むね

まいどあり

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最近の記事

予定調和な旅に出る——『コンパートメントNo.6』

この文章は、間違いなくネタバレを含んでいるが、ある意味でネタバレについての文章でもある。 列車での旅は退屈だ。一度車両に乗り込んでしまうと、私たちはある閉鎖空間の中に閉じ込められてしまう。そこから始まるのは、目的地への直線的な移動だけ。私たちに経路を決定する権利は与えられない。世界へとつながる通り道はただ列車の窓だけであり、それは映画のスクリーンと同じように、あくまで描写として、私たちの差し伸べる手を頑なに拒絶し、ただその枠内でのみ自立している。それは景色であり、映像であり

    • 供養

      ちょっと恥を捨てることにした。恥ずかしがっているうちはだめだと思うし。 僕は結構才能とかを気にするほうだ。例えばよく知らない人の習作とかを読んだり見たり聞いたりして、勝手にこいつは見込みがない、などと評価してえらい気になったりする。 その立場はとても気楽だ。自分の才能とかについて考える必要もないし、情けない気持ちになることもない。 けれども、このままではいけない。どう考えてもいけない。シナリオを書いて食っていくことを誓ったのだから、そんなぬるま湯に浸かっていてはダメだ。

      • 落書きが顔に見えた

        何を書いたらいいのかわからず、もう全てを投げ出してしまいたくなった。まるでプロみたいだな、と修行中の身分を忘れて少し嬉しくなったけれど、やはり何も書けない。書いたものは目も当てられない代物だし、そもそも自分すら好きになれない。 僕は節目節目で悶々として、夜な夜な自意識の発露——というと格好つけすぎだろうか——のような日記、というか落書きをすることがある。 僕の記憶が正しければ、それは高校の時にセカンドの守備で三回エラーをしたときと、浪人して京大の落ちた時の二回だ。三回エラー

        • 何かを書いている(続きを書いたが迷走している)

          ふと、剥がし終えた包装紙の裏側を、何かが横切ったような気がした。勘違いだと思ったが、少し気になったので、僕は恐る恐るその紙を裏返した。しかしそこには何もなかった。また虫の幻覚を見てしまったのか、と思った。最近しばしばそのような幻覚を見る。それは僕の閉じかけた目の端をそそくさと駆け抜け、部屋の隅の方へと消えて行く。あるいはそれは無限遠の彼方へと旅立って行くのかも知れない。しかしそんなことはどうでもよかった。僕にとって大切なことは、部屋が清潔で、僕以外の生き物が存在しないこと。ぐ

        予定調和な旅に出る——『コンパートメントNo.6』

          何かを書いている(続きを書いた。えらい)

          面接から家に帰ると、一年前の夏休みに父親に買ってもらった黒いスーツをそそくさと脱ぎ捨て、クローゼットの奥にしまい込んだ。捨ててしまおうかとも考えたが、父親の笑顔が頭によぎり、その決心がつかなかった。 これからの人生では決して使うことがないだろうが、捨てられないものがいくつかある。小学校の卒業式でもらった青いボールペン、入学試験の不合格通知、二十歳になったときに買ったウイスキーの空き瓶(ワンショットばかり中身が残っている)。そのようなガラクタが、ふとした瞬間に目に止まることがあ

          何かを書いている(続きを書いた。えらい)

          何かを書いている(続きも書くぞー)

          冷たい雨ならば少しくらい寂しい気持ちにもなれるのだけれど、日差しが照りつける(はずの)真夏の雨は、少し生暖かく、否応なしに体にまとわりついて離れない。それは汗を洗い流すためのシャワーなどではなく、再び汗をかくために自分に与えられたささやかな拷問のようなものなのかもしれない。 だから僕は夏の雨を嫌った。もしくは夏の雨はいささか降りすぎるからかもしれない。あるいはその雨がある退屈な一日の夕暮れ時を思い出させるからかもしれない。何か具体的な記憶が僕の体の中で渦を巻いて、全てを一つの

          何かを書いている(続きも書くぞー)

          クソみたいなことを書いてクソみたいな気分になった

          僕は幸せな人間だ。家族から愛されて育ち、多くはないかもしれないけれど、素晴らしい友人たちに恵まれている。時には辛いこともあった。けれどもそれはこの軟弱な肉体ですら耐えられる程度のものであって、不幸の自慢をするにはあまりにも心許ない。そもそも自分は自分が不幸でないことを憂いたりするくらいだし、不幸でないが故に不幸だなどと時に言葉の遊戯めいたものを口走ったりするけれども、それが切実なものでない以上、その貧困な言葉には貧困以外の何物も含まれてはいまい。 それなのに自分はどうしよう

          クソみたいなことを書いてクソみたいな気分になった

          皿の上は歩けない

               登場人物 慎太郎(23)……大学生 めだか(22)……大学生 ○慎太郎の家   暗い部屋。   机の上に蝋燭の灯ったケーキが置かれている。   慎太郎(23)とめだか(22)がケーキを挟んで向かい合っている。 慎太郎「誕生日おめでとう、めだか」 めだか「1本足りない」   ケーキには21本蝋燭が。 慎太郎「いや、迷った……っていうか」   慎太郎、蝋燭をもう1本ケーキに刺そうとする。   めだか、動きを手で制止して、 めだか「いいよ、もう」   慎太郎、蝋燭を

          皿の上は歩けない

          透明の輪郭

          次の島では全てが透明だった。いや、正確に言うと、生命を宿していないものは全て透明だった。だから僕は遠くから小さな人影が動いているのを見るばかりで、それが島であることに気がつかなかった。ボートは突然何かにぶつかり、その動きを止めた。  崖に勢いよく衝突した船は無残に大破し(それが崖であることを了解したのはずっと後のことだけれど)、僕はひとり冷たい海に放り出された。全身に鳥肌が立ち、心臓の鼓動が早くなるのを感じた。ごつごつした岩を撫でながら上陸できる場所を探し、死に物狂いで足をば

          透明の輪郭

          情熱大陸に取り上げられたい

          今日もまた何もせずに日が暮れる。 起きたら11時半だった。ダラダラして12時になった。のんびりしていたら12時半になった。これが僕のモーニングルーティーンだ。 ナレーション 「この日、私たちが目にしたのは、意味をなさない寝言をぶつぶつと唱えながら、薄い布団にくるまる1人の男の姿だった」 布団にくるまっている山口の姿 ナレーション 「山口宗忠、23歳。日本中で、知らない者はいない彼の朝は、案外普通の若者と変わらない。1時間ほどして、重い腰をあげた山口は、ようやく私たちの

          情熱大陸に取り上げられたい

          割引はよくない

          また今日も何もせずに日が暮れる。 スーパーに夕ご飯を買いに行く。7時くらいになると、刺身が半額で買えるのでだいぶ重宝している。しかし今は米を切らしているから、刺身だけでは物足りない。というわけで、何かお腹に溜まりそうなもの、まあ要するにうどんだとか弁当だとか、主食もセットになっているものをだらだらと物色する。 2割引では満足できない、しかし帆立がたっぷり乗った炊き込みご飯が美味しそうに見える。ケチくさい僕は、すでに半額になった弁当をカゴの中にキープしておきながら、買うつも

          割引はよくない

          ちょっと時間が空いたらあてもなく本屋をぶらぶらするのが好きなんですよね

          ちょっと時間が空いたらあてもなく本屋をぶらぶらするのが好きなんですよね、と言うとさぞかし本がお好きなんですね、と返されることがある。そんなときは、まあ人並みですかね、と曖昧に返事をして、話題が広がらないように努めるのが常だ。 本が好き。そんなことは口が裂けても言えない。だって本を読むと目がしょぼしょぼしてくるし、姿勢が悪くなるから背中がずきずきと痛むようになる。両肩を前方に突き出し、肘を直角に折り曲げて地面と平行な視線の先に本を据えて読むのが癖だから、数ページ読むだけで肩こ

          ちょっと時間が空いたらあてもなく本屋をぶらぶらするのが好きなんですよね

          トイレ掃除をするといいらしいって聞いた

           生来お腹が弱くて困っている。  友人と連れ立って伏見稲荷にお参りするときも、数学の試験でどうしても数値がマークに収まらないときも、へその上あたりがきりきりと痛んで僕の小さな脳みそは文字通りパンクしてしまう。せっかく京都にまで遊びにきてくれたのに、お腹が痛いからといって友人にさよならを告げる羽目になるし、芳しくない試験の結果よろしく大学に落ちる。  それはすべてお腹が弱いせいだ。すぐお腹が痛むから物事を筋道立てて話すのが苦手だし、新宿駅での待ち合わせにもうまくいかない。

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          天津飯食べたい

          もちろん合計点が高い順に個人名が並ぶリストが廊下に張り出されたりはしなかったけれど、中学生になると全てのテストが返却された数日後に自分が全体の中で何番目くらいなのかわかる表が生徒全員に配られるようになった。まあそれはともかくとして、100点、90点、80点と大雑把で味気ない点数が並んで差のつかないテストはあまりなかった記憶がある。そのせいか小学生の頃はのび太がとる3点とか7点とかのキリの悪い点数になぜだか強く心を惹かれていた。青白い紙に丸っぽい文字が並んだいかにも教科書会社が

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          ギネスが美味い

          自分はすごい人間だ。それは間違いのないことだ。だから就職活動なんかを始めたら死んでしまう。 最近は日が落ちるのが早い。冬だから。起きて珈琲を飲んで難しい言葉が並ぶ授業に出て小説の続きを20頁ばかり読んだらもう夜だ。映画一本見れやしない。いや、暗くなってから見ればいいのか。 夜は短しほにゃららとの小説があるが、あれは嘘だ。夜は結構長い。短いのは昼だ、お天道様の活動時間だ。太陽神よ!もうちょい頑張れませんかねえ、いや、君も頑張っているとは思う。それは認める、認めて差し上げる、

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          新幹線アダルトビデオ狂想曲

           凍てつくような風が真っ赤に燃える紅葉を揺らしている十一月のある日、一台の新幹線が東京駅を出発して西へと向かっていた。来るべき週末をどこか東京から離れた場所でのんびりと過ごそうと、老若男女がその新幹線に殺到していた。自由席には隙間を開けずにびっしりと人が詰め込まれ、多くの人は席と席の間で二時間以上も立たなければならなかった。不安定なキャリーケースに腰を落ち着けて読書をする男、しゃがみこんで延々とSNSを眺める女子高生、誰かが席を譲ってくれるのを期待してあたりをキョロキョロと見

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