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【取材記事】見えづらい社会課題に目を凝らす 今向き合う、母子家庭と子どもの貧困

「一億総中流」はもはや遠い過去となり、今の日本では7人に1人の子どもが見えない貧困にあえいでいると言われています。内閣府より発表された「令和3年 子供の生活状況調査の分析 報告書 」によると、ひとり親世帯での子どもの貧困率は50.2%、母子世帯に絞ると54.4%と、特に母子世帯の子どもの貧困率は深刻さを極めています。

新型コロナウイルスの感染拡大の影響も受け、「シングルマザーの貧困」「子どもの貧困」は社会問題として、より一層クローズアップされている昨今。私たちの身近に潜む家庭内の貧困問題についてあらためて考えてみたいと思います。そこで今回は、シングルマザーの生活支援を行うNPO法人「リトルワンズ」代表理事・小山訓久さんを取材。女性支援を始めた個人的なきっかけから時代によって変化するシングルマザーたちの状況や子どもの教育格差の問題までお話を伺いました。

【お話を伺った方】

NPO法人リトルワンズ 代表理事・小山訓久(こやま・くにひさ)さん
1977年生まれ。渋谷区出身。オレゴン大学卒。テレビの構成作家を経て、2010年より「NPO法人リトルワンズ」代表理事。2013年に親子の居場所「おやこカフェ ほっくる」を杉並区阿佐谷にオープン。各自治体の委員などを歴任するほか、基本構想審議会委員など地元杉並区にも貢献している。著書に『親子カフェのつくりかた』(学芸出版社)がある。

【NPO法人リトルワンズとは】

都内を中心にシングルママと子どもたちのサポートをしている団体。2010年にNPO法人化して以来、企業、行政と連携しながら、イベントや交流会の開催、お部屋探しやお仕事支援、生活の相談など、先進的にシングルママと子どもたちに寄り添うサポートをしている。住まいの支援を評価され、国連ハビタット本部で世界一の表彰を受けたほか(日本の受賞は16年ぶり2度目)、社会貢献支援財団賞、賀川豊彦賞などを受賞。


■「当事者性」や「性別」に関係なく、当たり前に“支援”がある風景

家庭の事情に関わらず、誰もが特別な日をお祝いできるよう工夫をこらしながら支援を行う

mySDG編集部:もともと留学先のアメリカでシングルマザー支援のボランティアをされていたそうですね。語弊があるかもしれませんが、“シングルマザー”という男性が内面化しにくい課題に対して、15年前から取り組まれていたことに驚きました。そもそも学生時代にシングルマザー支援を始めたのはどういったきっかけがあったのでしょうか?

小山さん:アメリカの大学では、自由に色んなボランティアに参加できました。私が参加していたのは、アメリカの教会系NPOが運営するDV被害者支援のボランティアです。ホームレスやアルコール依存症、性的マイノリティ、母子家庭の方々と関わりながら、調理、掃除、学習支援など身の回りのサポートを行っていました。NPOの運営なども教えて頂いて、アメリカの支援自体を学ぶなかで、母子家庭の支援が自分自身に合っていたのかもしれません。

mySDG編集部:当時は、男性が女性の支援団体を作るのは、大変珍しかったと思います。ご自身ではどうお考えですか?

小山さん:男性がこういうことをやるのは珍しいというのは、全くその通りだと思います。アジア諸国のメディアから取材されることも多いのですが、彼らも同じこと言っていて。アジアでは男性が女性を支援するのは珍しく、団体を作るのはさらに稀有なのでしょうね。たまたまきっかけや出会いがあって、今に至るまで活動を続けています。

社会的な課題に直面している人達をお手伝いするのに、性別や当事者性、国籍、年齢というのは全く関係ないと思っています。欧米では男性も普通に支援を行っています。一方、日本では女性支援というものは女性たちによる当事者支援というのが中心。だからどうしても珍しがられるのかもしれませんね。10年以上活動していますが、いまだに「男性でありながら女性を支援している」と枕詞をつけて、紹介をされます。

mySDG編集部:それこそ日本には性別による役割分担意識が根強くあり、「子育て=女性の仕事」という意識がいまだに残っています。その中で、特に男性がシングルマザーの問題に眼差しを向けること自体、希少であるように感じました。

小山さん:そう感じるのは日本では普通のことだと思います。活動をはじめたのは、母子家庭の生の声がきっかけです。アメリカから帰国後、テレビ局のニュースや情報番組で構成作家をしていたときに母子家庭を取材しました。お母さんたちに話を聞くうちに、彼女たちの求める支援と行政が提供する支援には大きなギャップがあることに気付いたんです。例えば彼女たちは、今すぐにでも住み部屋や仕事が欲しい。しかし行政には必要な書類や申請のタイミングがあって、どうしても支援のスピードが遅れてしまう。仕事探しに関しても、当時は行政の窓口で紹介できる仕事は選択肢が限られていて、スキルを活かせる仕事や、将来のキャリアを考えられる仕事を見つけること自体、難しい状況でした。

お母さんと子どもたちが置かれた厳しい現実を目の当たりにし、同時に懸命に支援してもうまくいかない行政側や支援団体の「もどかしさ」も理解しました。こういったさまざまな課題に気づいたのなら、「やらないわけにいかない」と強く思いました。幸い、アメリカのNPOでの経験、メディアや企業の強みを知っていたので、助けにはなれるのではと踏み込みました。ですから、さきほどおっしゃられたような「男性が女性を支援するのは珍しい」「女性が支援職に多い」など支援業界を全く知らずに飛び込んだのです。飛び込んでみたら、業界ルールや暗黙の了解など文化の違いを痛感しました。

■「女性の貧困」を細分化したものが「子どもの貧困」

食料や服など生活必需品を無料で郵送。母子家庭のニーズを聞き、企業や農家と連携した成果

mySDG編集部:近年、世の中は多様化が進んでいます。取り組みを始められた15年前と比べて、シングルマザーたちが置かれた状況は変化していると思われますか?

小山さん:まずは多様化の側面から言えば、最近になって多様化が進んだというよりも、多様化が見える化されただけなのかもしれません。昔から母子家庭はありましたし、他にも困難を抱えて生きる人達も多く、色んな人生の形はありました。それらが可視化できるようになった——つまり自分の生き方、ライフスタイル、あるいは困難に対してネットで表現できるようになったのは、大きいことだと思います。共感や生きるための技術も得られます。これはインターネットや、時代の影響が大きいでしょう。

支援を始めた15年前と比べて、「母子家庭の貧困」という課題に対して、社会的にもスポットライトが当たるようになりました。活動を始めた当時は「母子家庭の貧困」は研究者や福祉の業界の方しか知らない問題でしたし、テレビ制作に携わっていたときも、映像化して問題提起できるほど、一般化したキーワードではなかったです。今の時代は「母子家庭の貧困」はニュースにも取り上げられるようになり、支援する団体、政策、協力してくれる企業も増えました。国による支援制度は以前に比べ充実し、良くなった側面もあれば、都市部と地方では格差があったり、まだまだ古い制度が残っていたり。お母さんと子どもたちの状況は一進一退といったところです。コロナの影響を加味すると悪化していると言えます。

mySDG編集部:ちなみに15年前は「母子家庭の貧困」が社会的に認知されていなかったということですが、周りを見ても離婚家庭というのはゼロではなかったはずです。それでも社会的に認知が進まなかったのにはどんな背景があったと思われますか?

小山さん:「母子家庭の貧困」とは、つまり「女性の貧困」です。「女性の貧困」は遠い昔から存在していて、支援する人や研究している人も多かった。けれど、「女性の貧困」では世の中には伝わりづらかった。そこに、「子どもの貧困」という言葉が生まれました。「子どもの貧困」も実は「女性の貧困」の中に含まれるもの。「女性の貧困」を細分化したのが「母子家庭の貧困」であり、さらに細分化したものが「子どもの貧困」です。「子どもの貧困」にスポットライトが当たったことでようやくその裏にある「母子家庭の貧困」、「女性の貧困」にも目を向けられるようになったと個人的に感じています。

■広がる教育格差、親と子に起きていること

mySDG編集部:さきほど「子どもの貧困」も「母子家庭の貧困」に含まれるものであるというお話でしたが、「母子家庭の貧困」によって、止むを得ず子どもたちにしわ寄せが生じることもあります。特に近年では教育格差が社会的に問題視される状況です。そういった中で、子どもたちの「体験格差」に着目して、シングルマザーの子ども達を対象に、校外活動、習い事への「給付型奨学金 」を設立されたそうですね。

2016年からスタートした奨学金制度は5万円を基準額とし、返済不要
プロや元経験者からのアドバイスを受けられる機会も提供している

小山さん:支援を通して子どもたちと関わっていると、部活をやめてしまった子どもたちからも相談を受けます。母親は息子が勝手にやめたと思っているけれど、息子は自分の部活のせいで、母親に経済的な負担をかけたくないと、気を遣ってやめたのです。新学期になり、部活を始めたくても、経済的な理由で出来ない子もいます。最近では、部活や習い事をしたい子どもたちから直接相談を受けることもあって、なんとかこの現状を変えたいという思いから、部活や習い事の奨学金制度を作りました。

mySDG編集部:文部科学省がまとめた21年度の「子供の学習費調査」によると、21年度の子どもの学習費は過去最高というニュースを目にしました。特に都市部では子どもの教育にお金をかける子育て世帯も多く、私立中学への受験を考える一般家庭も増えている印象です。経済格差はそのまま子どもの教育格差につながるため、親が感じるプレッシャーはますます厳しいものになりつつあると感じています。

小山さん:確かに経済格差は教育格差につながります。「お金持ちは選択肢が多い」というのは、大昔から変わっていません。つまりお金がある家庭は塾や進学先を自由に選択できますが、ない家庭では選択肢は制限されます。都市部では、みんなが塾に通っているのに、「自分は家庭の事情で通えない」というような「相対的貧困」が生まれます。さらに子どもの教育に対する母親のリテラシーも壁になってきます。ご質問の通り、子どもの教育に対するプレッシャーはますます厳しくなる中で、母親自身にも経済的な負担や選択を迫られます。

母親が進学や学習の経験が乏しい場合、子どもの教育に対する適切な判断が難しくなるケースがあります。子どもの学習について経験がない分、何に困っているのかわからず、親自身が周りやネットの意見に振り回されてしまったり、「高額な塾代がかかるような有名な塾に行けば合格する」と散財してしまったり。私たちは家庭の教育方針には介入できないので、教育面の支援の難しさを感じます。だからこそ、人生を豊かにする部活や習い事に特化した奨学金という形で支援を行っています。いずれ日本でも「体験の格差」が問題になってくると思います。

■支援の未来を見据えて、「スキルと想い」を広げたい

世界⼀のシェフが母子家庭の子どもたちと行う「食育」を目的とした料理教室を共同開催

mySDG編集部:ここまでお話を伺って、「母子家庭の貧困」がこれまで社会にとってどんな位置づけだったのか、さらに家庭の貧困がもたらす現実について理解が深まりました。現状、物価上昇により実質賃金が低下しているような差し迫って苦しい状況が続く中、支援を求める人々はますます増えてくると思います。団体として今後どのような展開をお考えですか?

小山さん:たくさん失敗をして、上手くできたこと、出来なかったこと、足らないことも多かったですが、団体しては役割を終えたと思っています。15年かけてようやく「母子家庭ではない人たちが母子家庭と協力して、企業や行政と連携しながら、今の生活にあった支援」の基礎を作れたのかなと実感しています。

すでに若い団体が日本各地で生まれ、活動をしていますから、今後は後を託して、後輩たちが支援をしやすくなるようにバックアップをします。そのためにも私たちは、住まいの支援、食料支援をマニュアル化して、オープンソースとして使ってもらっています。「技術」を伝えたので、あとは「想い」を伝えるだけです。

mySDG編集部:団体のノウハウを広めるのも、大変珍しいですね。

小山さん:ノウハウは独占するものではなく、使ってもらって、地域の特性に合わせてローカライズしていくことが大切です。NPOの団体同士がノウハウをシェアしてお互いに学び合うことは必要なことで、マニュアルが色んな方の手に渡って、どんどん改良してもらえばステキなことです。

自分たちの実績を広げていくのではなく、あくまで「こういうやり方もあるよ」という技術をシェアしてもらって、やっちゃいけないこと、やらなきゃダメなことなど「想い」も広がっていけば。私たちも先輩たちから受け継いできたので、かっこいい言葉で言ったら、「継承」をしてもらえたら。今後、この日本で、支援がより長く、堅実に続いていくためにも後輩を育てていくことが最後の仕事です。

mySDG編集部:ノウハウを共有財産としてシェアして育て、さらに多くの人が課題に触れて学べる機会があれば、支援する力も底上げされるかもしれません。小山さん、本日は貴重なお話をありがとうございました。


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