小松のりひと

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「龍神考」第一部の締めくくり

 本稿をご覧いただき、またこれまでの「龍神考」やそれ以前の博多の鬼門などを取り上げた一連の記事をお読みくださり、誠にありがとうございます。  特に「スキ」の評価をくださった方々には、拙稿の中にも何がしか有益なものや参考になるものがあったのかも知れないと思うと、評価をいただいたことへの感謝の念と嬉しさもひとしおです。  しかし昨日4月21日投稿の「龍神考(33) ー龍神の直行と蛇行ー」をもって、今年1月から続けてきた「龍神考」を第一部として締めくくることにしました。  前

    • 龍神考(33) ー龍神の直行と蛇行ー

      「遠の朝廷」の表鬼門の立花山と裏鬼門の飯盛山  日本神話において国土や神々をお生みになった伊邪那岐命と伊邪那美命の二神が鎮まると信仰された「二神山(ふたがみやま)」(今の立花山)には、国生みを始める際にお使いになった「天瓊矛(あまのぬほこ)」も一緒に存在するはずだと仮定した上で、黒田日出男著『龍の棲む日本』(岩波新書、2003年)で紹介されている日本=「独鈷」(インドの武器に由来する仏教の法具)とする国土観を参考に、前回までに以下の点に気付かされました。 1)伊邪那岐命と

      • 龍神考(32) ー立花山と比叡山に見る三輪の金光ー

        立花山と中世日本の国土観  日本に天台宗を伝えられた伝教大師最澄が、唐から帰朝後最初に開かれたお寺と云う立華山明鏡院独鈷寺(とっこじ)と同寺がある立花山を巡る信仰思想が、「日本=独鈷」とする中世日本の国土観とことごとく合致することに、前回の「龍神考(31) ー天瓊矛と独鈷とシキミー」で気付かされました。 *独鈷(インドの武器に由来する法具=金剛杵の一種)については『文化遺産オンライン』の「独鈷杵」を参照  それらの点を、若干補足しながら、以下に箇条書きで列挙します:

        • 龍神考(31) ー天瓊矛と独鈷とシキミー

          中世日本の国土観 「日本」=「独鈷」(インドの武器に由来する仏教の法具=金剛杵の一種)だと観想する国土観が中世日本にありました。  黒田日出男著『龍の棲む日本』(岩波新書、2003年)に紹介されているこの国土観から、前回は以下の点を抽出しました。 ①日本は独鈷の形 ②「五畿七道」の「五畿」は「玉の国」、「七道」は「天照大神の国」 *「七道」は「五畿」(今の奈良県、京都府中南部、大阪府、兵庫県南東部)を除く本州+四国+九州 ③伊勢の神宮の内宮(天照大神)の社形は独鈷、

        「龍神考」第一部の締めくくり

          龍神考(30) ー「竜」が現生する日本ー

          「似て非なる」者同士の強い縁 「竜」という字の下部「日+乚」=「隠れた幼い・若い春の太陽」=「五柱の神々に囲まれて降臨する天孫」、上部「立」=「即位」と解釈して、「竜」の一文字が「天孫降臨」を象徴し、それが広義の「天孫」=歴代天皇のご尊顔を「竜顔」とも申し上げる背景にあるのではないかと考えました。  また「地震」の「震」に「雷」の意味があると知って、両者に共通する「雨」以外の「辰」と「田」にも相通じるものが認められました。 「辰」の字を含む「宸襟」は竜顔の天皇の御心を指

          龍神考(30) ー「竜」が現生する日本ー

          龍神考(29) ー「田」が示す天孫降臨前史ー

          天孫と天孫降臨の二面性  太陽神天照大御神の御孫、天孫邇邇芸命(ににぎのみこと)は春に日照時間が長くなってエネルギーを増してくる「春の太陽」=「春の日」=「春日」、猿田彦神は雷光で天孫に降臨の道筋をお示し雷=「申」の神、と自然崇拝の観点から解釈してきました。  これが春日大社の勅祭「春日祭」の別名が「申祭」であり、かつては旧暦二月の申の日に行なわれていたこと、猿田彦神が春日の地主神として祀られていることの信仰思想上の背景にあると考えてきました。  つまり「春日祭」=「申

          龍神考(29) ー「田」が示す天孫降臨前史ー

          龍神考(28) ー竜顔の天孫と桜の女神ー

          自然現象に神慮を受け取る自然崇拝  春日大社創建は、神護景雲二年戊申一月九日甲寅(768年2月1日、立春・庚申の望月=一月十五日=2月7日の直前の九(竜蛇)日)に、雷神武甕槌命が白鹿に乗って春日の御蓋山の浮雲峰に降臨されたことがきっかけでした。  自然崇拝の観点から、この時の武甕槌命を雲(白鹿)の中の雷に喩えました。  他方春分に地上へ降臨される天孫邇邇芸命(春の日)を雷光で道筋を示された春日の地主神、猿田彦神を申(さる)=雷、特に立春から立夏の間の春雷に喩えました。

          龍神考(28) ー竜顔の天孫と桜の女神ー

          龍神考(27) ー春日大社創建の時代背景ー

          春日大社創建の季節的背景  前回、天孫降臨神話と春日大社の御由緒にある信仰思想を季節の流れに当てはめてみました: ・出雲の大国主命の下に全国の神々が参集する神在月→新暦10月下旬〜12月上旬 ・武甕槌命による大国主命の天孫への国譲り→12月22日冬至の一陽来復 ・武甕槌命の御本社(大宮)への遷座→神護景雲二年(768)11月9日己卯(新暦12月22日冬至)→直後の申の日=11月14日(小望月) ・武甕槌命の御蓋山降臨→神護景雲二年(768)1月9日甲寅(新暦2月1日

          龍神考(27) ー春日大社創建の時代背景ー

          龍神考(26) ー龍の数秘は八と九ー

          生命を癒し育む雷鳴  雷、特に雷鳴は生物の細胞の損傷を癒して生命を保護し、またキノコ類など植物の成長を促進させ、太陽の電磁波にもDNA修復機能があることを「龍神考(25) ー慈悲の春日の雷音ー」の考察で知りました。  そこで自然崇拝の観点からは、太陽神の御孫=邇邇芸命(ににぎのみこと)を雷神猿田彦神(さるたひこのかみ)が案内された天孫降臨神話も、DNAを修復させる太陽と細胞を癒す雷による生命保護の働きとも捉えられます。  そして、天孫降臨を可能にするために大国主命(おお

          龍神考(26) ー龍の数秘は八と九ー

          龍神考(25) ー慈悲の春日の雷音ー

          春日信仰の原風景から現風景へ  春日大社への信仰の原風景として次のような流れを想像してきました: 自然崇拝 ・春日氏の日巫女=龍女が猿沢池に浮かべた舟や池の西から、東の御蓋山や春日山に昇る春の日の出や朝陽、雷(特に春分の中の「雷乃発声」)を祀る ・春日氏も含む和邇(わに)氏の「和邇」は「龍」とほぼ同義(記紀神話の比較から) 記紀神話への反映 ・天孫(太陽神天照大御神の御孫)が春分に降臨→「春の日」→「春日」の由来 ・天孫降臨を案内の猿田彦神→「猿」=「申」=雷光で降臨

          龍神考(25) ー慈悲の春日の雷音ー

          龍神考(24) ー春日信仰の自然観ー

          「龍神考(23)」のあらましと補足  前回「龍神考(23) ー人魚のミイラと猿女と龍女ー」は長くなりましたので、論考のあらましを箇条書きで列記しておきます: 1)春日の日巫女(ひみこ)の春の日の出や朝陽と雷の祭祀→春日信仰の原風景 2)春日氏を含む和邇(わに)氏→古事記の「和邇」は日本書紀では「龍」 3)「和邇氏=龍氏」→春日氏の日巫女→太陽を祀る龍女や海人(海女)の系譜 4)太陽神の玄孫を産む和邇(海神の娘)=豊玉毘賣(とよたまひめ)→海女の神格化 5)海神の宮の

          龍神考(24) ー春日信仰の自然観ー

          龍神考(23) ー人魚のミイラと猿女と龍女ー

          青海波紋様の采女装束と魚皮製衣服  魚の鱗のようにも見える「青海波」の紋様の衣を着る采女に、魚の鱗を持つ龍を連想し、采女は信仰思想上はやはり龍女の系譜にあるとの思いを強くしました。  前回「龍神考(22)」に載せた福岡市東区三苫の渚に寄せ来る「青海波」の写真に見るように、実際の「青海波」は紋様の「青海波」のような扇形にはなりません。  しかし紋様の「青海波」は魚の鱗や扇の形に似せることで、「青海波」に連なる多くのものごとを一度に暗示、伝達することができます。  具体的

          龍神考(23) ー人魚のミイラと猿女と龍女ー

          龍神考(22) ー采女と春日の龍女ー

          春日信仰の原風景についての整理  前回まで考察してきましたように、雷神武甕槌命の春日の御蓋山御降臨には地主神の雷神猿田彦神への従前の信仰があったと思います。  この歴史を紐解く鍵は「春日=春の太陽」と「猿=申=雷」の理解にあり、そうすると春日大社の勅祭「春日祭」について次のことが見えてきます: ・春分に地上に降臨される「天孫」=太陽神天照大御神の御孫、邇邇藝命(ににぎのみこと)=「春日」 ・「天孫」(=「春日」=稲魂)を空中でお迎えし、蛇行する雷光でもって降臨の道筋を案内

          龍神考(22) ー采女と春日の龍女ー

          龍神考(21) ー春日信仰にみる天孫降臨ー

          天孫降臨を暗示する「春日」と「申」  雷神武甕槌命(たけみかづちのみこと)の春日の御蓋山浮雲峰御降臨に始まる春日大社の信仰の原風景には、猿田彦神(さるたひこのかみ)を「春雷の神」として敬仰する信仰があったことが見えてきました。  それは、猿沢池の西の采女(うねめ)神社の辺りや猿沢池に浮かべた舟から御蓋山に鎮まる「春雷の神」猿田彦神を拝み祀る信仰だったと思われます。  さらに「春雷の神」を祀る背景には、御蓋山の奥の春日山から昇る春の日の出や朝陽、つまり「春日」を拝む信仰も

          龍神考(21) ー春日信仰にみる天孫降臨ー

          龍神考(20) ー春日信仰の原風景ー

          春日信仰と「靈」の原義  ここ数回考察してきた奈良の春日大社の信仰思想に、「霊」の旧字「靈」の成り立ち:「雨+口口口+巫」のイメージがありありと浮かび上がってきました。  それは、太陽を祀る巫女=「日巫女」が雨乞いの祈りを「云う」ことで、太陽が海を温めて「云=雲」が起こり、降雨をもたらす本来の「靈能力」のことです。 「靈能力」が高まって太陽神と一心同体のレベルに至った「日巫女」が天照大御神だと私は考えますが、春日大社では御本社(大宮)の第4殿に祀られている比売神(ひめがみ)

          龍神考(20) ー春日信仰の原風景ー

          龍神考(19) ー熊手と水神ー

          春日信仰に見えるK+母音とM+母音  前回の「龍神考(18)」では、奈良の春日大社の御祭神と御由緒が、太陽を祀る「日巫女」が降雨の祈りを「云い」、太陽が海を温めて「云(立ち昇る雲)」と風を起こして降雨につながる様を示す一字「靈」=「雨+口口口+巫」、と深い関係があることに気づきました。 〜春日大社御本社(大宮)第一殿〜第四殿と若宮社の御祭神〜 ・第一殿=武甕槌命→白鹿(白雲)に乗って御蓋山浮雲峰に降臨した雷神 ・第二殿=経津主命→息吹で雲を動かし天気を操る風神、斎主(神職)

          龍神考(19) ー熊手と水神ー