中西まさこ

現代口語短歌誌『未来山脈』/口語自由律短歌/宮崎信義/新短歌/現代短歌/光本恵子

中西まさこ

現代口語短歌誌『未来山脈』/口語自由律短歌/宮崎信義/新短歌/現代短歌/光本恵子

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  • 短歌 (現代口語自由律短歌)

    中西まさこの現代口語自由律短歌

  • 短歌 ビートルズのうた

    The Beatles ビートルズの歌をベースにした口語自由律短歌

  • 歌評/エッセイ

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あかねさす

欧州のインターナショナル・スクールの生徒だった頃、学校ではすべての科目を英語で学んでいたが、日本語を忘れないようにと家庭での国語教育は厳しかった。 学校生活の延長で、ついきょうだい同士では英語で会話をしてしまうのだが、「家の中に一歩入ったら日本語を使いなさい」と父も母もその都度こどもたちに注意をした。 唯一の例外は、ヨーロッパ人のお客様をお茶やお食事にお招きしている日だけだった。 それでも父母がその場にいなければ、その日の学校での出来事や友達とのことをきょうだいで分かち

    • 甃(いしだたみ)の街

      短歌 中西まさこ ルソン島へ旅する二月 真夏のワンピースを荷物に詰める スペイン人が作った港町サンフェルナンド 南シナ海に沈む夕陽 世界遺産ヴィガンの旧市街 ぽくぽくぽく 馬車に揺られて 甃に響く蹄の音 南国の扇子で気取ってみる 十六世紀スペイン貴族の家 中の階段の暗さに目が慣れない 磨かれたマホガニーの手すり 階上のサロンの窓辺にゼラニウム 二階中央にあるパティオ すべての部屋に涼しい風が 遺跡のような石造りの家に「眼科・最新鋭レーザー治療」の看板 紫外線

      • フランス食堂

        短歌 中西まさこ 歌舞伎座の裏に安くて美味いフランス食堂があるのですよ 「フレンチですか」ときいた私に「いやいやフランス食堂なんです」 「レストランじゃなくて食堂?」「食堂とか居酒屋という雰囲気です」 4人各々その日の仕事を終えて東銀座に向かう そのフランス食堂に 欧州の冬並みに冷え込んだ日 白い木枠のガラス戸は結露していた 一歩入ればパリの大衆食堂そのままに 葡萄酒の香と談笑の渦 隣のテーブルのグラスを倒さぬように気をつけて通るくらいの狭さ 他人の顔に当たら

        • 4時36分

          短歌 中西まさこ はっと目が覚めた 夜明け前の寝室の闇で頭のエンジン全開 デジタル時計の数字はまた同じ4:36   何の意味があるのか 何度も現れる同じ数字の列に意味を見出そうとするのはなぜか 修道士Tは4:30に暁課を始める 久しく会っていない 想念は空を飛ぶもの と信じるようになったのはいつだろう リアルタイムという現代語 地球の裏側とも会話ができる技術 電波という語の無かった大昔から親しい人とは想いでつながった その人を想い その人のために祈る 念の力が

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        記事

          誕生

          短歌 中西まさこ おなかの大きさが目立ってきて「父親は誰?」ときかれる少女 若者は彼女に裏切られたと思う もう別れようと決意する 「ああ、なぜだ」 眠れない夜に不思議な声〈結婚してあげなさい〉 「おなかの子に罪は無い 君を捨てるなんてできない」 「本当にいいの?」涙ぐむ彼女の手を取り「一緒に育てよう」 身重の妻を連れて故郷へ帰る若者 貯金をはたいても貧乏旅行 高速道路も通っていない ガタガタの山道を行く小さな乗りもの 「あの星、大きいなあ、きれいだね」「そうね

          フーガ

          短歌 中西まさこ 湖と南の山と iPadで撮っている君「この景色が好きなんですよ」 大好きな人がもう この世にいない 古い鍵盤に十指を置く 初見で弾くフーガなのに どこかで聞いたことがあるような 窓の向こうの湖上の空へ もう会えない人へ 届け この曲 こどもでもなく大人でもない青年の死は ひたすら切ない 息子を亡くした母になぜ言う 「お嬢さんがいて良かったですね」と 子を亡くした母の悲しみは弟を亡くした姉の悲しみよりも重いのか 「お母さんを大切にしてあげてね」

          イェスタデイ

          短歌 中西まさこ イェスタデイ 悩み事など遥か遠くにあったのに どうして行ってしまったの あの人は アノヒトハ わからない ほんとうに何も言わずに行ってしまった どうしてなの 取り返しのつかない言葉を言った私 そう 確かに言った その言葉 あれも これも あの時も 昨日の二人も もう戻らない 身体も心も削がれてしまった あの頃の半分も無い 黒い影に全身を覆われた気持ち 現在が過去になった 突然に あんなに愉しかったのに もうどこかに隠れてしまいたい いつまで

          イェスタデイ

          パンを買いに

          短歌 中西まさこ 誰もいない広場で日時計が午後二時を指している 鳥の声もない暑い昼下がり 砂利道を歩く足音だけが響く 日除けの帽子は被ってきたけど顎の下を刺す紫外線 金曜日の午後に歩いてパンを買いに行く 公園の中を通って 初夏は藤色だった棚の緑の下 老人が独り うつむき加減に座している ところどころ変色した藤の葉の向こうで夾竹桃の花たちが笑う チリチリン ベーカリーのドアを開ける 涼しい音色のベル 店内が暗い 商品に陽が当たらないよう陳列の工夫 今日気付く

          パンを買いに

          あかい蝶

          短歌 中西まさこ 窓硝子の内側にあかい蝶がとまっている 戸を開けた隙に入ったか 人間の命を護る窓の硝子の一枚が 野生の命を嵌めている 蝶を外へと放してやりたいのに この窓は嵌め殺し窓 ひらかない ハメゴロシ窓を「ピクチャーウィンドウ」と呼んでいた設計士 窓枠が額縁となった森の絵の中 囚われた蝶が羽根を打つ 窓から近い戸を開けて手箒でそうっと蝶を促す うまくいかない 手箒に乗せようとしても蝶は拒む 硝子面をはたはたと滑っている 蝶の背後に立つ私の心を蝶は知らない

          空だけは

          短歌 中西まさこ 初めにあったことばが君のことばの中にある 昔も今もいつまでも 空だけは変わらない 太古の昔もこの時もこの日の空は二度とない 諏訪湖の上に広がる空が丘上の雲を擁して私は昔の風を見ていた 遠い時 ガリラヤ湖畔に暮らした人々の生業の中に香る風 遠い国の湖畔の村で二千年前の私に語りかけた君 あの空がこの空 初出:『未来山脈』2014年9月号 見出し画像ソース:

          眺める

          短歌 中西まさこ 空だけは太古の昔から変わらないと君は言う 地に人工物があふれても 君の視線の先の青空を私も眺める 窓越しに ほんの数秒間 日曜日三時半頃にこの窓越しに見る空に 今日は雲が湧き白く輝いている 真っ直ぐに前を向いて君の声に耳を傾けながら眼裏に空の残像を見る 君の声はガラスを通って空まで響く 青空に沸き立つ白い雲まで届く ほんの一瞬 沈黙した君は ほんの一瞬 視線を空に投げかけた 語り続ける君の声に耳を傾けよう 君を見て 眼裏に白い雲を見て 初出:

          人魚

          短歌 中西まさこ 責められたと感じてそれをうたに詠む人魚の髪が氷湖に凍る この町に一店舗だけのカフェの客 黒板の品を従順に買う 温かいアメリカーノをダブルショットでマグでそそごうお前の痛みに 微笑みの悲しくひかる雪の午後まるいサインの濃緑と白 クリスティアン・アンデルセンの物語こどもを大人にしてしまう罪 あの人がたまらなく好きと身をよじる人魚の尾びれが湖水を叩く 下半身の鱗を無理に剥ぎ取って見つめる 青い血のひとすじを しろい脚をわたしにください 後悔は絶対し

          華麗な一頁 —金子きみと文学青年たち—

          この一節は、金子きみが「水あかり」という題で『新短歌』1960(昭和35)年11月号に寄せた文章からの引用である。 この号は、その年の7月に逝去した清水信の追悼号だった。きみは若かりし頃に清水と一緒に足繁くかよった「その会」のことを回想して清水の死を悼んでいる。会には、短歌を詠む若者、詩や小説を書く若者、絵を描く若者たちがいた。賑やかに文学論や芸術論を戦わせながら安酒をあおり、それぞれに理想は高くとも生活は慎ましかった、「奢らない」気さくな青年たちだった。 追悼文「水あか

          華麗な一頁 —金子きみと文学青年たち—

          砂丘

          短歌 中西まさこ 這うように砂丘をのぼれば その先も砂丘が続く 蜃気楼 消える 疫病の高熱にうなされている 私はもう死んだのだろうか スタインウェイはなんとなく嫌 この曲はベーゼンドルファーで聴きたい 葬送の曲も弾き手も楽器もしかもメーカーまで書き残しておく終活ノート 死ぬことが怖くないとはどういうこと 憎しみも愛も孤独も地に落とす 自らを助けることさえできなくて 誰の命をまかされようか愚か者 気づかない お前は鏡をのぞき込み「私じゃない私は違う」と目を逸らす

          赤いカンナと宮崎信義

          夜になっても石のぬくみが残っていて赤いカンナはねむらない                         宮崎信義 赤いカンナは夜になっても眠らない。その要因として石に残るぬくみを出している。カンナの花は夜露にしぼむことも無く、闇の中で秘かに赤く燃えている。その根元近くには線路の枕木の周囲に並ぶ石が日中に高温となったなごりを残し、夜になっても冷え切らずにいる。 22歳で鉄道局に就職し、55歳で神戸駅長を辞するまでの宮崎は、春夏秋冬、早朝も深夜も時刻通りに列車を走らせる責務

          赤いカンナと宮崎信義