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愛すべき人々〈エッセイ集※不定期連載〉

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日々の生活の中で出会った愛すべき人たちとの出来事を綴ったエッセイ集。
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記事一覧

【『親孝行にも色々あってですね、』〜愛すべき人々(四)〜】

【『親孝行にも色々あってですね、』〜愛すべき人々(四)〜】

 春先から飲み始めたという薬の副作用で頬がまん丸に膨れた母の顔を見つめながら、僕は顔の膨らみと同時に細かいシワも程よく伸ばされた分だけ母は少し若返って見える、と思う事にした。
 7月の中頃、年明けからずっと抱えていた大きめの仕事が終わり、勤め先のアニメーション制作会社からまとまった休みをもらうことになった僕は、生活の舞台である東京から関西の実家へと帰省をしていた。
 窓を開け放った居間には、至る所

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『アヒル口の酒の妖精』〜愛すべき人々(三)〜

『アヒル口の酒の妖精』〜愛すべき人々(三)〜

 自宅近くの寿司屋のカウンターの隅に座っていたアヒル口の酒の妖精は、随分と久しぶりに出逢ってもやはり、相変わらずに美しい佇まいだった。
 挨拶もそこそこに、空けて待ってくれていた右隣の椅子に座った瞬間、店内の男性客たちのまるで、ジロリという音が一斉に聞こえてくるような視線に思わずたじろいでしまった。
 むべなるかな、女性客のひとり飲みの姿は美しい。
 その立ち居振る舞いで、性格や男の趣味、生い立ち

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【『W』〜愛すべき人々(二)〜】

「中村くん」
「なに?」
「何してたの?」
「あんたに起こされた」
「w」
 
 携帯アプリのメッセージの着信音で起こされた時、電話の時計は深夜3時過ぎを表示していた。
 長年の仕事の積み重ねのせいか、深夜の連絡の方が緊急性が高いので反射的に目覚めてしまう癖が私にはついてしまっている。
 それに、最近はLINEやMessengerから仕事の依頼を貰うことも増えたので、ショートメールひとつ取ってもな

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『母』〜愛すべき人々(一)〜

『母』〜愛すべき人々(一)〜

 今は亡き母方の祖父母が好んで訪れた京都の伏見稲荷神社を母が初詣の場所に選んだのも、何か思うところがあってのことだろう。
 大晦日に母より正月を一人で過ごすことになったと連絡があった。
 てっきり兄夫婦の元で新年を迎えるものと思っていたのだが、兄も家庭を持つとお相手の実家の事情も出て来る上に、長男長女同士の結婚ともなるとなおさら色々とあるらしい。
 「あんたが帰ってきてくれてよかった」
 神社の最

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