見出し画像

【小説】林檎の味(十五)

 チェロケースを背負ったカオルが廊下を歩いて来る。このままではさすがに居場所がなくなってしまうと、慌てて管弦楽部に入部したのだ。
 音楽室に入ると、部員たちはめいめい練習を始めていた。カオルも隅の方に陣取ると、調弦を始めた。慎重な手つきで、一音一音確かめながら。
 突然、爆音が響く。すぐ近くに雷でも落ちたかのように。
 「うるせえ!」。「またやつらだろ」。「あいつら今日、練習日じゃないだろ。軽音の部長に抗議しろよ」。「無駄だよ。あいつら軽音楽部でも誰にも相手にされてないもん」。「はぐれ軽音楽部か」。
 四階の一番隅の空き教室。鳴り響く轟音。激しい動作でベースを弾くカオリ、ギターをかき鳴らすシンジ。飛び跳ねたり、舌を出したり、滅茶苦茶な演奏をしている。カオリはサッカーもピアノもとうに卒業して、今ではパンクロックに夢中だ。
 二人が演奏を始めると、こちらは練習中断となったが、カオルはいつもこうして目をつぶり、騒音、いや、ひどく単純なその音楽に、じっと耳を傾けた。カオルはおもむろに弓を引くと、無伴奏チェロ組曲第一番のプレリュード冒頭の分散和音を奏でる。
 真っ青な空にピストルズとバッハが一つになってとけていく。真っ白な雲がゆったりと流れている――。

 一話へ  前回へ  次回へ

公開中の「林檎の味」を含む「カオルとカオリ」という連作小説をセルフ出版(ペーパーバック、電子書籍)しました。心に適うようでしたら、購入をご検討いただけますと幸いです。