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【料理エッセイ】草津のある温泉まんじゅう屋さんの営業スキームが完璧過ぎた

 草津に行ってきた。久々の旅行で楽しかった。温泉は気持ちよく、ホテルの食事も最高で、湯もみショーもカッコよかったけれど、それより、なにより、ある温泉まんじゅう屋さんの営業スキームが完璧過ぎて、その衝撃を記録せずにはいられない。

 夕方、やることもないので、適当に街を散策していたときのこと。西の河原通りという観光客向けのお店が並ぶストリートのど真ん中。

「温泉まんじゅう食べた?」

 突然、おじさんがトングをこちらに向けてきた。なにかと思えば、茶色物体が挟まっていて、反射的に手を出したら、もう、試食をつかまされていた。

「蒸し立てだよー。食べてみてー」

 言われるがまま、かじりついたら、なるほど、ふっかふっかでさすがに美味しい。

「ありがとうございます。とてもおいし……」

 すると、感想を言い終わる前に、別のおじさんがお茶の入った湯呑みを差し出してきた。ちょうど口の中の水分が奪われ、本能的に水分を欲していたので、素直に頂戴したところ、

「ここは車が通って危ないから、中でゆっくりしていってね」

 と、誘導されて、わたしは店内に立っていた。そして、カウンターの向こう側から、いかにもやり手なおばあちゃんに、

「お土産は買いましたか?」

 と、ニコニコ笑顔で話しかけられていた。


 え?


 ウソ?


 なんで?


 シンプルにビックリだった。ただ、道を歩いていただけなのに、あれよあれよと温泉まんじゅうを買うか買わないか、二択を迫られていたのである。

 剣の達人に斬られると、斬られたことに気がつかないというけれど、まさにそんな感じだった。

 とりあえず、ご馳走様して、お礼を伝え、逃げるようにグッバイしたけれど、あまりの鮮やかさにしばらく放心状態が続いた。

 夕飯のすき焼きを食べている間も、

 湯もみショーの会場で、365日、毎晩やっているという温泉落語に笑っている間も、

 雪がチラつく中、露天風呂に浸かっている間も、

 ひたすら、例の温泉まんじゅう屋の営業スキームについて、考察が止まらなかった。

 そして、いま、帰りの特急列車に乗りながら、わたしはこの記事を書いているのだけれど、上野駅到着前に、その店は三つの完璧がそろっていたと結論づけたいと思う。

 まず、一つ目。役割分担が完璧過ぎた。

 試食を渡す係、お茶を渡す係、営業トークをする係。三者三様、自分の持ち場が明確な上、それぞれがやるべきことは単純なので、効率よくチームが運用されていた。

 次に、二つ目。各自の振る舞いが完璧過ぎた。

 一口サイズの温泉まんじゅうがトレイに並び、どうぞと突き出されても、たぶん、わたしは受け取っていなかった。なにせ、それだと能動的になってしまって、買う気がないのに申し訳ないから。

 ところが、ポンっと大きな温泉まんじゅうを差し出されたら、頭より先に身体が動いて、受動的にレシーブを決めるしかない。

 それから、お茶係は予断を許さぬスピードで湯呑みを渡し、交通整理を名目に店内を誘導するのだ。とにかく、考えさせないための工夫が凄かった。

 さらに、温泉まんじゅうを勧めるおばあちゃんのワードチョイスも半端なかった。

「お土産は買いましたか?」

「まだ考えてなくて」

「温泉まんじゅうが一番ですよ」

「あー。でも、荷物になるので帰る直前に買おうかなぁって」

「でしたら、お泊まりの旅館とチェックアウトの時間を教えてください。蒸し立てをお届けしますよ」

「そ、そんなサービスまで……」

 結局、わたしは逃げてしまったけれど、これがディベートだったら、こちらの負けは間違いなかった。

 ラスト、三つ目。立地が完璧過ぎた。

 西の河原通りは二股に分かれているのだが、その店はそれらが合流するところ。つまり、ボトルネックに位置しているため、その前をすべての観光客が漏れなく通る仕組みになっていた。

 仕組み、個人の能力、環境。これら三つの完璧が三本の矢みたいに合わさることで、その店は異様なほど完璧な営業スキームを実現させていた。

 と、言いつつ、この完璧さにはひとつだけ大きな弱点がある。ぶっちゃけ、ネットで検索するとわかるけど、若い世代を中心に評判がすこぶる悪いのだ笑

 わたしみたいに『男はつらいよ』が大好きな人間は、令和の時代にフーテンなやりとりができることに喜びを覚えるけれど、そうじゃないと押し売りされたと不快になるのもわかる気はする。

 売るのが上手ということは断りにくさと表裏一体。衝突を避ける傾向にある現代のコミュニケーション的に、それはきっとストレスなのだ。

 かつて、最強の捕食者だったニホンオオカミは、最強故に人間から忌避され、絶滅に追いやられてしまったという話がある。生物学的な根拠はなく、よくできた格言ではあるものの、その店を見ていたら、そんなことを思い出した。

 時代は大きく変わり始めている。ひとむかし前なら、そういう業界はそういうものだからと黙殺されてきた理不尽が、次々、ハラスメントとして明るみに出始めている。

 果たして、次回、わたしが草津を訪れるとき、その店はあるのかどうか。あったとして、営業スキームは変わっているのか、変わっていないのか。温泉にリトマス紙を垂らして水質を測るように、温泉まんじゅう屋さんのあり方を通して、時代の空気を読み解いていきたい。




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