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第28話 ワイフの言葉

スウィートブライド代表中道諒物語。ウェディングプランナーに憧れ百貨店を退職し起業。でも40歳で全てを失う大きな挫折。そこから懸命に這い上がりブライダルプロデュースの理想にたどり着くまでの成長ストーリー。※この小説はフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。

2012年2月。

2月の朝らしい澄んだ青い空が広がっていた。
僕は三ノ宮駅のスタバに入った。奥のテーブル席にはすでに椎名凛子の姿があった。

彼女と会うのは3年ぶりだ。
すぐに気づいたのはトレードマークの透明フレームの眼鏡をつけていないこと。

「あれ?眼鏡どうした?」

「今流行りのレーシックしたんですよ」

「マジ!?痛なかった?で、見えるの?」

「痛い事はなかったし、普通に見えてますよ(笑)」

「すげぇな!チャレンジャーやな!」

何となくそんな眼鏡をしていない彼女の顔に多少の違和感を抱きながら、それでも久しぶりに顔を見た嬉しさもあり、僕は饒舌にこの3年間の経緯を話した。

「6月まではプチウェディングの仕事があるので、新しいプロデュース会社の立ち上げは7月で考えてる。しいちゃんには色々協力してほしいんだ」

「面白そう!中道さんが作る新しい世界って、何かワクワクします」

(そうそう、これこれ。しいちゃんの素晴らしいところは、常に人を上手に持ち上げるところ。どんな時でもモチベーションを高めてくれるんだな。こんな人ってなかなかいない)

珈琲を飲みながら色々話をしてて30分くらいたった時だった。

「中道さん、一度ここ出ましょ!ちょっと一緒に来て下さい」

僕はいきなり椎名凛子にそう言われ、席を立った。
彼女が僕を連れてきたところはジュンク堂書店だった。彼女は店内に入り、さらに奥に歩いていく。そこには洋書のマガジンや本が置かれてるコーナーがあった。

そこで彼女は手を広げて僕に指図をするようにこう言った。

「中道さん、棚のここからここにある雑誌の中身をぱらぱらと見ていって下さい。内容ではなくて、色合いを脳に残しながらサーッと見ていく感じで。数分後にまた来ますので、それまで」

いきなりの事で主旨がつかめずきょとんとした僕に背を向け、彼女はサッと違うコーナーへ立ち去っていった。

僕は彼女に言われる通り、しばらく目の前の雑誌や本を手にとってはパラパラとページをめくりイメージをインプットしていった。ファッションやインテリア、ファブリック、また絵本など多岐に渡っていた。

しばらくして戻ってきた彼女は次に僕をファッション誌のコーナーに連れていった。そして同じような指示を僕にする。僕は言われた通りにパラパラとその雑誌たちを見ていった。

次に彼女が連れてきたのは芸能関係のコーナー。
そこでモデルの梨花の写真集やら本のページをめくり、「このあたりをちょっと見て下さい」と言って僕に手渡した。

ジュンク堂を徘徊すること30分。

「じゃまたスタバ戻りましょうか!」

そう言うと彼女は大きなスーツケースをガラガラ押しながら歩いていく。僕は彼女のあとをついて再びさっきまでいたスタバに戻ってきた。

スタバの席につくや、彼女は大きなスーツケースの中から雑誌を何冊か取り出した。結婚情報誌のゼクシィだった。

「まずこれ。中道さんがバリバリにブライダルやってた頃のゼクシィ。ちょっと見てみて」

僕はそのゼクシィを手にとる。
よく知ってる内容ばかりだったけど、彼女に言われる通り色々な会場ページを眺めていた。まぁここ3年ゼクシィすら見てなかったから、何かまた懐かしい場所に戻ってきたような、そんな気持ちになった。

「じゃ中道さん、次これ見て。最新のゼクシィ」

あ!・・・

僕は一瞬言葉を失った。

さっきジュンク堂で彼女に見せられた色のイメージがその中に凝縮されていたんだ。さすがにこれには驚いた。

彼女はちょっと微笑んでこう言う。

「中道さん、わかった?そういう事」

(やっぱりスゴイな、しいちゃんは・・・)

僕は、今日彼女と出会って1時間で、今の時代の色彩を理解するとともに、今の結婚式に必要な世界観までも理解できようとしていた。

「中道さんて、会社のヴィジョンとかマーケティングとか戦略とかそういうのを考えるタイプじゃなくて、空気感とか世界観とかそういうイメージの中から仕事を創っていくタイプの人でしょ?だから中道さんの3年のブランクを解消するには、このやり方が一番早いかなと思って。ちょっと荒療治だった?(笑)」

「ありがとう。よくわかったわ」

「良かった(笑)じゃ、さっきはブライダル業界全体の把握だったけど、今からは神戸と姫路の結婚式の感性の違いを見てもらおうかな」

「お前はスゴイな。いつそんな勉強してるねん」

「こういうデータ分析とか私昔から大好きなの知ってるでしょ。中道さんは人前に出てガーッと進んで行く人だけど、私は裏方でこういうの調べるのが合ってるから」

そう言うと彼女は、今の姫路のブライダルイメージや今の神戸のブライダルイメージをわかりやすく説明してくれた。

そして今流行りのワキリエさんのスタイルブックや、モデルの梨花さんのブログやホームページなど、今の時代に僕が最低限度吸収しておかないといけない世界観を細かく教えてくれた。

僕は昨日自宅でモレスキンのノートを広げて妄想していたイメージの森の世界を今日早速体感できるとは思ってもみなかったので、正直驚いた。

まだまだ話したりなかったけど、お昼には椎名凛子と別れて、僕はそのまま電車に乗り帰路についた。

椎名凛子のおかげで僕は自分の目指すブライダルプロデュースの世界観をしっかりと捉える事ができたようで、彼女には感謝の気持ちでいっぱいになった。

僕の仕事のパートナーとして椎名凛子は申し分ない存在である事を改めて実感した一日となった。

その夜、晩ご飯を食べながらワイフと話をした。

「今日はしいちゃんに会って勉強になったわ」

「良かったね。一緒に仕事できたらいいのにね」

「いや、それは難しいんじゃないかな。しいちゃんは不動産業界の方で頑張ろうとしてるみたいだし。でも僕の会社の立ち上げの協力はしてくれると思うから、しばらくは色々お願いしてみるよ」

「こんな難しいおっちゃんの相手は誰もしたくないだろうけどね」

そう言って微笑むワイフに、僕は昨夜長男から「パパはもう土日お休みじゃなくなるの?」と言われた事を伝えた。

「昨夜は、二人の大切な日には仕事いれないから!って約束したけどね。でもあれから色々考えてたんだけど、子供たちとの時間も大切だし、でも仕事も全力でしなきゃいけないし。人生の優先順位って難しいよなぁ・・・」

僕は少し弱気な表情でワイフに愚痴をこぼした。

「今はまだ小さいからそんなに考えなくていいんじゃない?まだまだ何かあったらママの私に相談するだろうし。
でもね、この子たちがもう少し成長して自分の人生を真剣に悩み始めた時・・・、その時はママの私ではなく男親のパパに相談に行くと思うの。
その時に、パパは息子たちに対してパパ自身の言葉で伝えなきゃいけない。でもね、この子たちの時代は昔と違って生きるのに大変な時代になってるんじゃないかと思う。
そんな大変な時代に生きようとする息子たちに対して、今、パパ自身が自分の人生で冒険していないと、生身の言葉で伝えられないと思うよ。
だから今は自分の人生だけ見て頑張りなよ!息子たちがまだ私を頼ってくる間は私の方でちゃんと子育てするから。」

ワイフらしい言葉だった。

(この時のワイフの言葉は僕の心にずっと残ってて、それから先の苦しい時の心の支えになっている)

僕にはもったいない奥さんだな・・・
感謝しなきゃ。


第29話につづく・・・


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