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学校という中身のない箱

学校それはたまたま同じ地域に居て、たまたま同じ年齢だけで括られる箱があるところだ。学校では「学ぶ」ことが目的とされている。「学ぶ」様々で恋愛、協調性、勉学etc...ある。得られるのもその次第で変化するし失うものもある。特に勉強は学校の行く最大の目的であると言われている。国語、数学、英語、理科、社会、この5教科目も重点的を勉強させられる。

その時、私たちはこのような疑問を覚える。「勉強って将来役に立つの?」「勉強って意味あるの?」と。大人になり社会人になって「ほとんど使わなかった」というアンケート結果もある。こんな時、返ってくる答えが「将来、絶対に役に立つから覚えておけよ」、「大人になったらわかる」などそういうものだから理論だ。私もよく言われた経験があり、その時は渋々納得はしていたがやはりできない。

「考える力を養うため」という理由もよく聞くがこれは正しいかもしれないがもっと学ぶべき教科があるのではないかと思う。

特に一番意味不明な教科が多いのは小学校だ。家庭科、習字、音楽など将来何の役に立つというのか。知らないよりも知っておいた方が良いが人間には限界がある。何でもかんでも知っておけというのは誤りだ。

特に家庭科など洗濯機など機械が代わりにやってくれる。その前に稼げなければ家事もへったくれもないのはまるわかりだ。仮にそれが出来なくても稼いだ分、家事代行してもらうなど様々な道があるのだ。自分が不得意なこと、無意味なことを一生懸命やっていてもしょうがない。だからこそ私は何も家庭科は覚えていない。

では中学、高校でメインとなる先ほどの五教科はどうだろうか。

特に削った方がよい教科があってそれは理科と歴史である。歴史など私は一種のエンターテインメントという認識でしかない。比較的に好きな科目ではあったが意味があるとは一切思ったことがないのだ。理由としてまず歴史を学んでも「ふーん」でみんな終わるのだ。過去の歴史よりも今起きていることや今後必要なことをやることの方が重要だと思う。それに居たかいなかったかもわからん奴の歴史や出来事を勝手に作り上げ間違いしかないものを教えているのは正気かと疑う。教えるにしても近代の物を中心として教えるのならばまだ理解はできる。

理科も必要ない。なぜなら一番使わないから。ほとんどの人間は科学や物理を覚えたところで使うことなど一生こない。物理の滑車の動き、等加速運動、水平投射の式を求めよ。は?なんだそれと何度思ったことか。それを一生懸命8年間頑張っていたことが馬鹿らしいのだ。

それはこれらの科目に限ることじゃない。数学や英語や国語もだ。

英語は最重要みたいに扱われているのが疑問でしかない。英語も同じで日本人は日本人として生き日本人として日本に骨を埋める。今は時代が変化し外国に移住する人もいるのは確かだ。役には立つことは間違いないのだが気合を入れすぎな気がする。中学校せめて高校で終わりにするのが一番。大学で必須にするまでにはひつようなし。

数学はかなり思っている人も多いだろう。なぜなら四則計算さえできればほとんど支障をきたさないから。といいたいところだが数学の必要性は上昇する。今やITが必然の世の中必ずといってもいいほど数学が必要になってくる。関数など複雑なものは数式は使用されているのだ。

まとめ

「なぜ学ぶのか」という問いは非常に難題だ。どれを学ぶのが正しい正しくない、意味ある意味ないという問題。今回ほとんどの教科を否定してきた私だが優先順位の問題だろう。別に社会、理科を学ぶことを否定したいわけでは無い。歴史も分析や昔から学ぶことはあるとは思っている。今コロナでどこも厳しい。またこれからAIが出てきている中で仕事の数は減る。その中で明日食べる生活費を稼ぐためにはまず実社会で必要な能力、知識を身に着けることの優先順位が先だから。もしそれが出来るならば歴史を学べばいい、必要になった時に過去の歴史を学べばいい。

捨てるものは捨てるべき






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