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言語学習が幼児レベルになった日

人は、どのように言語を習得していくのか。
ちょっと前に、ベルギーを旅行した時の不思議な体験談です。

ベルギー郊外のドライブ


コロナ前には、妻としばしば欧州を旅しました。
欧州の文化や歴史に触れると、日本文化との違いを数多く発見できます。
その発見が、日本文化の特殊性の再発見につながります。
欧州を見れば見るほど日本が分かる、という面白い体験の連続です。

その年の夏は、ベルギーでした。
ブリュッセルは大変魅力的な街でした。
しかし、今回の体験談は、ブリュッセルからドライブで郊外に出た時の話しです。

その日は、デュルビュイという小さな街を目指してレンタカーを走らせることにしました。
慣れない右側通行、左ハンドル、そして道路標識も正確には分からないので、不安です。
そこでレンタカー店でナビゲーションシステムを借りることにしました。
さっそくデュルビュイや目的とする街・城を登録して、車を走らせます。

走り出してほどなく、車は郊外に出ます。
それまでの私のベルギーに対する印象は、人口密度が高い国、というものでした。
日本の平地がそうであるように、どこを走っても家々が点在しているのだと思っていました。
が、田舎道を走ると、意外にも北海道のような広い平原が続く場所が多く、のどかなドライブを楽しむことができました。

ナビゲーターから謎の女性の声


唯一の問題は、借りたナビゲーターでした。
日本でよく見るナビゲーターと比べると小さくて頼りなげな機械です。
使い方も、出てくる表現もよく分かりません。
何よりも、女性の声で出てくる指示がすべてフランス語です。
ベルギーだから当然と言えば当然。
残念ながら、私も妻もまったく理解不能でした。

結局、妻のiPhoneのGPS機能に頼りながらのドライブになり、ナビゲーションシステムの能力の10%も活かしきれませんでした。

その割には、30秒に一度くらいのペースで、訳の分からないフランス語の指示を強制的に聞かされます。
でも完全に電源を切ってしまうと、せっかく払ったレンタル代がもったいないので、仕方なく謎のフランス女性の声を旅の伴としたのでした。

発見した2つの言葉


ところが半日くらい走ると、興味深いことが起こりました。
意味不明な女性の声にも、何となく法則性があることに気づくのです。
似たような場面で、似たような表現が繰り返されています。
カタカナで表してみると「トルネアゴーシュ」と聞こえます。
またちょっと異なる場面で似ているけど別の表現が繰り返されます。
「トルネアドロト」と聞こえます。
呪文のように繰り返されるこれらの表現は、どうやら左や右にカーブを切る直前で聞こえてくるようです。

もしかして、これは左に曲がってください、右に曲がってください、と言っているのではないか。

「トルネア」というところが共通点なので「~に曲がってください」の部分で、「ゴーシュ」が左、「ドロト」が右ではないか。

一度その法則に気づくと、左に曲がる時に必ず「トルネアゴーシュ」と聞こえてくるのが、面白くなってきました。

宿に着いてから調べてみると、どんぴしゃり。
左に曲がってください。tournez a gauche
右に曲がってください。tournez a droite
結局、二日間のドライブで、学んだのはこの二つの表現だけでしたが、興味深い体験でした。

幼児が言語を学ぶとき


私たちの多くは、ある程度物心ついて、母語を学んでから、英語や他の言語を学びます。
学ぶ時には母語が頭の中にあるので、その母語を使って「翻訳」し「理解」しながら、単語や熟語の意味を覚えていきます。
ところが、生まれて間もない子供が母語を身につける時には、「翻訳」できる言語を持っていません。
「こんなシチュエーションでお母さんが話しているあの言葉は、きっとこんな意味を持っているのだろう」と、自分の中で法則性を見つけながら、身体の中に染み込ませていくように学びます。

いわば「幼児メソッド」とでもいうべき、赤ちゃん独特の言葉の学び方です。

大人になり母語を持てば、この学び方の必要がなくなります。
一方で、脳も固くなるのでしょう。幼児メソッドによる言語習得が極端に下手になります。
ベルギーでの「トルネアゴーシュ」は、私にとっては幼児メソッドに近い形で表現を学んだ数少ない経験の一つでした。

しかし2日かかって学んだ表現はわずか2つ。このペースで学ぶと、フランス語で日常会話を話せるようになるまでに、何十年もかかりそうです。
いかに赤ちゃんが「幼児メソッド」を使って驚異的な速さで言語を習得していくか。
それが実感できた体験でした。

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