いつもの夏休み④
日が沈み、夕暮れ時であることを教えてくれる虫。
風も昼間とは違う夏の夜の匂いが吹いている。
『じゃぁお馬さんと牛さんでも作ろうかね』
「作るの下手だからばあちゃんやってほしい…」
『せっかく来たんだからおまえがやりなさい』
「て、手厳しい」
「じゃぁまずは…割り箸を真っ二つに…」
ベキィッ…
「ばあちゃん…3対7の比率で割れた…」
『下手にも程がある。あたしが割るからあんたはきゅうりでお馬さん作ってちょうだい』
「…わかった…でも食べ物に割り箸を刺すなんてしたことないから加減がわからn」
ズシャァ
手には割り箸が貫通したきゅうり。
自分の手の中で命が失われていくのを感じる。
『おまえねぇ』
「はい…」
『手加減ってものがわからないの?』
「初めてだったと言い訳したいけど、ぐうの音も出ない」
『まあどうせエサで使うからいいわ』
「エサ?」
『お馬さんと牛さんにエサをあげなきゃ可哀想でしょ』
「えっ」
『せっかくおじいちゃんを連れてきてくれたんだから』
「きゅうりとなすで作られたお馬さんと牛さんのエサがきゅうりとなすなの?」
『そうよ』
「自給自足すぎない?」
『エサなんてなんでもいいのよ』
「労いの気持ちがあると思ったら意外と雑だった」
未だに納得してない。けど知ったときはかなりの衝撃だった。
『外は暑いからね、家の中でおじいちゃんを迎えるけど、あんまり火を燃やさないよ。火災報知器が鳴っちゃうからね』
「確かにそれは嫌だなあ…」
数年自分も一緒にしている迎え火。
中心が空洞になっているおがらを縦に割り、焚き火のように立て火を燃やす。
煙は出ないものの、小さくパチパチと音を立てながら燃えている火は何故か目を奪われてしまう。
ジーッと動かずに火を見ている自分とは対照的にゆらゆらと動いている火。
もしかしたら生きているかもしれない。
『あたしの育ったところではね、送り火はおがらじゃなくて桜の木の皮でやってたんだよ』
「ハイカラ…!」
『さすがにこっちじゃできないからねえ』
「ばあちゃんも送り火されるなら桜の木の皮がいい?」
『あたしはいいよ。おまえたちに苦労をかけさせたくない』
「じゃぁ鮭の皮がいいかな」
『あたしゃそっちのほうがいいねぇ』
こういう不謹慎なネタが大好きでケタケタ笑うばあちゃん。
孫が言おうもんならノる。
鮭の皮っておいしいもんね、わかる。
やらないよ?
『こんなもんでいいかな。そんな盛大にしなくていいよ。もうおじいちゃんも来たでしょう。こんな暑い中をご苦労さまです』
「じいちゃんおかえりなさーい」
私が産まれる前、なんなら、かあさんが結婚する前に亡くなったじいちゃん。
一緒に過ごしてみたかったけど、ばあちゃんもかあさんも口を揃えて「おじいちゃんが生きていたら…あんたたちが甘やかされすぎて大変だったわよ…目に見える…」と口を揃えるほど。
なおさら一緒に過ごしたかった。
じいちゃんおかえりなさい。お見送りまでいるからずっとよろしくね。なんて思いながら。
2024.8.10.
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