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【シリーズ】老人ホームは介護の「終わりの始まり」【第3回】〜老人ホームにできないこと〜

 こんにちは。松岡実です。
老人ホーム入居対象者の家族に対して感じる知識不足を全4回にわたって紹介する3回目です。

第3回 老人ホームにできないこと

 介護業界第2位のベネッセHDが入居者及び保証人12,000名以上に実施した介護に関する意識調査において、「自身が介護が必要になった際、どのような介護サービスを受けたいか」という質問の回答を抜粋しました。
参考:介護に関する意識調査(平成28年3月) ベネッセ シニア・介護研究所

分析の結果、全体の3分の2はサービス全般に関する期待を述べていることが示されています。2位以降で挙がっているカテゴリでは、食事やコミュニケーション、健康維持・向上、外出、医療、アクティビティなど日常生活に関わる個別サービスについての希望を述べた回答が続きます。
しかし、リーズナブルな有料老人ホームやサービス付き高齢者向け住宅を選択すると、思い描いた個別サービスとのギャップを感じる方が多いのが事実です。この中から食事、健康維持・向上、外出の面で老人ホームにできないことを挙げてみます。

食事

 食事は生活の楽しみの中でも非常に大きなウェイトを占めています。老人ホームの慢性的な人手不足は言わずもがなですが、それによってほとんどの老人ホームは給食会社へ全面的に外部委託しています。
介護施設給食の市場、大きく分けると現地施設の厨房で作ってもらう「委託型」と、調理済みの商品を仕入れて、温めて盛り付ける「クックチルシステム」に分かれます。

市場規模としては、全体の7割~8割は委託型が占めているのが現状ですが、この構成比は徐々に逆転傾向へと変化しつつあるのが実際です。
というのも、当たり前の話ですが、現地スタッフの人件費、および委託管理費を伴う委託型の平均1食相場は600円~700円に対し、クックチルシステムの単価は1食200円~300円。単価が2~3倍ほども違うのです。

介護施設の給食市場は、老人ホームやサービス付き高齢者向け住宅の増加に伴って益々拡大していますが、人手不足は給食会社も例外ではありません。採用コストの増大、およびスタッフの調理技術の低下、求められる食事単価のニーズの変化に合わせた業態転換が求められています。
前日に再加熱機能付き保冷カートへ急速冷凍されたレトルト食品をセットし、定時になったらカートが再加熱してくれるという調理員不要のクックチルシステムは、人手不足に悩む給食会社の救世主というわけです。

しかし、チルド・レトルト食品の品質は日々向上していても、その場で調理したできたての料理と比較すると、全体的な美味しさではまだ勝てません。食事が不味いことが原因で老人ホームを転居する方も少なくないのが現実です。
しかし、クックチルシステムは人の手の介入が少ないので、衛生面で大きなアドバンテージを持っています。また、食材を仕入れて現地調理する老人ホームの食事は美味しいですが、調理師によって味のバラつきが発生します。塩分制限やカロリー制限のある方への個別の療養食対応もクックチルシステムほど厳密にコントロールできません。
双方にメリット・デメリットがあるのでどっちがダメというものではありませんが、老人ホームが「安価に美味しい食事を提供すること」はできないのです。食べる楽しみを優先したい方は、入居を検討する老人ホームの食事を試食することをおすすめします。

健康維持・向上

 よく誤解されるのですが、老人ホームは「介護サービス」を提供するための住まいであり、入居者が介護保険を利用することでそれが成り立っています。回復期リハビリテーション病棟や、介護老人保健施設と同等のリハビリを提供できるリーズナブルな老人ホームなどありません。
また、通所リハビリテーションや、リハビリに特化したデイサービスとも介護報酬を得る方法が全く異なります。

健康維持・向上はだれもが望むことですが、進行性の難病など特定の病気以外は訪問リハビリの利用に医療保険は適用されず、介護保険を使用します。介護付き有料老人ホームなどの特定施設入居者生活介護では、施設外部の介護サービスに介護保険を適用することが制度上できません。
そのため、そもそも訪問リハビリや訪問看護を利用した機能訓練(リハビリ)、リハビリに特化したデイサービスを利用する場合は全額実費となります。当たり前ですがポケットの中のお金で足りるような金額ではないため、全額実費で利用するのは現実的ではありません。

住宅型有料老人ホームやサービス付き高齢者向け住宅は「在宅介護」の扱いのため、あらゆる外部の介護サービスを自由に使えると思いがちです。
しかし、介護報酬戦争に書いたとおり、入居者の介護保険という一つの財布の中身を、通所リハビリテーションや訪問リハビリ、機能訓練型デイサービスなど、外部の介護事業者と共有すると経営状態が悪くなります。
そのため、健康維持・向上のために入居者が求めるサービスを100%希望通りに提供することはできません。

外出

 アクティビティの高い入居者にとって老人ホーム生活は息の詰まるものです。自由に外出できる老人ホームのニーズはとても高いのですが、以下の理由で100%は叶いません。

・認知症患者である
・老人ホームのシステム

 認知症患者に対して外出を制限する大きな理由は事故リスクです。
身体能力が高く、転倒リスクが少ない方なら関係ないように思いますが、外出中に迷子になると職員が探しに行く必要があります。捜索依頼を出して警察に保護された場合、署まで迎えに行くことになります。

いずれにせよ、必要最低限の勤務シフトで入居者の介護を行っているわけですから、介護職員が外に長時間拘束されると老人ホームのケアが回らなくなります。家族から訴訟を起こされるかもしれませんし、大きな事故が発生した場合には運営事業者も大きなダメージを受けます。
少しでもリスクを減らすため、ほとんどの老人ホームは認知症患者単独の自由な外出を制限しています。
同じく、介護職員の勤務シフトの都合により、通院や外来受診、長時間の外出同行も介護保険を適用するしないにかかわらず、対応できないことが多いです。

 老人ホームは防犯上の理由により、入り口はオートロックで施錠されています。心無い人の侵入を防ぐ目的もありますが、認知症の入居者が知らぬ間に外出・行方不明になることを防止しています。介護職員はフロアや居室内で入居者に介護を提供しているので、解錠するのは事務所にいる事務員や管理者・施設長などが対応します。
事務所内の職員は一般的に日勤帯の出勤ですから、夜間や早朝などの事務所職員不在時に解錠はできません。入居者の介護に対応している職員が解錠に駆けつるわけにはいかないので、来客・外出対応時間を日中に制限している老人ホームが大半です。

また、住宅型有料老人ホームやサービス付き高齢者向け住宅の場合は、「訪問介護」の提供時間は運営事業者主体で決められることも多く、入居者がその日の状態や気分で外出するために、訪問介護サービス時間の移動や変更を希望しても簡単に対応できないことが多いです。

次回につづく

 

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