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マルタの憂鬱

マルタ曰く、鯉のような安っぽい、泥臭い魚は食べられないということである。しかしマルタが幼い頃は、ポーランドの家族と一緒によく食べていたそうだ。母親が鯉を買ってきたら、まずは自宅の浴槽に入れ、泳がせておく。そして、家庭の中で一番勇敢な者が、鯉を死に至らしめる役割を負うらしい。そしてこの家ではマルタがその役を引き受けていた。

しかし、その「勇敢な娘」が旅行に出ているある日、母親が後先を考えず鯉を買ってきてしまった。誰も鯉を殺めるどころか、水槽にいる鯉を掴むことすらできない状態だったので、偶然訪問していたマルタの叔父がその担当をすることとなった。しかしこの叔父もまた、鯉嫌いで、触れることすら恐ろしいとのことであった。

途方に暮れた一家であったが、叔父が急に「自分に妙案がある」と言い出し、おもむろに猟銃を取り出したという。もちろん家族揃って、それでは跳ね返った弾が自分に当たるではないかということを指摘し引き留めたのであるが、この叔父は銃に詳しい人で「跳ね返らない弾」なるものを所有していたという。その晩、マルタの家には銃声が響き渡り、近隣の住民が警察に通報したということである。マルタが帰った時には、一家はそろって彼女の説教を受けることとなった。

そんな勇敢なマルタであるが、極端な嫉妬屋さんである。マルタのパートナーであるイェジィと私が少し話しているだけでも許せないらしい。「あなた、彼氏はいるの?私のイェジィをあげるから、面倒みてあげてよ。」という類の発言をよく行うが、これは私の反応を見るためであるのか、嫌味であるのか、ともかく何やらおそろしい。この質問に対してどういった反応をするのが100点満点か分からず、しどろもどろに「ノ、ノー・・・。」と言ってしまったことが、彼女の機嫌をより悪くしてしまった。

そんなある日、イェジィは例のビリオネアと仕事をすることになった。その関係で例の美女軍団パーティーにも参加するようになっていったのである。これに黙っているマルタではない。もう別れるか、という勢いで彼女は反抗した。彼女達は二人とも会計士で、二人の稼ぎを合わせると物価の高いロンドンでも十分にいい暮らしをできるはずだった。にもかかわらず、イェジィはわざわざビリオネアをクライアントとし、仕事を口実として美女パーティーに参加、夜な夜な鼻の下を伸ばしている。というのが、マルタの眼鏡を通した解釈だったのだ。

つづく

ロンドンにおける私の憂鬱な生活をサポートして下さると、とてもありがたいです。よろしくお願いします。