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【小説】林檎の味(一)

 カオルとカオリは幼なじみだった。
 二人が知り合ったのは小学四年生の頃のこと。カオルがカオリのすぐ近所に引っ越して来たのだ。札幌の北の外れの郊外のその新居は、転居の多かった堤家にとって、ささやかながら初めての庭付きの一軒家で、カオルがうっすらと雪の残る芝を誇らしげに踏みつけ、青い空に映えるこぶしの白い花を見上げていると、木立の向こう、生垣越しに、サッカーボールを頭に乗せながら歩いて来る少女の視線にばったり出くわした。少女は立ち止まってボールを足元におさめると、好奇心いっぱいで聡明そうな瞳をこちらに向けた。居間に運び込まれる大きなグランドピアノに興味津々らしい――カオルは今でもあの独特の強い眼差しを、今そこから向けられているかのように、ありありと思い出すことが出来る。
 「やあ……」。おずおずと話しかけるカオルに、少女はそのやはり独特ないたずらっぽい笑みから、遠慮なく先制のジャブを繰り出す。「おんなじ位の年頃の女の子だったらいいなと思ったんだけど、冴えない男の子でちょっとがっかりかな」。少し面食らったカオルだったが、不思議と嫌な気はしなかった。
 「ねえ、すっごくいいピアノだけどさ、あんた弾けるとか?」
 「まあね。君も習ってんの?」
 「アタシの場合は習わされてんの」
 「どっか近くのサッカークラブに入りたいんだけど」
 「アタシが通ってるクラブに入ればいい」
 少女はボールを庭に蹴り込む。カオルは胸でトラップしそこない、頭に当ててしまう。
「下手っぴい」
 カオルとカオリはそんな風にして出会い、そのうち同じピアノ教室とサッカークラブに通うようになった。

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