目覚めの疲労感

私には、どこかへ行こうとして電車に乗ったがいつまでたっても目的地にたどり着けない、という夢を見ることがわりとよくある。

夢はすっからかんに忘れてしまうものがほとんど。だから、克明に記憶しているということ自体、自分でもひっかかるところがあるのだろうと、勝手に信じてはいる。

今朝は本当に、ずいぶんと久しぶりにその手の夢を見てしまい、起き抜けの疲労感が半端なかった。
だからこうやって書いてみたくなった。

私のこの手の夢で、交通手段は必ず電車である。そして、あたかも駅伝のように、往路と復路がある。

往路はすなわち、会社に行くために家を出て、駅でいつもの電車に乗ったのに、いつまでたっても、降りるはずの駅に到着しない、というもの。
電車は走行しているし、腕時計に目をやると時間も経過している。それなのに自分は、いわば電車の中で自分が走っている、ような状況に追い込まれ、ひたすらもがいている。
ひたすら焦りまくり「いや待てよ、なんかおかしくないか?」となったところで目が覚める。

(ここまでで、私はヘンな人だと思われても仕方がないと思う。)

そして、復路である。帰ろうとして電車に乗るが、いつまでたっても自宅の最寄り駅まで到着しない。
電車は走行していて、時間も経過している。自分は往路と同じく、もがき苦しむ。
苦しみの度合いが強いのは、早く家に帰って好きなことをしたいのに、それが一向にかなわないからだ。

今朝の夢は、この復路だった。
そして、これは初めてだったのだが、時間が経過すれば終電になるはずで、乗り換える電車もないはずなのに、次から次へと他の電車がホームに入ってくる。
さらに、周りを見ると、満員電車並みの混雑である。
車窓から外を眺めると空が白んでいる。
腕時計は朝の4時!?を指して・・・となると、もうこれは常軌を逸している。
「ああっ、朝帰りになっちゃう!怒られちゃう!」
一体誰の発想だろう。
間違いなく、齢十二で電車通学など始めたつけだ。

ここで覚醒した。

今朝の私はひどい目覚めのおかげで頭も身体も疲労困憊、どうにかして、この得体の知れない脳内物質の産物を、人目に晒す必要に駆られたのだと思う。

コロナ禍でも通勤電車の人並みが途絶えることがないという東京。
この街にしか暮らしたことがない私の脳内は本当に大丈夫だろうか。

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