【ショートショート】究極の心理テスト (1,828文字)
夕食後、ダイニングでコーヒーを飲んでいたら、小五の娘がニヤニヤ楽しそうな表情を浮かべて近づいてきた。
「ねえ。パパ、暇?」
「全然、忙しい」
「嘘つけー! そんなわけないだろ!」
嬉しそうに叫んでくれた。指まで差して、大袈裟にツッコミを入れたい年頃らしい。微笑ましいけど、仕事で疲れた中年にはなかなかキツいものがある。
「はいはい。暇だよ、暇。なにか用かい?」
娘はメガネ越しに瞳をきらり輝かせた。
「目の前に大きな鏡があります。鏡を覗き込むと、いまの自分ではない姿が映っています。それはどんな姿ですか?」
「……ああ、心理テストか」
なるほど、そう言えば最近、娘はやたら心理テストの本を読み耽っていたっけか。自分で解くだけでは飽き足らず、他人に出してみたくなったのだろう。
まったく、そういうのは友だちとやってほしいものだけど、この子の人間関係がどうなっているのか、俺にはさっぱりわからないし、単に親で練習しておきたいのかもしれないし、ここは付き合ってあげるしかなさそうだった。
「うーん。鏡の中にいまの自分ではない姿が映っているねぇ。じゃあ、未来の自分かなぁ」
「具体的にはどんな感じ?」
「そうねえ。いまより若くて、筋肉はムキムキで、白い歯でにっこり笑っているよ」
「おお! そうなんだ!」
娘はたちまち華やいだ。どうやらポジティブな回答だったみたいだ。こうなったくると流石に興味が湧いてくる。
「なんだよ。それでなにがわかるんだよ」
「鏡の中に映った自分はその人の自己認識や理想像、内面の欲求や不安を反映しているんだって。パパはもっとカッコ良くなりたいと深層心理では思っているみたい」
「ほお。そうなのか」
難しい言葉が並んでいるけど、果たして、どこまで理解して喋ったいるのか怪しかった。それでも言っていることには一理あるので、自然、面白くなってきた。
「他にはないの?」
「じゃあね、あなたはある公園にやってきました。そこには三つの庭園があります。一つ目はチューリップやバラなど有名な花が咲き誇ってきます。二つ目は見たこともない新種の花や傘でいっぱいです。三つ目は入れ替えのタイミングらしく、なにも植わっていなくて静かな池だけがあります。どこに行きたいですか?」
「そんなの二つ目に決まっているだろ」
「どうして?」
「だって、ワクワクするじゃん。知らないものを知れるんだから」
「へー。パパは好奇心が旺盛なタイプなんだね。庭園が意味しているのはその人が大事にしている関係性なんだって。古いものがいいか、新しいものがいいか、一人がいいか。その辺がわかるみたい」
ほうほう。心当たりはけっこうあった。子ども向けの心理テストなんてバカにしていたけれど、案外、ちゃんとしているんだな。
「他にはないの?」
「あるよ。あなたは色とりどりのドアが並んでいる廊下に立っています。赤、青、緑、黒。どのドアを開けますか?」
ふむふむ。たぶん、それぞれの色は回答者が無意識に求めているものを意味しているのだろう。ただ、そんな風にあれこれ考えてしまうより、直感で選ぶ方がリアルな心理がわかるはず。
「赤!」
俺はそう高らかに宣言した。
「おお。ちなみにこの質問はまだ終わりじゃなくて、ドアを開けた先に残りの色のドアがあり、パパの場合は青、緑、黒なんだけど、次はどれを開ける?」
「……黒だな」
「おお。そうなんだぁ」
「で、なにがわかるわけ?」
「それぞれの色はあなたが無意識に求めているものを意味しています」
やっぱり、予想通りだった。
「赤は情熱と欲望、青は平和と安定、緑は成長と希望、黒は秘密と謎を意味しています。パパは赤と黒を選んだので、無意識のうちに求めているのは……」
そのとき、台所で洗い物をしていたはずの嫁が、
「浮気しているってことでしょ」
と、感情のない声で口を挟んだ。突然のことに俺は狼狽した。
「な、な、なに言ってんだよぉー」
嫁は淡々と続けた。
「いや、そうでしょ。鏡の中に映った深層心理では年甲斐もなくモテたがっているし、大事にしている人間関係がわかる庭園のテストでは新しい出会いを選んでいた。その上、無意識に求めているものは秘密の欲望って。浮気してじゃん。そんなの」
「おい。待てよ。たかが小学生の心理テストじゃないか」
「だったら、はっきり答えなさいよ。浮気をしているのか、していないのか?」
嫁にそう迫られて、俺は言葉を失ってしまった。どう答えるのが適切なのだろう。それは究極の心理テストだった。
(了)
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