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柏木怪異譚 棲むもの 参

3人分のお茶を注ぎ終えると、冬崎くんはテーブルの向かいへと座った。私の背後には襖を隔てて、先ほど通ってきた長い廊下がある。

わずかな沈黙の間私は昨日見た夢のことを思い出していた。どこかの部屋でモンキチョウが飛んでいる。その部屋は光が差し込んでいるのに、どこか暗くてそして冷たかった。不思議なことにその部屋の中には、入り口のドアとは別にドアがついている。

そのドアの方へ蝶は飛んでいき、すり抜けて行ってしまった。だから、私も追いかけようとしたのだ。すると、後ろから誰かに手をひかれた。目が覚める直前にはっきりと「行ってはいけない」と言う声が聞こえた。

「坂口さん?」

「ああ、ごめん。それで詳しい話を」

「この家に幽霊が出るだったな」

柏木さんが確認すると、彼は落ち着き払った様子でうなずいた。

「普段は一人暮らしなので、たまにこちらに帰ってくるんです。事の発端は1ヶ月前の帰省の時でした。ただいまと玄関で言うと、母がキッチンから出てきて『どこかに出かけていたの?』と言うんです。今帰ったところだと言うと、母は不思議そうにしていました。話を聞くところによると、ぼくが帰ってくる30分ほど前にも玄関を開ける音と『ただいま』と言う声が聞こえてきたそうです。ちょうどその時母は揚げ物をしていたので、『おかえり』とだけ声をかけて、その声の主の姿は見ませんでした」

「君の父ではないのか?」

「父はぼくを迎えに行く前に、買い物があるとかで家を出たきり戻っていないそうです。うちにはあと弟と祖母がいるのですが、弟は学校で祖母は家の近くの田んぼに出ていました」

「その声は冬崎くんの声に似ていたの?」

「そのことも尋ねたのですが、あまりよく覚えていないそうです。思い返すと性別も定かではないと言っていました」

「坂口くんに聞いたところによると、この家では他にも怪異が起きているそうじゃないか」

柏木さんには簡単な説明しかしていない。それも電車内での数分間だ。

「はい。しっかりと数えているわけではありませんが、ぼく自身が体験したもので3つ。家族が体験したものも含めるとかなりの数になります」

「聞かせてもらえるかな」

「もちろんです」

彼はそう言うと少し冷めてきたお茶を一気に飲み干し、再びお茶を注いだ。

                              続く。


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