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好き、嫌い、がわからない人

私達がこの世に生を受けて、一番最初に動く感情は、快・不快です。
心地よいか、よくないか、という事は、私達が最も早くから感じ取る感覚です。

快・不快の延長線上にある感情が好き・嫌いです。

この二つの感情は、喜怒哀楽より前に備わっている感情であり、
私達が感じ取る感覚の中で、最も原始的で、最も根源的である、と言えます。

私達が生きる上で、あらゆる判断を下す時、意識に上らなかったにしても、先ず真っ先に光の速さで感じ取っている筈の感覚なのです。

しかし、好き、と嫌いを、感じ取る事が出来ない人は、驚くほど沢山います。

そういった人は、自分が好き、と嫌いを感じ取れていない事を自覚していません。

これまで、物事を選び取りながら生きて来たのですから、自分が好きも嫌いも分からない、などとは少しも思わないのです。

好きと嫌いが分からないのは、感情が滑らかに動かないから、ですが、
感情の動きが鈍い時、人は思考でリカバリーします。

感情は、常に川の流れの様に動き続けるのが本来の在り方です。

対して思考は、ここぞ、という時に集中的に働く仕組みになっています。

ところが、何らかの原因によって、感情の動きが著しく鈍くなってしまったら、

動かない感情の役割を、思考が代わって請け負う訳です。

感情が滑らかに動かない人が、自分には好き・嫌いが無いことに気がつかないのは、
好き・嫌いという感情の代わりを務める、得か、損か、という思考由来の判断基準が有るから、です。

感情が充分に動く人は、心惹かれたものが趣味になりますが、

損得が判断基準の人は、
これから始めるなら、仕事の人脈作りにも役立つゴルフだな、とか、

サーフィンが出来たら、きっとモテる、とか、

このクルマに乗ってたら、みんな羨ましがるだろう、とか、

ゴルフやサーフィンや、そのクルマが、好きなのでは無く、その後ろに、本当の目的があります。

趣味の話しだけではありません。

進路を決めるとき、
感情が動く人は、適性よりも、自分の好きな道を選ぶでしょうし、
損得で選ぶ人は、適性がある方が好きな道、になります。

年頃になって、異性と付き合うとき、
感情が動く人は、好きな人にアプローチするでしょうし、
損得で選ぶ人は、自分を好きになってくれる人が、好きな人、になりがちです。
或いは、逆に、ハイスペックな異性に惹かれる場合もあるかも知れませんが、
自分を好いてくれるから、好きになるのも、
異性のスペックに惹かれるのも、好き、の後ろには損得があります。

ひょっとすると、ゴルフで作った人脈が大きな商談に結びつくこともあるかも知れませんし、

スペックで選んだ異性と結ばれて、玉の輿や、逆玉になることもあるかも知れませんが、

好き、という感情がそこに無い、ということは、ゴルフをしている時も、デートをしている時も、「今」に生きることは出来ません。

感情が動く人は、「今」を感じ、「今」に触れて、「今」を生きる喜びを獲得します。

動かない感情を思考でリカバリーする人は、結果や周りの反応に生きます。

結果は未来に起きることであり、
未来は私達の思考が創り出す想念であって、決して触れることは叶いません。

自分の感情が動かず、直接すくい上げる事が出来ないから、周りの反応が必要ですが、私達がコントロール出来るのは、自分の感情だけであり、周囲の感情をコントロールすることはできません。

感情が動かない人は、触れることが出来ない未来(結果)を見つめ、「今」を捨てざるを得ません。

感情が動かない人は、コントロール不能な他者に、心を明け渡し、生きています。

「今」を捨て、心を明け渡しては、本当の喜びには届かないと思うのです。

本人は、自分に好き・嫌いはあると思っていますし、
自分の感情は活発に動いていると思っていますし、
喜びも、楽しさも、味わっている、と思っています。

でも、それは、活き活きとした感情の動きを知らないから、だと私は思います。

その人の感情が動かないのは、昨日今日始まったことではありません。

おそらくは、伸びやかな感情を育むべき幼少期に、親の顔色を伺い、自分の感情を抑え込まなくてはならない環境に育ったのだと考えます。

好き・嫌いが無い、と思われる人に、損得の絡み様が無い単純な好き・嫌いを尋ねると、即座に答えが出て来なかったり、出てきても掘り下げてみると誰かの好き・嫌いの受け売りだったりします。

たとえば、何の前フリも無く、好きな色や、好きな数字を尋ねると、
「好きな色ですか?なんか関係するんですか?う〜ん、そうですね、赤、かなぁ」
といった具合に、ワンクッション、ツークッション、スリークッションある答え方になることが大半です。

中には、馬鹿にした質問だ、と感情を害する方も居られます。

しかし、動いていない感情を動かすことは、日常の些細な物事の好き・嫌いを探すことから始めるのは、有効だと思っています。

取り組んでみると、如何に損得の絡まない事柄の、好きと嫌い、が無いか、が分かります。

そして、多くの時間を要さず、長く動かなかった感情が、あっさりと動き始めることを実感します。

通勤途中の道端に、

こんな花が咲いていたんだなぁ、と、

気がつく日は、遠くはありません。

感情が動き始めたら、

日常は、

彩りを鮮やかにします。

鮮やかな「今」の連なりが、

豊かな人生だと、私は思っています。


読んで頂いてありがとうございます。
感謝致します。


伴走者ノゾム








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