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小説シリーズ

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2020年12月の記事一覧

いつかの、(アウフヘーベン)

いつかの、(アウフヘーベン)

 雨には二種類ある。気持ちを憂鬱にさせる雨と、心躍らせる雨。今日の雨は、どちらかというと前者だ。自分を蔑ろにしたくなるような、沈める雨。その果てには自暴自棄が待っている。わたしはわたしを傷付けるため、雨に打たれている。

「そろそろ行きましょう、予定に遅れます」わたしは梛さんを急かした。舌の裏側に少しだけ嫌味を込める。梛さんは頷く。

 わたしたちは林の中を歩く。空は樹冠で遮られるから、雨はいくら

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いつかの、(助走)

いつかの、(助走)

「あなたは、わたしのことを知りたい」

「知りたいです」なんだか気恥ずかしくなってしまう。いざ口にすると、言葉は脳内で変換され、改めて刻み込まれる。そうしてわたしは、また、梛さんに興味を持ってしまう。

「うん」梛さんは笑った。不思議だ。憂鬱な雨の中、梛さんは笑っている。この人は、わたしとは違う。似ているからこそ、違いはより浮き彫りになる。

「頭、濡れますよ」

「いいの、このまま、歩こう」

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いつかの、(足首)

いつかの、(足首)

 雨は勢いを強めることも弱めることもなく、ただしんしんと降る。フードの下でわたしは息を吐く。首の後ろが蒸れてなんだか気持ち悪い。わたしは気を紛らわすために自分の内側へと潜る。物語はなにも新しく生まれるものだけではない。既に紡がれた歴史が、わたしの中には遺されている。
 
 わたしはこの学校に入る少し前のことを思い出そうとした。たったの二年前なのに、記憶はひどく曖昧だ。それより前のことは、もっとよく

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いつかの、(告白)

いつかの、(告白)

「そうなんですか」感情を込めないように、推し量られることのないように、相槌を打った。

「今は」

「今は、もう思わないかな。ときどき、さみしくなることはあるけど」

 歩きながらでよかった。今の梛さんの目を、見たくなかった。わたしの心の内を曝け出したくない。梛さんが今、わたしの目を見たとしたなら、全部ばれてしまうだろう。死にたいわたしは雨に打たれ、フードの下、涙の代わりに、雨粒にまみれる。

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いつかの、(流転)

いつかの、(流転)

 そうして、凪を迎えた。雨はまばらになり、風は止み、温度も、わたしの中にあったはずの熱も、すべては静けさの中へ。尾根の上にはわたし一人。死にたがりの、馬鹿が一人。
 
 この山で命を落とした祖母は、死に際に何を思ったのだろう。

 死にたいときに死ねない不自由さ。

 他人のミスで自身が命を落とす理不尽さ。

 後に残す家族への不甲斐なさ。

 呪詛を唱えながら、彼女は意識を手放したのだろうか。わ

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