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「お電話ありがとうございます」がわたしを変えた話

電話が嫌だから美容室にいけない。ぼさぼさの髪を気にしていられないくらい、電話で話すのはわたしにとってハードルの高いことだった。

数年後、そんなわたしが電話カウンセリングの受付インターンをすることになるなんて想像もつかなかっただろう。それも、電話応対を褒められるほどになるなんて。


中学生のとき、美容室に行くには電話で予約をしないといけなかった。ゼロから市外局番を三けた押すころには手が汗でべったりとなり、なんども唾を飲みこんだ。

あの「最初に何を言えばいいんだろう」と頭が真っ白になる感覚がこわい。聞き取れなかったらどうしようと焦る。そういうときにかぎって自分が噛んでしまう。

受話器越しだといつもの倍は早口になってしまうから台本を用意していたし、それがわたしのお守りだった。

大学生になって入った学生団体では、企業に電話をかける機会があった。それが嫌でほとんど幽霊部員になっていた時期がある。わたしのスマートフォンはいつも汗をかいていた。


もうネットでなんでも予約できる。相手からかかってくる電話だって留守電を聞いて対応できる。

だから呼び出し音を聞いている数秒の緊張からも、自分のペースで返事ができない恐怖からもするすると逃れつづけていた。



そんな私が留学カウンセリングを行うベンチャー企業でインターンをしようと思ったのは、英語を使って場所にとらわれずに働きたかったから。

自分も留学に行ったことで、海外で生活がしたくなった。バイト以外の「自分で考えてはたらく」経験が必要だと思って始めたのだけれど、あの勢いは我ながら青かった。あっぱれだ。

ところが、配属先が想像と違う。こんな悲劇、あまりにありがちすぎる。

留学ブログを書くのがそれまでのインターンの主な仕事だったけれど、インターン生ではじめてカスタマーサクセスチームに配属されたのだ。

いわゆる、留学カウンセリングとオペレーションの部隊。メインは留学生の電話相談。

でん!と机に固定電話が置かれる、その存在感たるや。あんなに嫌いな電話の音を、毎日どころか率先して聞かないといけなくなって、途方に暮れた。

どうか一日でも座学研修が延びますように。先輩の「お電話ありがとうございます」というワントーン高い声を聞いて願う。

もはや怨念にも似た祈りはむなしく、一週間で「今日から電話をとってみようね」とマネージャーに言われてしまった。あれには一番厳しい先生の授業で、忘れた課題の答えを聞かれたような妙な諦めがあった。

その日から、絶対に鳴る固定電話 VS 絶対に逃れたいわたしの戦いは始まった。まあ、ほぼ破れるんだけど。



わたしの「お電話ありがとうございます」を、フロアの全員が聞いている気がして冷や汗が止まらない。

電話を取り始めた当初、マネージャーがみかねて最低限聞くことリストをつくってくれた。

・既存の顧客か、新規の問合せか
・お名前
・電話番号
・具体的に留学について決まっているか
・行きたい国はあるか
・時期は決まっているか

たどたどしくそれらを聞いて、答えを復唱すれば担当のカウンセラーさんがわたしに向かって手をあげてくれる。

なるべく短い時間で替わりたいからと、最初はテンプレートの会話しかしなかったと思う。それでもなんとなく、その後のカウンセラーさんたちの会話だけはよく聞いていた。

というか、2つしかない事務所の固定電話がどちらも話し中なら、気持ちにとても余裕があったのだ。あまりにわかりやすい凪の訪れだ。

わたしが盗み聞いていたのは、例えば、話し方の癖。

穏やかに話す人と、友だちと話すみたいな人。
親目線で寄り添う人、かっちり生真面目な人。

それぞれが担当している顧客層も違って、自分がまねしやすい人と向いてないだろうやり方もわかってきた。

ほかには、テンプレートにはないけれどよく聞かれる質問。

ゴールデンウィークや夏休みの直前はそもそも予約ができない学校があるから注意したほうがいいとか、予算と行きたい国のどちらを重視するのかとか、そもそもなんで留学に興味をもったのかとか。

イメージだけで、外国といったらアメリカ!と言う人も結構多い。昔の心あったかホームドラマみたいなホームステイを夢見ている人もいる。費用や勉強量で実はフォリピンのほうがぴったりなんてことはありがちだし、おとなになってからハートフルホームステイなんてほぼ夢物語なのだ。

そういうイメージとのズレを、最初の数分でゆっくり補正する。

お?この人はのちのち希望国が変わりそうだぞ?という違和感を感じたら、はじめからマッチしそうな国の担当さんに繋げられるような質問をする。

そうやって前情報を仕入れておくと、カウンセラーさんはより具体的な相談に乗って、短い時間でも提案ができるようになる。



わたしは気づいたことを、少しずつ自分でテンプレートに追加した。

アメリカに行きたいって人には、この質問。
勉強したいのかな、海外を味わいたいのかな。
具体的に決まっていない人には、まず留学のイメージを聞いてみよう。
ニュージーランドも興味あるって人には、自分の経験も話しちゃおう。

だんだん電話が、自分の言葉になってきた。

そして希望を聞いたら、わたしでも行き先の国の提案ができるようになっていた。

いつの間にか電話中に手をあげている人はいなくなって、わたしがメモを片手に駆け寄るのを待ってくれている。

「まゆちゃんが細かく聞いてくれて助かる〜〜」

カウンセラーさんにそう言われる少し前から、わたしは電話が鳴るのがすこしだけ楽しくなっていた。

ここの電話は、プルルル…と鳴る二秒前に少しだけ光って「ツ…」と言う。

それに気づけば、呼び出し音の前には受話器を取れるようになっていた。

そのちいさな空気の震えに気づいて嬉しかったとき、手元には最初のテンプレートからいっぱい枝分けされた細かいメモがあった。



そのあと、一年半の期間中に四人の後輩ができた。お客さんとの会話のレクチャーは、いつのまにかインターン歴の長くなっていたわたしの仕事になる。

「電話は、まゆちゃんが色々教えてくれるよ。」

そう言われることが誇らしくって、モニターに隠れるように存在感を消していた昔のわたしにも教えてあげたかった。

そしてお客さんだって、電話が得意な人ばかりではない。留学のこともよくわからなくて、きっとわたしより緊張していた人もいたはずだった。

一年以上受話器をとりつづけて、不安そうな声がやわらいだり、留学に行くイメージがひろがって嬉しそうな声になる瞬間にたくさん出会えた気がする。

自分の殻に閉じこもっているときには、自分の怖さにしか考えが及ばなかった。半径一メートルくらいで世界が完結していたから、ほかの人が抱える不安に自分なら寄り添えることもわからなかったんだろう。

一歩、踏み出したら、そこには私も輝ける場所があった。

気分が悪くなるほど嫌いだった「お電話ありがとうございます」が、いつのまにインターン生活でわたしがいちばん感謝されたことになっていたのだから。

今でも、電話さきの誰かと共感で繋がれた気がしたとき、わたしは少し泣きそうになる。こわばっていた相手の声が急に嬉しそうに弾けたとき、見えないこちら側で、わたしはひっそり泣きそうに笑っている。


今では知らない人と電話なんてほとんどしないけれど、あの感覚は染み付いている気がしている。

あのとき飛び込んだから、今のわたしには少し自信がある。きっと、自分を好きでいさせてくれるそれも、思い出といっしょにわたしに刻まれている。






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