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【ピリカ文庫】短篇小説『里神楽』

 アールデコ調のエントランスの屋根で羽をひろげる孔雀は、飾りかと思ったら、本物。

 親類の結婚披露宴に招待されたので、帰郷がてら、行ってみる。

 会場は、この地方で唯一の巨大ホール。人気歌手や劇団がコンサートや芝居でやってくるならココ一択という、そんな場所を一個人……厳密に云えばふたつの豪商の家が、貸切にし。そして見事な迄に、満席としている。
 三階の座席より、はるかに見おろすステージにいて、金屏風を掲げ、たとえ快楽殺人を犯していても清麗に映るスポットを浴びているのは、あたしよりひと回りほど上っぽい新郎新婦および両家の両親、仲人らしき夫妻。
『親戚』と云ってはいるが実のところ、あたし自身はどちらの家から招待をうけたのか、どういってどうなってどう転んだ親戚筋なのか、わかっていない。実家に独り棲むひいばあちゃんに聞いたら、柿を干したり入れ歯を洗浄したりカラスと格闘したり煎餅を齧ったりチューニングの狂った三味線をいじったりうとうとしたりしながら話してはくれたけど、「オメカケサン」「オンセンゲイシャ」「ムラハチブ」という単語の他は、何ひとつ読みとれなかった。

 ホントにあんなでかいホールで披露宴? という単純な好奇心と、『祝儀等御気遣いなく……』という文面を鵜呑みにするならタダで食べられる筈の和か洋か知れぬ御馳走の誘惑に抗えず、のこのこきたわけだ。「我ながら浅墓あさはか」って、声がでる。浅墓って、字面じづら的にこういう場では云わない方が良いのかな。
 受付は、無人だった。けっきょく祝儀は用意し、袱紗ふくさよりスマートに渡す稽古もしていたのだが。
 人間の代わりに、ターミナル駅の自動改札機みたいなゲートがしつらえられ、並列に10機か、或いはもっとならんでおり。
 ちょうど定期券サイズの招待カードを其処そこれると、『ようこそお越しくださいました』という女性の声と共に、ちいさなウエスタン扉がひらかれる。

 あたしが生まれ育ったのはこの国でもっとも存在感のうすい県のそのまた僻地だから、三階席迄およそ2400人も集えば、首をどの方角にまげても、数歩あるくだけでも、知ってる人間を見る。
 イトコ、ハトコ、従叔母いとこおば、大叔父。
 おままごとや隠れん坊や喧嘩をした近所の子、はじめて御使いした八百屋のおじさん、女でも行かされた床屋のおばさん。
 いつも「仮病だね」と見破り笑ってくれた小児科医、小学生のころかよったエレクトーン教室の、鍵盤の間にカミソリをはさんだスパルタ先生。
 ソープランドに今も勤める中学の同級生、高校のときつまみ食いしたクラスメイトの年上彼氏、満員電車であたしを鼻息荒くまさぐってきた後輩女子。
 24時間のファミレスで深夜「寝るなら帰れ」と叱ってきたウェイトレスのおねえさん、卒業旅行の海で色んな泳ぎ方を教えてくれた民宿のおにいさん。
 オリコン1位なのに田舎だから売ってないレコードを入荷してくれ関係ないポスターもくれたレコード屋の店長、万引きしたかしないかで小一時間怒鳴りあった書店のジジイ……
……とかと、ちょっと喋ったり会釈だけしたり、シカトしたりされたり。最寄りの駅からホールの座席につく迄に、いったい何人と邂逅かいこうしただろう。おのおの関わった時期やジャンルや、抱く感情がバラバラだから、まるでウォッカとオレンジと焼酎とラムネとカスタードプリンとココアとポン酢と山葵わさびと玄米茶をうすく混ぜあわせたものをちびちび呑むような、妙な気分。

 言葉を交わした人たちの話を纏めると、どうやら新郎新婦の蜘蛛の巣なみに広がる家系図の人間、近隣住民や家の歴代の召使たち、出身校や職場や留学先や出張先、行きつけの病院や役所や店舗の面々、趣味や宗教や肉体に於ける関係者……などなど、袖すりあったかあわないかさえ怪しい者にいたる迄糸をたぐりよせた全員と、果てには彼らが幼少より今日こんにち、まったき一方通行で親しんできた芸能界やスポーツ界のメンバーに迄、記憶されている限り余すところなく、もはや『健勝であれば何でも良い』と、徴兵みたいなノリで招待した、ということらしい(ペットも入場OKだそうで、色んな声や匂いが微かにする)。
 云われてみれば、あっと驚くほどのスターこそ流石にきていなかったけれど、あのカツラっぽい中年男性、子供のころテレビでよく歌ってた、とか、あの尻のでかい元野球選手、クスリで捕まってた、とか、あのラメの眩しい紫のドレスを膨らませた女性、昔は痩せてて夕飯時のドラマで濃厚なベッドシーンを演じてた……だとか、サインや握手を欲するほどでないにしても、懐かしさを覚える人物も少なからず見かけ。
 つまるところ。新郎新婦に留まらず招待客の多くに、音響の為であろう壁も天も不思議な円みを帯びたホールを巨大なタイムカプセルまたはカクテルシェイカーよろしくひらかせ。皆にとってのあらゆる過去が三次元もニ次元も、苦味も甘味も交錯し、素肌に血管に五臓六腑に反響する、ホールごと揺れ踊るような同窓会、という趣向にしたかったのかもしれないかもしれない……

……なんてね。そんなおセンチで回りくどいこと、ココの県民が考えつくワケないわよね、と独りコンパクトで切りすぎた前髪と口紅の色を気にしつつ鼻で笑っていたら、
松盛まつもり様、間もなくです」
 と、ピンマイクを付けた黒スーツのアンドロイドみたいな美女に声をかけられる。さっきの『ようこそお越しくださいました』と、声がそっくり。
 出席者はさっきの自動改札機で全員把握されており、司会者に名を呼ばれたら一人ずつ、ステージにのぼってスタンドマイクでかるくスピーチする決まり、だそう。さながらうっかり入選した自作の詩を講堂で読まされた少女時代の如き、えも云われぬ気恥ずかしさ(あの日の講堂と今日の大ホールは、あたしのからだとの比率で云えば、よく似てる)。
 あまつさえ、スピーチする人の前にはテレビ局にあるようなカメラが迫ってきて、ステージ上のワイドスクリーンにその姿が映しだされる。かつてこのホールのこけら落としでミュージカル『吉原炎上』が上演された際、クライマックスの、遊廓の大火事シーンを鮮やかにリアルにあらわしたという、伝説のスクリーンに……

……無用の長物、と観衆が気づくのに、そう時間はかからず。吹けば飛ぶ薄っぺらいスピーチへのかわいた拍手も、スクリーンに揺れる老爺の3メートルほどのきらめく鼻毛への失笑も消えゆくかわりに、和洋中セレクトもおかわりも自由の、赤漆せきしつに鶴の蒔絵が描かれた御重おじゅうの弁当への歓声とがつがつ食べる音、ビールやワインや日本酒での銘々勝手な乾杯と談笑と郷ひろみ『お嫁サンバ』小坂明子『あなた』とかのヘタクソな合唱、イヌ同士の喧嘩やネコの発情する声やニワトリの雄叫び、などが響きわたり。たまに、ホンモノのステージ職人、名前だけうっすら知ってる演歌歌手だとか元アイドルだとか、漫才師や落語家も、こんな田舎にきてくれるだけでそれなりに有り難いパフォーマンスを繰り広げてくださるのだが、どれもこれも一語も聴きとれないシュールなパントマイムとなって、風と共に去りぬ。
 まアそんなこんなで、出番がくるころには恥ずかしさよりも脇をくすぐられるふうな可笑しさがまさっていたあたしは、赤ワイングラスを手にもちながら、まるではずかしめられた少女時代の報復みたく、マイクとカメラの前、胸をはり、アンチョコの紙をくしゃっと丸め、先ず
「プレデターございます」
 と、云ってみた。誰も云い間違いに気づく気配が無いのをたしかめ、喋る。
「あたしの両親は刃傷沙汰にんじょうざた迄いって離婚してどっか消えたし、その次預けられた家では姑にマインドコントロールされた叔母が鉄格子の病院行ったし、次の家ではまだ中学生だったイトコが家出して女装バーのママになったし、それから……まア兎に角あたし結婚とか同棲とか、したいって一秒も思ったことなくて。そうね、子供だって、じぶんか両親瓜二つのが出てきたらって想像だけでゾッとしちゃう。……で、だから、なのか知らないけど、あたし、なんでか寄ってくる男、既婚者ばっかなんですよね。はじめてのひとは……高校のクラスメイトの彼氏だったんですけどそいつも妻子持ちのサラリーマンで、それ以降、有効期限ナシの呪いかたたりみたいにずっと、フリンフリン物語。あたしだ29だってのに、今や愛人マイスターとか、愛人竜王なんて呼ばれて。因みに現在は、良縁だか悪縁だか、某有名キャラクター商品の社長と付き合っております……あたしも今なら東京ドームで愛人披露宴やれるかしら? なーんて冗談はさておき、そんなとこで。改めて、コウメイトウございます。幸せになれるもんならなってみて。浅墓なスピーチでごめんね」
 乾杯、と声にださずグラスを掲げヒールで階段をおりながら、スクリーンにはちょっと酔って火照ったあたしの間抜け面が映ってるだろうなぁと思いつつ振り返ると、金屏風をパラグライダーみたく背おった肩のひろい新郎とぽっちゃり円い新婦にカメラは切り替わっていて。新婦はレースの手袋をはずし、弁当の魚の骨でも詰まったか5メートルの大口をあけ指で歯をほじくっており。新郎は飲み食いしていないのに舌舐めずりし、物乞いの子供みたいに眼をねっとりさせて。映像でなくステージの実物を見遣ると、イブニングドレスの背の景気よくあいたあたしを値踏みしていた。愛人をもつには色気も度量も風格も品性もかけた顔。この距離ではもはやライトを融けるほど浴びても誤魔化せない鄙劣ひれつぶりが、脂ぎり。赤ワインぶっかけるには遠くて残念無念(否、かけたら悦びそう)。あたしはこう見えて男を資産価値で択んじゃいないんだよ。帝王学を勉強するか、回峰行かいほうぎょうでも行ってきな。

 さて、いちばん難儀だったのは帰り際。ホール出口で新郎新婦が客ひとりずつに挨拶し、引き出物を手渡しているらしいのだが、公平を期するのか何なのか、名前の五十音順で並ばされている。私の名はマ行だから、とうぶん先だ。電車はこの披露宴のため元旦みたく本数が殖やされ深夜も走りつづけるそうだが、いつ帰れるものやら。ひいばあちゃんもう寝たかな。
 ロビーで収まる筈もなく、三階までびっしり埋め尽くされた人・人・人。さっきの客席とちがい明るいなかでの混雑はマーブルチョコレートとM&M'sのサイケな氾濫みたいで、もう誰がどうで何だったとかもすっかり麻痺し、感慨も舌打ちもない。
 皆もそうなのか、それとも心やさしいのか、食べ放題に腹も心も風船にして浮かれているのか、『新郎がついに疲労でぶっ倒れたって。疲労宴だわ』『あら、ゴキブリ見て失神したって聞いたけど。家柄が泣くわね』『さっき踊ってた、妙に老けたアイドルグループみたいなの、新婦の元彼で組ませたんだって。たいしたタマだね』とかいう冗談か事実か知れぬ情報が飛び交っているせいなのか、誰ひとり、イヌやネコさえ何時間待たされても文句を云わず、満腹感倦怠感のなかに、かろうじて憶えている目出度さのいりまじったひとみの色で、或る意味『うたげ』らしい動きを見せていた。

 われわれマ行の集団のなかにも、様々なパフォーマー。
 泥酔してタキシードを脱ぎちらかし、白ブリーフの尻をふり阿波踊りを切れ味よく舞う中学時代の体育教師。
 螺旋階段の柱でポールダンスを踊る、女装バーを今も営むイトコ。ウェービーのながい髪が、筋肉ではち切れそうな網タイツの脚が、降りては昇り。美川憲一の『さそり座の女』『スカーレット・ドリーマー』をメドレーで熱唱しながら。体育教師の盆踊りと、どこかしら不可思議なハーモニーを見せる。
 まるで怪談のように往年の芸能ゴシップを淡々と語る、背を直角に曲げたタバコ屋のお婆さんと、背後で亡霊の如く無言で立つ、ゴシップ当事者のひとりである時代劇女優。怒りによるのか地毛で結った日本髪によるのか整形手術によるのか、眼を烈しく吊りあげて。口裂け女ほど幅のある唇と御歯黒で微笑んで。
「アツいアツい、おアツいこって」と云いながら、女子校にいるみたいに脚をひろげピンクのフリル可愛いパニエスカートをぶんぶん振って股に風をおくりつつ、そこいらの人に名前を無理くりきいては禁じられた祝儀袋に流麗な字を書きまくっている文具店のおばさん。しまいに壁やステンドグラスに迄、身長ほどある毛筆で汗まじりの墨を塗りたくる。
 新しそうな早口の歌をうたいながら、アニメの真似事なのか、亀の甲羅のかたちのリュックを背おい、艶めく禿頭の帽子を被り、亀らしからぬスピードで床を這いまわる男の子。其処へ、「おのれツルカメマン、除湿機でその身を干からびさせ、発毛剤でボーボーにしてくれるわ!」なんて叫ぶ、赤ワイン色スーツの男。セリフのバカな内容と反比例して、女たちの背すじをくすぐる知的でムーディな低音。どうやらアニメの悪役を演じるベテラン声優らしい。彼の生声を聴き、益々テンションをあげるツルカメ男子。吸盤のついた手袋と足袋で床や天井に迄昇り、正義の味方っぽく高らかに笑う。

「……愛永まなえちゃん?」
 ソファーに沈み眠りかけていたところに、声をかけられる。見ると、高校時代共に喫茶店でアルバイトしていた華寿実かすみちゃんだった。わぁ、久しぶり、と今日幾度口にしたかわからない言葉を交わしあい。華寿実ちゃん、苗字ア行でしょ? なんでマ行にいるの? と聞いたら、
「5年前にコドモできて結婚したの。順序逆で恥ずかしかったから、式も挙げずこっそり」
 と。天井のツルカメマンが息子だと、云われずとも判るほど瓜二つ。ウミガメの卵をくっつけたようなシャンデリアにはりついた息子は、さっき迄の威勢の良さと打って変わり、こちらを視て照れくさげに「こんにちは、じゃない、こんばんは」とちいさく呟き、禿頭でちいさくお辞儀。かわいい。
『おめでとう』
 私はその日はじめて、プレデターでもコウメイトウでもなく、その言葉をはっきりと口にした。おなじ、やや眼の離れた爬虫類顔をもつ母子おやこの末永き幸福を、心より祈りつつ。

 文具店のおばさんは未だ壁に『晴』『絆』『思い遣り』『初夜』『ら・どるちぇ・う゛ぃーた』などと、バケツの墨汁に濡らした筆を振りつづけているが。『祈願』のキの字を間違えて『折』と書いていた。
 ベテラン声優がいつの間にかあたしの隣にいて、「今宵ホテルに泊ります。キングベッド、御一緒に泳ぎますか?」と、魅惑ボイスで耳に囁いてきた。肩に触れる左手にはむろん、指環。

 さぁてどうするかと思いつつ、ロビーを見遣る。吹き抜けを使ってそびえる鋳鉄の時計台。そのてっぺんにとまり羽をひろげる鳳凰は飾りかと思ったら、本物。どうりで、おアツい筈。





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 ピリカさん主催のアンソロジー『ピリカ文庫』にお呼びいただきました。

 テーマは「祈り」。もうちょいテーマに素直に沿った読み易くコンパクトなものにしたかったのですが、蓋を開けば「いつ祈るねん!」てツッコミ必至の6000字……申し訳ありません。色々と。
 一人勝手に書くのと異なるアプローチ(これでもね)に惑いつつ堪能いたしました。有難うございました。

 ピリカ文庫は毎回ひとつのテーマでふたりのnoterさんが執筆する、という形です。
 今回御一緒させていただいたのはgeekさん! いとしさと嬉しさと心強さとをひしひし感じております。
 geekさんらしい自然体でスマートで品よく薫る「祈り」を、是非。


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