるみゆさんのご句達は、あっこの場面で、ここも!となってしまうくらいです:)



今回は長めの小説になってしまいましたが、組み込みたいものが沢山ありまして…許してください。ふふふ。
全てのご句をうまく調和できたか…思ったよりも長くなってしまい 纏まりも…自信は低めですが、でも、精一杯書かせていただきました:)

皆さん、素敵なご句達を届けてくださり本当に有難うございました:)
次回は、#俳句でぽん…描いてくださった素敵なクリエーターさん達の作品をご紹介第2弾をお届けしますね:):)

今まで二次作で素敵を紡いでくださった方々の作品はマガジンから先読みも出来るので、是非読んでみてください:)

最新作は:Riraさん と 月子さんの #俳句でぽんです:)


有難うございました:)

七田 苗子

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