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あの日「焼き直して」と言われたラムの重さが蘇る

飲食店で働くことを国民の義務教育にすべきではないか?

一度でも飲食店で働いた経験があればこのアイデアを否定することはできないはず。

バイトは時間と魂を時給と引き換えるだけと割り切ってからは心がすり減ることは少なくなったけど、未だにバイト中にお客さんから怒鳴られたりしたことは思い出す。

そんなアルバイターたちがピリピリするタイミングもまた、共通している。

年末、クリスマス前、この辺はそれはもう忙しい。

忘年会にクリスマスディナー前哨戦のカップルに勝負を決めたい独り身たちetc...

今回観た映画『ボイリングポイント』はまさしくクリスマス前の金曜日のロンドンの夜が舞台。

過労で頭が回っていないシェフ、人の話を聞かないオーナーの娘でフロアマネージャーの女、シェフを見かねて頑張ってフォローするスーシェフ、ヒッピーのウォッシャーなどなどなど。

多様性の言葉で一括りにするにはあまりにも多種多様すぎる人間ドラマに加えてこの映画にはもう一つのキャラクターたちがいる。

「お客様」だ。

黒人差別主義者のステレオタイプ白人男性、イキり散らかす前職の同僚と料理評論家、プロポーズを目論む男と彼女、インスタのフォロワーが多いことを理由にメニューにない料理を頼むカsインフルエンサー……

多様性に多様性が重なり、それら全てにバックボーンとドラマが存在する複雑さと、リアルタイムで進行するホリデー前の夜の厨房。

見ているだけで胃が痛くなる。

90分ワンカット。飲食店版『カメラを止めるな!』がただひたすら続く。

新しいお客さんに、生まれ続けるトラブル、オープン前に現れる衛生管理の役人。

それら全てに意味が付与され、さらに最後の最後に全部を繋ぎ止めた伏線の回収で締められる。

物事には全て原因があるのは分かるけど、そこまでこだわるか?レベルの再現度の高さに胸が詰まる。

もしあそこに自分がいたら…あそこでオーダーを止めたら…客が難癖つけてきたら…

大したことをしてこなかったけど、それでも2.3回は吐き気を覚えた。これ、前のバイト先の店長が観たら多分途中で気分悪くすると思う。

実際に自分が言われたことが映画でもスタッフにお客さんが言っていたのを観てもう苦しい。

「お出ししたラムの火入れが甘いからもう少し焼いて欲しいとお客様から伺いました」

これを言う時の気持ちが分かるだろうか?

最高の火入れをした皿が戻ってきた時のシェフの顔がどれだけ苦しそうか。んなこた分かってるわこんないいお肉をもっと焼け?は???くらい自分もお客様に言いたいのは山山々だけれどそうもいかない。

死ぬほど不機嫌に出されるカスカスに焼かれた肉はあの日の自分のテンションに似ている。

当てつけのような黒い肉。ここまで焼けば本来のジューシーさなんてもう見えない。

正解なんて分からないけど、少なくともお客様にとってはそれが正解。なんだかなぁと思った帰り道は何度もある。

それがひたすら続く90分。

最後の最後にまさかなどんでん返し!というわけではないけども、まぁそうなるわなぁ…みたいなラストと同時に訪れるエンドロールによって胸を撫で下ろし、飲んでいたドクペが気管に詰まって咽せた。

もしこれから先飲食店でバイトしていて、さらに店長がピリついている状況で、オススメの映画を聞かれたらこの映画を薦めようと思う。

これは飲食店に関わる人間全てにとってのあるあるムービーかつ、呪いの映画、『ボイリングポイント』

まだまだ公開中なのでぜひ。

ではまた。

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