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小説: 『心の その奥にあるもの。』 dekoさん「old clock cafe」スピンオフ&白黒ええよんさんアートコラボ作品。


これは、Dekoさんの連載小説:「Old clock cafe」を舞台に、白黒ええよんさんの絵画作品:「秘密の場所Ⅲ」から生まれた 「心の奥にあるもの」の中編物語です。(5000文字)。
年を重ねたの二人のお客様の素敵な繋がりのお話。
本日は、Dekoさんに変わって、お客様である 貴方に届けさせていただきます。
”いらっしゃいませ”

桂子がお店の格子戸を開けると どこからか蝉の声が響いてくる。
それにつられたかのように、あちらこちらで鳴き出す蝉の協奏曲を聞きながら、桂子は思い切り 外の空気を吸い込んだ。

”あぁー、夏の匂いになってきた!”

両腕をあげ ぐーっと体を伸ばし、エプロンをパンっとはたくと
 ”よし!!”桂子はくるっと向きを変え、店内から木製の椅子に 黒看板を持ってきた。
椅子を格子戸の前にコツっと置いて 黒看板をコトッと乗せた。

”よーし、今日も張り切りますか!!”

きゅっとお団子に髪をしばると 今日もOld Clock Cafeの一日が幕をあけた。


テーブルを一つ一つ丁寧に拭いてゆく。あちこちで時を刻む時計の針が 心地よいリズムを生み出し 自然と手元も踊ってしまう。窓際のテーブルを拭き終わった時に、小さく コトリと音がした。

”あっ!!いっけない!!”

桂子は柱にかかった 古い振り子時計の元へと慌てて足を運んだ。
振り子がシンと動かずにじっとしている その前を 大きな二つの重りが ”早く巻いてくれ”と言わんばかりに 下の方にぶら下がっていた。時計のわきに差し込まれているカギを羅針盤の穴にはめ込んでくるくる回すと、重りがゆっくりと上へ上へと上ってゆく。人差し指で振り子をチョンと揺らすと 時計は静かに再び時を刻み始めた。

少しの間 「時が止まった古時計」は七時三分を示していた。

なんだか引っかかるなこの時間。。。なんだろう?色々と考えながらも 全てのテーブルを拭き終え、カウンターにもどり自分のためにコポコポと珈琲を淹れる。。。と、お湯を注いでいる時にふと目に留まったカレンダー。

7月3日(木曜日)

”あーーーーーー!!!!そっか、忘れるところだった!!!”

桂子はカウンターの奥でごそごそとして、大切に布でくるまれた何かを持ってきた。
柔らかい肌触りの布をそっと開けると 一枚の絵画が姿を見せた。

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杉の皮が織り込まれた和紙に描かれた 樹木の幹。
ゆっくりと命を重ねてきた樹木に寄り添うような苔碧色が 深みを変えながら幹を彩っている。
中心に描かれた心形の樹洞には 天然石の粉末が散りばめられ そっと心の在処を示しているみたいだ。
右端には「白黒」と作者の名前が 樹木に隠れるようにうっすらと書かれている。

”こんな素敵な絵…今日だけだなんて。。。”

桂子は 額縁を指の腹でなでながら、祖父の言つけ通り 窓際の隣 そっと光差し込む席がある壁に それを持って行った。
所狭しと壁かけてある時計の合間に目を凝らし 一本の小さな釘を探し出した。”ここだ” 桂子はそぉーっと絵を壁に掛けた。


”7月3日かぁ…今日は七月の第一週目の木曜さかい、あの絵を あの席に飾ってくれ。”

今朝 祖父にそう頼まれていた。祖父に”どうして?”と尋ねても…
”ええから” と優しく笑うだけで、さっぱり意味が分からない。どうせまた、 ”おもしろいから”なんていう理由なんじゃないかと思うけれど、祖父の目にしか見えない何かがあるみたいで 実はちょっと気になっていたりする。

“でも、不思議な絵だな…”

すごく柔らかいのに 強くて、優しいのに どこか儚い…樹洞の中に何があるのか…見たいけれど、見てはいけないような そんな感覚に陥るのはなんでだろう。

首をかしげながらも 見惚れていると、甘い珈琲の香りが鼻を突き、桂子ははっと思い出した。

”おっと!!珈琲淹れてたんだった!!”


。。。。。。。。。。。

お昼を回った頃に やっとたどり着いた。年々 少し手前にある緩やかな坂で 立ち止まる回数が増えていたが、それでもどうしてもたどり着きたい場所…昭三は 帽子の合間から流れる汗を 小さく正確に折りたたまれた 淡い青色のハンカチで拭った。丸眼鏡をちょこんと押し上げて、息を整える。あの人はもう来ているだろうか。。。

焦る心と高鳴る気持ち。

いつきても変わらぬこの喫茶店…一年にたった一度だけ訪れる昭三を その扉はいつも快く”いらっしゃい”と受け入れてくれている。
もう何年目だろうか…両手の指だけでは数えきれないほどの年月。この場所に来る事を 心のどこかで いつも待ち望んで過ごしている自分と 昭三はこの日、目を背ける事なく 真っ直ぐと向き合えることが出来るのだ。

格子戸にそっと手をかけると いつもと変わらぬ温もりが手を伝い あぁ今年もここに来れたんだ と心のなかから喜びが溢れだす。
店内に一歩足を踏み入れれば、ふわっと香ばしい香りに一瞬にして包まれる。少し甘くて ほろ苦くて…幸せと切なさと 沢山の感情が空気一杯に感じられるこの瞬間は 大切なこの日の始まりを知らせる 「想いの鐘」 の様に受けて取れた。

窓際の隣のそっと光が差し込む席に 目を走らせると...そこに 柔らかな陽を浴びながら微笑む 小柄な女性が 座っていた。

”雪乃さん…”

真っ白に染まる前髪は 弧を描いて彼女の顔を形どり、私と目が合った瞬間に 少し首をかしげて ふわっと口元の横に いつものえくぼが現れる。

”昭三さん…”

私の時間は 毎年この瞬間に 時を止める。



雪乃さんと初めて出会ったのは まだ私が13の頃…終戦を迎える一年前の事だった。毎日毎日 空を見上げては、今日は空襲がありませんようにと ご先祖ざまに祈っていた そんな時代。学よりも命が先に立っていた 今の世の中からは想像も出来ないくらいの不安が満ち溢れた世界。
長男であった私は、幼い兄弟たちが 笑っていられるようにと 隣人のありとあらゆる手伝いをしては  食料を少し分けてもらい 家族の元へと持ち帰っていた。

電報を頼まれたある日、私が隣町に繋がる橋を渡っていると、小柄な少女が 幼い子供たちを連れて 摘んだ花を数えながら向こう側からやってきた。可愛らしいぽっちゃりとした頬に えくぼをふたつ浮かべながら。
風がふっと吹いた瞬間に 彼女の手元から 花が一輪離れていった。その光景は今でもはっきりと目に浮かぶ。。。私の足は 考える暇もなく 一輪の花の飛ぶ方向へ出されていた。風にさらわれてしまう前に…右手で花をつかんだ瞬間…後ろからぎゅっと抱き着かれた。
”えっ?!” 我に返った瞬間に見えた光景は 橋の淵から見下ろした川だった。”あわあわわ!!!” 慌てて身をグッと反り返すと ドスンと後ろにひっくり返ってしまった。
”いってぇ~!!!” 自分の口から出たと同時に
”いったぁ~い!!”と言う声が耳に入ってきた。
隣に目をやると、花を道端に全て投げ捨てた 両手が空っぽの少女が座り込んでいた。
目が合うと…彼女はくすっと笑い出し、かと思うと、その笑いはクククと長引いていった。何が起こったかよくわからなかったが、笑う彼女を見ていたら いつの間にか私も腹を抱えて笑っていた。

”橋から落ちてしまうかと思いました。”

笑い涙をぬぐいながら 彼女がそっと私に言った。

”お花…どうも有難う”

私はハッとして花をつかんだ右手に目をやった。転んだ拍子で花弁が数枚ひらりと落ちてしまっていた。その背景に 私をつかむために手放し 地面に落ちた花が何本も転がっている…

”ご、、ごめん”

そういうと彼女はそっと私の手から花をとり

”いいえ、この花が一番のお気に入りだったの…ありがとう”

と またえくぼを浮かべた。。。。


それからというもの、私たちは度々橋の下で落ち合った。時には兄弟たちを引き連れて一緒に川へ石を投げこんだり、二人で土手に座りながら話をしたり…。
彼女の名前が”雪乃”さんである事や、隣町に住んでいる事。長女として兄弟の面倒を毎日見ている事とか、おはじきが上手だという事。。。
彼女が笑うたびに 私の心が温かくなるのが感じられ、彼女の隣でずっと笑っていたい…と思うようになっていた。


終戦が近づくと密かにささやかれていたある日。その日は雪乃さんと落ち合う約束をしていた日だった。幼い弟の手を引きながら細道を歩いていた時に 突然 空襲警報がウゥーーーーとあたりに鈍く響き渡った。

それからのことは あまりよく覚えていない。必死に家まで弟を負ぶって引き返し、兄弟たちを引き連れて 町から遠く走り続けた。。。雪乃さんと落ち合うはずの橋から 遠く遠くに走って行った。


その日 いくつかの爆弾が落とされ、町は変わり果てた姿になってしまった。けが人は何百名とでて、死者の数は私の耳には届けられなかった。

雪乃さん…煤で汚れた足を町はずれまで運ぶと、落ち合うはずであった橋は跡形もなく川の底へと沈んでいた。。。
それから 雪乃さんも 彼女の兄弟も見かけることなく何年もの時は過ぎて行った…。


私は23の時に見合いをし、今の妻と結ばれた。子供にも恵まれ 優しくあたたかな生活の中で ふと道端に咲く花を見る度に 浮かんだのは 雪乃さんの笑顔だった。

もしあの時家に引き返さなければ…あのまま橋まで走っていたら…

消息も分からないまま、彼女の笑顔だけがずっと心の中に咲いていた。


孫が出来、おじいちゃんと言われることに慣れてきたころ…実家の墓参りにふと行ってみたくなった。電車を乗り継ぎ 田んぼを切って 懐かしいあの町に立ち寄った。墓からの帰り道 スズランの花が優しく揺れるのを見て 足が勝手に あの橋があった場所へ出向いていた。整備された道路や 新しく建てられた家々の中に 未だに変わらない風景もこっそり身を潜めていた。
橋はしっかりとかかっていた…セメントで作られたどっしりとした身の構え。その橋下で 一人の女性が小さな女の子の手を引いて 川辺で魚をのぞき込んでいた。。。

その横顔に見えるえくぼは 私がずっと心に写しだしてきたえくぼだった…。



”お好きなお席へどうぞ”

ハッとして振り返ると、お団子頭の娘さんがにっこり笑って テーブルのある方へ手を差し出していた。
急いで顔を戻すと 雪乃さんがクスクスと口元を隠しながら笑っていた。


”待たせて…しまったかな?”

”いいえ、私も少し前に来たばかりです”

笑顔のままうつむく雪乃さん。。。今年も彼女の瞳を真っすぐと見つめる事が出来た。


”珈琲をふたつ”

そういうと お団子頭の娘さんは にっこり笑って”かしこまりました”と放ち カウンターへと戻っていった。

”昭三さんに 今年も会えましたね”

”あぁ、あの坂が少し身体にきつくなってきたけれど”

私たちは 初めて出会ったあの日のように 同時に笑い出した。



それから雪乃さんと この一年を埋めるかのように 沢山の話を重ねていった。お互いの孫が成人した話や曽孫の話、 最近楽しんでいる将棋の話に編み物の話…

ふとした瞬間に 橋の下で見た若い時の雪乃さんが見え隠れする。

”本当にお互い シワも年も増えてしまいましたね”

別々の道をそれぞれに歩み、でもこうして一年に一度だけ 七月初めの週の木曜日に この場所で落ち合おう。。。再開してから そう二人で決めた。
家族にもこの日どこへ出向くか 伝えてはいなかった。多分それは雪乃さんも同じなのだと 私は思っている。

自分が歩んできた人生を まっさらにしてやり直したいと思った事は一度たりともない。妻も子供も孫達も…心の底から愛している。

ただ…私の心の奥の そのまた奥にある場所…

そこで雪乃さんは いつも いつまでも私を見つめて笑いかけてくれている。 


”また 来年 必ずここで”

”あぁ、また来年 必ず この場所で”

あの日 橋の下へ約束通りに行けなかった私達は

今ここで 新たな約束を守るために交わすのだ。


”オールド クロック カフェ で貴方を/貴女を

待っています。”



。。。。。。。。。。。。。。。。。


”おじいちゃん、、、あの絵 素敵だよね”

一日の仕事を終え 食卓に頬杖をついたまま ぽつっと祖父に呟いた。

”ええやろ?あれはとっておきの作品なんじゃ”

”なにが?”

祖父は何故か自慢げに咳払いをしてから続けた。

”あの絵の下にはな、もう一つの樹木が描かれているんや”

”もう一つの…樹木?”

”あーそうや。白黒さんという画家さんがな、樹木の幹を描いたんじゃが 彼女が最初の幹に上乗せするように 新しい樹木を描いたんや。外からにゃ見えない 奥の奥にな ちゃぁ~んと しっかりとしたぁ樹木が根を張っているってこったぁな。誰の目にも映るこたぁ~ないんやが、そこにいつもあり続ける とっておきの作品なんや。”

”なんだか不思議なんよね あの絵”

”桂子は あの絵の題名しっちょるか?”

”題名?ん-ーー 隠れた想い?”

”だぁーーー!! 桂子はまだまだ子供やな”

ぷくーっと桂子の頬が膨らんで 口先がつんと突き出された。

”じゃあなんなんよ”



”『秘密の場所』や”




おわり。



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special thanks to...

●Dekoさん

私の物語を綴るうえで、主人公の二人にとって大切な場所が必要でした。このお話が浮かんだ瞬間に Dekoさんの描く「オールド・クロック・カフェ」を舞台にして、主人公をカフェに連れていきたい。。。そう強く思いました。Dekoさんのカフェは 数ある時計の中で 特定の時計に気に入ってもらえると、「時」の中に忘れてきた 忘れ物を探しに行くことが出来るという、不思議と素敵が沢山詰まった場所です。今回Dekoさんのカフェの店主である桂子さんと 彼女の祖父である元店主のおじい様に手助けをしていただきました。物語の中で出向くことが出来る素敵な場所があるなんて…私今とっても幸せです。皆さまも是非DekoさんのOld Clock Cafeで珈琲を頂いてみてはいかがですか?


●白黒ええよんさん

今回 白黒さんの素敵なアート作品に出会っていなかったら…このお話は生まれませんでした。以前 私のコラボ作品「フクロウの知恵」でも白黒さんの作品からお話を作らせていただきましたが、今回の作品は 心の底から欲しい!!と思った そんな素敵な作品です。沢山の作品の中で 今回私が心を奪われた「秘密の場所3」…この絵が完成するまでの過程もこちらからお読みいただけます。

https://kirakiranoe.com/green3-10

オリジナルの作品は 樹木色のこれまた素敵な作品でしたが、白黒さんによって 新たに上書きされ 素敵に輪をかけた作品になったんです。この作品を見るだけでは分からないけれど、この絵の下にはもう一つの樹木が存在していて、このアート作品自体が 知っている人だけのとっておきの物語なんです。まさしく「秘密の場所」。

心の その奥にあるもの。。。誰にでもたどり着ける場所ではないけれど、そこにたどり着けた人は ずっとそこにあり続ける事が出来るんだと思います。昭三さんにとっての雪乃さん…そして雪乃さんにとっての昭三さん。二人のお互いを想う気持ちは きっと 心のその奥に そっといつまでもあり続けるのだと思います。

Dekoさん、白黒さん…本当に有難うございました。

是非お二人の素敵をお訪ね頂ければと思います。


長い作品でしたが、最後までお付き合いいただきありがとうございました。

七田 苗子。


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