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【小説】月の糸(全12話)

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「何一つ、一秒後に自分がこの世界にいるってことを保証されている命はないだろ。それが現実だ。わかってるふりして、みんな本当はわかってないんだ、自分自身の命だって例外じゃない。自分の…
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#小説

【小説】月の糸(あらすじと作品紹介)

【小説】月の糸(あらすじと作品紹介)

あらすじ 主人公の智也は年子の弟と仲良く暮らす普通の大学生だったが、ある日、医師から血液のがんに罹患していることを宣告される。
 治療を受けることになった智也は、家族に支えられ、個性的な同世代の患者たちとも出会いながら、闘病生活を乗り越えていく。しかし、病気を克服したにも関わらず、智也は生きることに前向きになることができずにいた。
 〈死ぬ〉とはどういうことなのか、そして〈生きること〉とは何なのか

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【小説】月の糸(第1話)

【小説】月の糸(第1話)

    ◆

「運命とは何かって、お前、答えられるか?」
 キャンパスでいちばん大きな講義棟の裏にある喫煙所は、四限目が始まったばかりの時間で閑散としていた。
 煙で霞んだ窮屈な空間のなかで、知らない学生が放ったその言葉が、やけに鮮明な輪郭をもって智也の耳に届いた。
 スマートフォンを眺めていた彼は、無意識のうちに視線を上げていた。
 灰皿を挟んで向こう側の壁に寄り掛かるようにして、二人組の男子学

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【小説】月の糸(第2話)

【小説】月の糸(第2話)

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 翌朝、智也が目を覚まして洗面台に立つと、鏡に映った額に特大のニキビができているのに気が付いた。指先で触れると、痛みと痒みを熱で包んだような感覚がある。
 顔を洗って髭を剃り、洗面所を出ると、ちょうど身支度を終えた風太郎が廊下を横切っていくところだった。
「あ、おはよ」
 そう言って智也のほうを向いた風太郎は、めざとくニキビを指さしてくる。
「珍しいね」
「ああ。なんかできちま

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【小説】月の糸(第3話)

【小説】月の糸(第3話)

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「あら、ずいぶんさっぱりしたわね」
 病棟に荷物を持って到着すると、出迎えてくれた看護師が開口一番にそう言った。入院前の検査をしたときにも外来で顔を合わせた、ベテランの風格がある女性だった。胸元についたプレートに、近藤と書いてある。
 智也は何のことかと逡巡したあとで、ああ、と髪の毛に手をやった。
「抜けるって聞いたから、切ってもらったんです」
 近藤さんは「なるほどね」と笑っ

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【小説】月の糸(第4話)

【小説】月の糸(第4話)

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    ◆

「おいしいもの食べてきた?」
 一週間ほどの自宅療養を終え再び病棟を訪れると、ベテラン看護師の近藤さんが迎えてくれた。
 病室へ向かいながら「ハンバーガーめちゃめちゃうまかったです」と智也が答えると、「そこはお母さんの手料理って言わないと、ねえ?」と付き添いの母親のほうを振り返った。「まったくねえ」と母が笑う。
 案内された四人部屋は、智也のほかに二人が入院してい

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【小説】月の糸(第5話)

【小説】月の糸(第5話)

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      ◆

 三度目の入院は、雨模様の朝から始まった。
 今回も鷲田とは同じ病室で、彼は智也の姿を見つけると「また無事に会えたな」と口角を持ち上げた。少し怠そうだった。抗がん剤を投与してすぐに表れる吐き気などの副作用を引きずっているのかもしれない。智也は鬱々とした気分になった。気乗りしないまま、治療に備えた検査や処置を次々と受ける。検査部の待合室は、相変わらずごちゃごちゃ

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【小説】月の糸(第6話)

【小説】月の糸(第6話)

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 いつの間にか、病院のエントランスに巨大なクリスマスツリーが飾られていた。まだ外来の患者がやってくるには早い時間で、待合スペースは閑散としていた。誰に見られるわけでもなく点滅を繰り返す電飾の健気さが、その場の静けさを際立たせる。
 智也は院内のコンビニを目指して歩いていた。治療は、四クール目の終盤に差し掛かっている。体調は優れていた。点滴台を持たなくていいからとても身軽だ。
 

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【小説】月の糸(第7話)

【小説】月の糸(第7話)

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 その日、三回目の電話が鳴ったのは、またしてもジロウの足を拭いてやろうとしているときだった。スマートフォンをとりだして画面を見ると、そこには見覚えのない番号が表示されていた。訝しく思いながらも通話ボタンを操作する。すると、
「お久しぶりです」
 掠れた女性の声が聞こえてきた。ついさっき深い深い眠りから覚めたばかりのような、ゆったりとしたトーンだった。声の主が誰か分からずに戸惑う

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【小説】月の糸(第8話)

【小説】月の糸(第8話)

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         ◆

 それから数週間後、寝室で布団に入る準備をしていた智也のもとに、一件のメッセージが届いた。ブルーアスターのチャットで、華菜子のアカウントからだった。
 華菜子とは、実家で通話をしたあの日以来、電話はもちろんチャットでの会話もできていなかった。彼女の病状が芳しくないことは、火を見るよりも明らかだった。そのせいか、手元に届いたその通知を見ても、喜びではなく嫌

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【小説】月の糸(第9話)

【小説】月の糸(第9話)

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 気が付くと、駅の近くまで来ていた。なんとなく立ち止まったのは風太郎がアルバイトをしている店の前だった。店内にはオレンジ色の灯りがついていて、ドアには〈OPEN〉の札がかかっている。しばらくの間そこに立ち尽くし、ドアを眺めていた。自分が何をしたくてここに立っているのか分からなかった。
 身動きがとれずにいると突然、目の前の扉が開いた。ジャズらしき店内BGMと客の話し声が雪崩出て

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【小説】月の糸(第10話)

【小説】月の糸(第10話)

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 部屋へ続く扉を開けると、正面に壁のほうを向けて並べられた、ふたつの勉強机が目に入る。一つは風太郎のものだ。物心がついたときから二人並んで座っていた。どうやってもあいつの気配を感じてしまうんだなと思い、苦笑する。
 智也は右側に置かれた自分の机に腰をおろすと、カバンからノートパソコンを取り出した。パソコンを立ち上げ、ブルーアスターを開いてログインする。ホーム画面に智也のアバター

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【小説】月の糸(第11話)

【小説】月の糸(第11話)

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 翌朝、智也は風太郎の待つアパートへ向け、実家を発った。
「なんだ、もう帰るのか?」
 ジロウの散歩が終わるとすぐに荷物をまとめ始めた智也に、父が訊ねる。
「風太郎と喧嘩したまま出てきたから気持ち悪いんだって」と代わりに応えたのは母だ。
「お前たちが喧嘩なんて珍しいな」「ほんとよね」仕事へ出かける準備をしながら、父と母は暢気に言い合っていた。
「まあ、うまくやりなさいよ」
 玄

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【小説】月の糸(第12話:完結)

【小説】月の糸(第12話:完結)

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     ◆

 大学構内にあるコンビニエンスストアは、朝の時間帯で混雑していた。会計の列はなかなか進まない。一限目の講義が始まるまではあと十分ほどあるが、少し心配になってきた。
 智也が大学に復学して一か月が経過していた。ちょうど今日から十月が始まる。本来であれば三年次にあたる年度だが、智也は二年次の前期まで単位をとり終え一年間休学に入っていたため、二年次の後期から再スタート

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