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小指の先に結ぶ我儘を


「結婚…するんでしょ」
「……まだ、しない」

歯切れの悪いその言葉に、腹が立つ。
でも好き。
私は彼女がとても好き。

抱きしめられた時の温もりが
シャンプーの香りが
寝る時の吐息が
全てが私をドキドキさせる。

「…何よ、まだって」
「だって、まだなんだもの」

彼女は私に背を向けて寝転がる。
私も同じ布団に入り、彼女を抱きしめた。

「…ごめん」
「…ううん」

いつかは、私の横から居なくなってしまうのに。
その束の間の温もりに安堵する私がいて。

彼女には、彼氏がいる。
私には、彼氏はいない。

その差はあまりにも大きくて埋まらない。
埋められない、溝。

どうしたって好きなのに、いつか離れる時が来る。
カウントダウンは、最初から始まっている。

でも2人でいる時は、そんな時計の秒針の音に
聞こえないふりして彼女の鼓動に耳を澄ます。

それでも

圧倒的にドキドキしているのは私だけ。

彼女にはいつでも余裕がある。

悔しい。

悔しいんだけど
それでも好き。

彼女が私に触れる度にこのままでいたいと思う。
いっそ彼氏が居なくなってくれたらいいのにって何度も思う。

でもそれは、彼女から大切なものを奪うことになる。
だから出来ないし、しない。

後ろから抱きしめる彼女はとても細くて、
綺麗な首筋にキスをする。

「くすぐったい」
「…知ってる」

だから何度もキスをする。
何度も何度も、涙をこらえたキスをする。

辛うじて、苦しくも、
私は「女」であるから
彼女の彼氏に疑われることはない。

私が男だったら、愛する彼女を、格好よく奪い去れたのかな。

「俺と結婚してくれ」って
指輪を持ちながら言えたのかな。

せめて彼女に彼氏がいなければ
それをする役目は私なはずなのに。

そんなたらればを考えたって仕方がないとは分かっているけれど。

私は彼女の背中に指を這わす。
少しだけピクッとなる、その反射すら愛おしくて。

ずっと一緒にいたくなる。

「まだまだ、結婚…しないでね」

私が彼女の背中にそう呟くと
彼女は決まって意地悪な声で

「うん、しないよ、まだ」

と答える。

彼女の細い腕を後ろに回して、
小指をゆっくりとなぞる。

見えない赤い糸を指で作ったハサミで切って
私の指に巻き付けて結んだ。

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