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【短編小説】おじいさんの神隠(かみかく)し

 むかしむかし、あるところにおじいさんとおばあさんが住んでいました。おじいさんとおばあさんはたいへん仲良しで、山へしば刈りに行くときも、川へ洗たくに行くときも、どこへ行くのもいつもいっしょでした。

 ある日のことです。おじいさんが
「ちょっと出かけてくる」
と言って家を出ました。おばあさんはてっきり近所の畑の様子を見に行ったか、裏の物おきに道具を取りに行ったか、そういったちょっとした用事で出かけたものと思っていました。なぜなら、遠くへ出るときはいつもいっしょに連れて行ってくれたからです。

 でも、いつまで経ってもおじいさんは帰ってきません。夕方までには帰るかと、おばあさんは晩ご飯をこさえていろりばたで待っていましたが、一向に帰ってくる様子がありません。
「いったいどうしちまったんだろう。こんなことは初めてだ。おじいさんに、何か悪いことが起こっているのだろうか。」
おばあさんは心配でしたが、今はともかく、おじいさんが帰ってくるまで家で待ってみようと思いました。

 とうとう朝になってもおじいさんは帰ってきませんでした。おばあさんは村の人たちに相談しました。何せ村でもこんなことは初めてだったので、みんなでいっしょにおじいさんを探すことになりました。

 村人みんなで夜おそくまで探しましたが、おじいさんがどこにいるやら、とうとう分からずじまいでした。村の人たちは、きっと神隠(かみかく)しにでもあってしまったのだろうとあきらめて帰ってしまいましたが、おばあさんはあきらめきれません。いったいどこへ行ってしまったのか・・・

 そのとき、おばあさんはふと思いついて、村の神社の裏にある竜神(りゅうじん)池に行ってみることにしました。
 この池には竜神さまが住んでいると信じられていて、村の人もいつもは神さまを怒らせまいと、あまり池に近寄りません。
 でも、この前おばあさんが洗たくをしているとき、こしが痛いと言ったら、
「それじゃ、痛みがおさまるように、竜神さまにおねがいしてみようかのう」
とおじいさんがやさしく言ってくれたのを、おばあさんは思い出したのです。

 夜の竜神池はひっそり静まり返っていました。池には満月がうつっていて、まるで夜空をひっくり返したような景色でした。
 おばあさんは池の周りを回って、おじいさんがいた跡を探しました。そして・・・ 
「こ、これは・・・」
おじいさんのぞうりが、片方落ちているのに気づきました。つまり、おじいさんはここに来たにちがいありませんでした。ということは・・・おばあさんは竜神さまなら何か知っているかもしれないと思い、池に向かって呼びかけました。

「竜神さまー!竜神さまー!」

 しばらくすると、池のまんなかがブクブクとあわ立ち、ザバーッという大きな音を立てて、それはそれは大きな竜が首を出しました。
「い・・・いた、本当に竜神さまはいらっしゃった。」
おばあさんはびっくりして、そのばにしりもちをついてしまいました。そのおばあさんに、竜神さまはゆっくりと近づいてきました。

 そして一言、
『ギャオオオオオオ!グルルルルルルル!』

 おばあさんに生あたたかい竜神さまの息がかけられました。

 その時です。竜神さまの口に、何かが光って見えました。おばあさんが目をこらしてよく見ると・・・それはなんと、おじいさんのたばこ入れではありませんか。
 おじいさんはきっと、竜神さまに食べられてしまったにちがいありません。それをさとったおばあさんは、はげしい怒りを覚えました。
「おじいさん・・・やさしかったおじいさんを・・・許せん!」
おばあさんはすっくと立ち上がり、目をぎらぎらさせて竜神さまをにらみつけました。その顔はおそろしい鬼のようなひょうじょうです。

 おばあさんは、さしていたかんざしを頭から引き抜くと、根元をぎゅうと右手でにぎりしめ、左手で印を結びました。
「ニントスハッカッカ、マーヒジリキホッキョッキョ・・・カーッ!」
そして呪文を唱えると、かんざしは青い光をはなちながら、一ふりのりっぱな刀になりました。
「かくごーッ!」
おばあさんは長いしらがをふり乱しながら、ものすごい高さまで跳びあがり、そして竜神さまの頭めがけて飛びかかりました。
 しかし、そのとき竜神さまは、真っ赤なくちをカッとあけて、おばあさんに向けて火をふこうとしていたのです。
「させるかーーーッ!」
おばあさんは刀を持つ右手を後ろ手にかかげたまま、左手を前につき出して手のひらを竜神さまに向けました。
「破ァァァァァァァーーーーッ!!」
おばあさんの気合とともに、手のひらからふしぎな光があふれ、おばあさんを包み込みました。それと同時に、竜神さまの口からものすごいほのおがふき出しました。でもおばあさんはひかりのまゆにつつまれて、炎の中をつき進みます。
「どりゃぁぁぁ!」
おばあさんは刀をつき出しました。と、刀は竜神さまのひたいにふかぶかとつきささりました。
『ゴギャァァァアアアアア!』
竜神さまはものすごいひめいをあげ、そのあと大ばくはつをおこして粉々に吹き飛びました。

 おばあさんは池のふちにちゃくちし、髪を元にもどしました。すると元のやさしい顔のおばあさんにもどりました。
 ふと見ると、池のまんなかに、おじいさんがぷかぷかと浮いていました。おじいさんは泳いで池から上がり、やさしい顔でおばあさんにほほえみました。
「おばあさん、ありがとうよ。もう少しでボンベの酸素がきれるところだったわい。」
おじいさんは竜神さまに飲まれましたが、たまたま着ていた密閉型耐酸性スーツのおかげで助かったのです。

その後も、二人はいつまでもなかよく暮らしたということです。めでたしめでたし。



「ニンゲンのトリセツ」著者、リリジャス・クリエイター。京都でちまちま生きているぶよんぶよんのオジサンです。新作の原稿を転載中、長編小説連載中。みんなの投げ銭まってるぜ!(笑)