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飲み物達は夢を見る


今日も選ばれなかったなぁ

誰かの救世主になりたいと思って生まれた俺だったけど、日の目を見ることなくここでひんやりし続けて早2ヶ月だ。

俺は賞味期限というものが早いわけじゃないからそんなに入れ替えはないらしい。
そもそもそんなに入れ替えられるやつなんていないんだが。

「よぉ新入り」
「……」

とても人気な飲み物には遂に無視されるようになった。
昨日のこいつはめちゃめちゃ話してくれたんだけどな。
どうやらこいつはプライドが高いタイプのこいつらしい。

……

いやややこしいんだけど、昨日話したタイプのこいつは売れたってことだ。

見た目は同じなのに随分舐められたものだ。

俺の下にいる先輩は遂に喋らなくなった。
喋る気力すら失せたのだろう。

俺も産まれたばかりの頃は、このあとすぐに誰かの喉を潤して美味しいって言われるために生まれてきたんだと思ってた。
けれど現実はそう甘くなくて、俺はここに2ヶ月もいる羽目になってしまった。

皮肉なもんだぜ。俺自体はこんなに甘いのにな。

お、自販機の前に人間が立った。

まぁ期待するだけ無駄だ。
全身ダボついた服を着た、オラついたタイプのこの手の男は俺みたいな物は買わねぇ。

俺は溜息をついた。

ガコンッ

俺は一段下に落ちた。

「お?」

買ったのだ。こいつが、先輩を。
俺の1つ下にいた、無口になってしまった先輩を。

奇跡は続く。

こいつはなんと俺も買ってくれたのだ。

こんな夏場に人気のない俺を、2本。

歩いてどこかへ向かう男の手の中で、俺は先輩に話しかける。

「先輩…」
「なんだ」
「良かった、まだ生きてたんすね」
「無論。俺はこの為に生まれてきたのだからな」
「俺もっす」
「ついに、夢が叶うな」
「はい。嬉しいっす」
「おいおい、泣くな。大事な水分が無くなっちまうだろ」
「…そっすね」
「夢が叶うその時まで、笑顔でいようぜ」
「はい」

俺も先輩も、キラキラしていた。
暑い夏の日差しに当てられ、俺らはより輝いていた。

「先輩、遅くなりました」
「おっせーよ、なんだそれ」
「俺のオススメっす」
「へぇ。初めて飲むわ」

先輩はこの男の上司に、俺はこの男に開けられた。
遂に、夢が、叶う。

俺はドキドキした。
そして、その時は来て、この男は豪快に俺を飲んだ。
俺は幸せだった。
横で飲まれる先輩も、同じ幸せを感じているだろうか。

横目で先輩を見た。

「うえっ、甘っ」

男の上司は、先輩を水道に流し始めた。
音と泡を立てて、消えていく先輩。

「こんな甘いもの、飲めねぇよ!アホか!」

………

……………

せんぱぁぁぁぁぁぁぁあい!!!!!!!

俺は呆然とする先輩の顔を眺め、その最期を見届けることなく、男の口に入った。

その後の先輩はわからない。
ただひとつ言えるのは、

夢が叶ったのは、俺だけだったということだ。

これはひと夏の、水道に消えた
淡い泡い、夢の話。

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