死体

今振り返って
私の死体がゴロンと転がっていたらどうしよう
 
夕方くらいに会社から母親の携帯に電話が入る
母は電話を切ってから
すぐに娘へメッセージを送る
少しして
電話番号に電話をかける
母親はまた会社に電話をかける 娘の引っ越し先を知らないのだ
 
上司が部下の家に向かう
インターフォンを鳴らす
管理会社へ電話を入れて
警察へ電話を入れて 
突破したオートロックの先の部屋の扉を叩いている
管理会社の男が鍵を開ける
 
私の死体がゴロンと転がっている
目は
少し開いていて
横を向いたまま
死んでいる
誰が最初に
その体を揺するのか
伺いあう顔を上から見ている
部屋では名前が呼ばれている
死体は
返事をしない
こいつのために今
救急車が呼ばれている
 
できればそこへ戻してほしい
思いながら
戻った私がはじめに何を言えばいいのかを
よく考えている
 
救急車が来るまで
気まずい三者は各々の仕事を探す
母親へ連絡するという仕事を上司が見つけて外へ出る 
残った二人は
メモを見たり携帯を見たりしている
もしも今戻ったら
この人たちに「お構いなく」って言ってあげよう 
とセリフを見つけて安心する
 
近づいたサイレンが止んで
救急隊員が入ってくる
脈や呼吸を調べてこいつが本当に死体かを確かめている 目に光を当てるところが印象に残った
救急隊員が硬直した足を触り、最後に力一杯その指先をつねる
その瞬間
その死体が死体であると結論づけられた
 
大人が死体を取り囲んでいる
もうすぐ田舎から母がやってくるだろう
誰の連絡先も教えていないが
友人や恋人に死を伝えることができるだろうか
そういえば
もしもここで生き返ったとして、伝えたいことが見当たらない
生きていても死んでいても同じだった
生まれてからずっと、誰にも伝えたいことなどなかった
今もそれまでも同じだった
私を見下ろす私は涙を流した
 
 
 
 
 
 
 
 

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