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小山田圭吾氏の騒動について、私なりに検証してみる


 東京五輪の音楽担当だった小山田圭吾氏が過去に雑誌のインタビューで語った学生時代のイジメ発言で大炎上し小山田氏は音楽担当を辞任、音楽も使われないコトになりました。 この件について多角的に検証する必要が有ると思い、今回記事にしてみます。

 まず冒頭で強調しておきたいのは、私は小山田氏を擁護するつもりは一切ありません! 私だって中学校時代ある程度のイジメに遭っていたので記事を読んで憤る、というかトラウマが蘇ってきてしまいます(なので、小山田氏によるイジメの例を全て見ていません。 見られないよ・・・)。 ただ、あの内容の記事が平気で出版されてしまうという「90年代」という時代を中心に検証する必要は有ると考えています。 それこそ、第二次世界大戦の日本ナチスドイツの時代を検証するのと同じ意味で。
 なので、この記事は「選挙ウォッチャー」のキャリアよりはるかに長い「サブカル者」として90年代のサブカルチャーと出版業界を検証し、同じ過ちを(本人はもちろん、サブカル界隈が)繰り返さないためのものであるコトを御理解いただきたく存じます。


◆学生時代の小山田氏の「ポジション」について

 検証記事の冒頭に何故かムード歌謡の大御所「和田弘とマヒナスターズ」を載せていますが、調べてみると小山田氏の父親はマヒナスターズのリードヴーカルだった三原さとしさんです。

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 ただ小山田氏の両親は離婚(時期不明)して父方との交流は無かったそうなのですが、母方の叔父は歌手・俳優で日本歌手協会代表理事の田畑靖雄さんです。

 ちなみに彼の長男が小山田氏を擁護ツイートして炎上⇒アカ閉鎖となった田辺晋太郎氏です・・・ つまり芸術一族に産まれて裕福な家庭に育った、と同級生が語っています。

「小山田君はバンドをやっていて、実家もお金持ちだったからいつもオシャレな私服を着ていました。絵や歌もうまくて下級生の女子生徒からは人気があったと思います。でも同級生にとっては近寄り難い存在で……」
というのも、
「いつも5~6人くらいの友人と一緒にいて、自分の仲間以外はバカにしているような態度をとっていました。“自分は特別な存在だ”という感じでしたね」(同級生、以下同)

 この証言から見るに、彼は確実にスクールカーストの頂点に位置し、格下に位置する他者を見下していたようで、彼がイジメをした要因のひとつだと考えられます。 そしてもうひとつ見逃せないのが、彼が学生時代の頃の時代背景。


 小山田氏が中学生の頃、70年代末から80年代末初頭にかけて校内暴力が社会問題になりました。 当時の「不良」と呼ばれていた人たちは己の暴力性を “先生” “社会” といった「強い者」に向けていた時代です。
 それから85年頃になると学校でのイジメが問題化してきます。 不良の暴力性が「弱い者」に向かい始めたのです。 私が初めてイジメに遭ったのも、その頃でした。 そんな時代に小山田氏が通っていた「学校法人 和光学園」は「インクルーシブ教育」を導入していました。

 つまり、障碍者学級を設けずに健常者の学級に入れて同等の教育を受けさせるというコト。 多様性が尊重され始めてきた現代ならばこの教育方針も一理あるかもしれませんが、校内暴力とイジメが横行していた80年代にこのシステムを取り入れるのは無理が有りすぎたのではないでしょうか? 健常者と障碍者が「生徒」として同じ空間に入れられる。 どうしたって障碍者の生徒が授業についていけなくなる。 それに健常者の生徒がイライラする・・・ それが80年代においては確実にイジメが発生してしまう状況だったと推察できます。
 しかし和光学園は「自由と自主性を何より重んじる校風」だからなのか、学級崩壊状態になってもイジメが分かっても、教員の指導がほぼ無かったらしいのです。

 詳しくはこの方が書いているnote(全4回)を読んでいただきたいのですが、そういった校風が小山田氏がイジメを(インタビューで武勇伝のように語ってしまうほどに)正当化させるような思考にしてしまっていたのだと考えられます。

◆90年代の出版業界とサブカルチャー、そして「フリッパーズ・ギター」について

 プロインタビュアーで書評家の吉田豪さんのニコ生チャンネル「豪さんのチャンネル」で月イチ生配信している「平熱大陸」の今月号です。 月525円の会員制なのですが番組冒頭は無料で公開されていて、そこで小山田圭吾氏の問題について語っていますので引用してみます。

 合わせて21日に配信された有料イベントも購入しました。 無料記事でここまでチカラ入れてどーする? という疑問も浮かびますが(汗)、ここまで来たら徹底的に調べてみよう、と。

 小山田氏は1989年に小沢健二さんと組んだ「フリッパーズ・ギター」でメジャーデビューします。 ゴリゴリのハードロックを聴いて育った私は彼らに代表される「渋谷系」というジャンルは当時も現在も聴きません。 ただ、正直 “ギターをドカーンと鳴らしてヴォーカルがシャウトすればどーにかなる” ハードロックと違って音の構成が複雑でレベルが高く「カッコイイなぁ」とは思っていました。 それは今聴いてもそう思います。
 ただフリッパーズ・ギターの二人はとにかく毒舌で態度が悪かったのですよ。

 先ほど載せた歌が終わったアトのトーク部分ですが、これを見ていただければ如何に彼らの態度が悪くイカれていたかが分かります。 

 レコード大賞でもフザけた態度&不真面目な演奏で司会の和田アキ子さんを激怒させたのは有名な話です(上記記事は日付を「12月31日」と書いていますが正しくはノミネートと部門賞を発表した別日です)。
 ところが1991年にフリッパーズ・ギターは突然解散してしまいます。 二人はそれぞれソロ活動を始めるのですが、

 小沢健二さんがまさかの “明るい&かわいい” にキャラ変をし、曲も王道のJ-POP路線に乗っかって大ブレイクを果たします。 その一方で小山田氏は、それに反するかのようにソロ名義「コーネリアス」において小沢さんとは、より逆の方向性に走ったのではないか。 と豪さんは見立てています。 フリッパーズ・ギターのオリジナルメンバーであり、メインヴォーカル&作曲担当で音楽性を決めていた(小沢さんは作詞担当)小山田氏にとっては小沢さんのブレイクに色んな面で対抗心が有ったのかもしれません。 そしてそれが炎上している雑誌のインタビューの発言に繋がったと思われます。

“キャラ付け” として。

 炎上しているインタビューはソロ活動後の94年1月発行の「ROCKING' ON JAPAN」(以下、ロキノン)誌と95年8月発行の「Quick Japan」(以下、QJ)誌に載っているのですが、この “90年代中期” というのが、確実にサブカルチャー界隈に「鬼畜系」「悪趣味ブーム」というものが存在していたのです。 そのブームに乗っかったのがQJや「別冊宝島」でした。
 当時の社会情勢と照らし合わせると90年代前半は「完全自殺マニュアル」という本がミリオンセラーになってしまうし、オウム真理教の麻原彰晃がとんねるずの番組に出たり北野武さんと対談するなど、カルト宗教の教祖がメディアでもてはやされるという現在では考えられないようなコトが起きていた時代です。

 そして1995年に阪神・淡路大震災地下鉄サリン事件が立て続けに発生し世紀末も相まって「この世の終わり」的な “終末感” が広がり始めサブカル界隈で悪趣味ブームが加速していきます。 そのブームは1997年に神戸連続児童殺傷事件(酒鬼薔薇聖斗事件)が起きて悪趣味ブームに対する「不謹慎だ」という風潮が広まり(当然だ)衰退していくのですが、インタビューが載った94年と95年は悪趣味ブームの最盛期だったというのがお分かりいただけるかと思います。 なのでロキノンもQJも、小山田氏のイジメ話を率先して載せていたのでしょう。 ただ、あくまでブームは部分的なもので読者の大半がこのような話を歓迎していたわけではなく読んで凹んだり批判や抗議をする読者も一定数いたようです。

 ロキノンQJ、同じような内容の記事を載せた二誌ですが雑誌の位置づけとしては大きく異なります。 ロキノンは音楽雑誌の大御所で「ROCKIN' ON JAPAN FES.」なども手掛けるROCKIN' ONグループの中核です。 ネットが無い90年代において音楽情報を収集するのは雑誌しかなく、ロキノンは当時20万部もの部数を叩き出していたようです。 なのでネットほどの拡散性は無いにしても「誰も知らない情報」だというのは誤りです。 サブカル界隈だけで広がっていた話だとしても、そのマーケットが現在とは段違いに大きかったのです。 それは違うサブカルながら当時「週刊プロレス」を毎週買っていた私も実感しています。
 ただロキノンは非常に “クセが強い” 音楽誌で、ライターがインタビュー相手のミュージシャンが出した新作について殆ど触れないインタビューを10,000字ものボリュームで載せたり、新作を紹介するコーナーのライナーノーツで曲の内容に一切触れずにライターの “ポエム” といっていいような文章を載せる雑誌です。 でもその内容が “音楽意識高い系” の読者にウケたのです。 何でこんなのが売れるか不思議に思われるかもしれませんが、私も記者が試合そっちのけでポエム状態のレポートを載せていたターザン山本編集長時代の「週刊プロレス」(当時の部数は60万部!)を愛読していたので良く分かります(笑) 更にロキノンのような雑誌のインタビューは「パブリシティー」、つまりプロモーションとして広告代わりにインタビューを「載せてもらう」。 ギャラなんて出ないし何ならレコード会社が広告代として数十万、下手したら百万単位の額を雑誌側に払っていたらしいです。  それでありながらロキノンはインタビュー記事なら常識である「原稿チェック」一切させないで掲載する編集方針のようで、それが1回目の謝罪文に書かれていた、

「記事の内容につきましては、発売前の原稿確認ができなかったこともあり、事実と異なる内容も多く記載されておりますが・・・」

 という部分を指しているようです。 なので、先ほど載せた同級生のインタビューにも有るように編集側が話を “盛った” 可能性が有ります。 とはいえその後QJに同様のインタビューも載るので「事実と異なる」とは言い切ないでしょう。 まとめると当時の悪趣味ブームと雑誌のチカラが圧倒的に強かった時代、そしてロキノンのクセが強すぎる編集方針があのインタビューを生んだと思われます。 そして小山田氏と事務所やレコード会社が “キャラ付け” として利用したのも見逃せません。だから小山田氏が話を盛った、というか “イキった” 可能性も有ります。 とはいえ、いずれにせよ86年に「葬式ごっこ事件」が、93年に「山形マット死事件」がありいじめが既に社会問題化していた中において “キャラ付け” のためにこの件を話したとするのならば、愚かでありミステイクでしょう。

 一方QJは今でこそお笑い、映画、テレビ番組など比較的メジャーなジャンルも取り上げていますが一時期は「ももいろクローバーZ」の専門誌状態でしたし、創刊当時はマイナーな話題を多く取り上げる雑誌でその方針が悪趣味ブームに乗っかるような内容になり、創刊3号に載った小山田氏のインタビューは「いじめ紀行」というとんでもない連載の第一回だったようです。 おそらく前年に発売されたロキノンのインタビュー内容を見て記念すべき第一回に選ばれたのでしょう。
「いじめ紀行」は今回の件を受けたQJの謝罪文によると、

「(当時の)取材者自身がいじめられた体験があることから、いじめられた側だけでなくいじめた側からも話をきくという趣旨で「いじめた側といじめられた側の対談」として当初発案されたものでした」

 という趣旨だったようです。 一見するとちゃんとしたコト言ってるようですが当時は「イジメはいじめられる方も悪い」という風潮が今よりも強かったので成立した論理なのでしょう。 今では考えられません。 当時の取材者は「村上清」という名前らしいですが、彼は小山田氏をインタビューした「いじめ紀行」の冒頭で、

 “いじめってエンターテイメント!?”
とか思ってドキドキする。
 だって細部までアイデア豊富で、何だかスプラッター映画みたいだ。(あの「葬式ごっこ」もその一例だ)

 という反吐が出るような文章を書いているのでQJに関しては間違いなく村上清が犯人です。 今でも同出版社のお偉いさんとして社内にいるらしいので是非とも説明をしていただきたいものです。 でもやはり小山田氏が “キャラ付け” のためにQJを利用しようとしたのは事実でしょう。 しかもQJはロキノンと違ってプロモーション機能は果たしておらずマイナーな話題を取り上げるサブカル誌で、 恐らく数万のギャラであのインタビューを引き受けてしまったハズです。 しかも当初はいじめられた側からも話を聞くという正気の沙汰とは思えない企画だったそうですが当然いじめられた側から取材を断られ、企画がボツりかけたが最後は小山田氏の単独インタビューという形で掲載に踏み切ったようです。 企画が倒れかけた時点で断れば良かったのに・・・

◆何度も反省するチャンスを逃した小山田氏

 この二度にわたるインタビューは知る人ぞ知る話題となり、ネットが普及し始めると2ちゃんねるなどで絶えず取り上げられていきます。 つまりオリンピック絡みで急に炎上したワケでは無く、常にどこかで燃え続けていたのです。 特に2004年、コーネリアスファンの掲示板でこの件が炎上したことがあったそうです。 批判と擁護の書き込みが交差する中、小山田氏本人が擁護派に向けて書き込んでいます。 その書き込みが、コチラ。

ここはそもそも、議論の場所でもないし
表現の場所でもなかったと思います。
彼ら(※批判派)は表現(挑発)をして、それに反応されたいだけなんですよ。
そして哀しいことに、掲示板ていうものはそういう圧力に対してものすごく無力です。 哀しいけどね。 それが現実。
だから、もう放っておきませんか?
実際、僕自身ものすごく頭にきてるし、
いろいろ言いたいこともあるけれど、
それは自分で責任が取れるところで言います。 ここでは言わない。
僕の提案は、僕の正義の中でしか通用しないし、
同意できないファンの人もたくさんいるだろうけど、
僕としてはそれが一番近道じゃないかと思います。
こいつらにクズって言われようが何言われようが興味ないね。
そんなことのためにここにきてたわけじゃないし。
僕は君たちとこの場所が大好きです。
はやく元通りになるといいですね。 ではね。

 このように擁護派をフォローする書き込みをして、過去のイジメを謝罪するコトはしなかったのです。 ここで謝っておけば過去に反省の意思を表していたと拡散されていたのに・・・ そこから時は巡り2020年、一冊の本が発売されます。

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90年代サブカルの呪い」(ロマン優光 著)

 掟ポルシェさんらと組んでいるバンド「ロマンポルシェ。」のメンバーで著書も多数あるロマン優光さんが書いた本です。 90年代サブカルという時代を詳細かつ客観的に振り返る内容で、その中の「サブカルしくじり先生」という章で小山田氏にも触れています。 ロマンさんは出版にあたり巻末の対談企画として小山田氏にオファーを出し過去記事の検証をしようと試みたそうですが小山田氏側から何の返事も無かったようです。 もしここで対談に応じて過去を振り返る行為をしていれば、少しは流れが変わったかもしれません。
 これら以外にも「デザインあ」などで音楽を担当していたEテレにこの件を問題視する声が届いた時など、謝罪や弁明、説明をするチャンスはいくらでも転がっていたのですが “自分で責任が取れるところ” だと思えなかったのか謝罪などするコトなく現在に至り、今回の大しっぺ返しを喰らってしまったのです。 因果応報といえばそれまでだし、イジメの内容から見て当然の結果だとも思いますが、もうちょっと上手く立ち回るチャンスは有ったのになぁ、とも思ってしまうのです。

◆今後の小山田氏と、今後の私たち

 さて、小山田氏は今後どのようになってしまうのでしょうか?

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 いっちょ噛みと逆張りが大好きなホリエモン氏はこのように述べていますが、元々小山田氏はそんなにメディアに出る人ではないし今の時代は別にメジャーレーベルだけが音楽発信の場ではなくなり、自らレーベルを作りサブスクで配信すれば音楽を届けるコトは可能です。 ただ、今回の件が影響して海外活動はガクンと減ってしまうかもしれませんが・・・ 今回の小山田氏が難しいところは道義的責任は大きいものの法を犯している、逮捕されているわけではないところです。 逮捕されているなら実刑なり執行猶予なりで景気を満了すれば罪を償った形になるのでそこから活動再開するのは比較的容易でしょう。 ところが小山田氏は今後道義的責任を絶えず問われることになるでしょうから明確な再起を図るタイミングが難しそうです。 とはいえ音楽家は公職ではないのだから活動するのは自由だし、それを是とするか否とするかは市場が判断し売上に反映されるものです。 そこで裁かれるのではないでしょうか。
 そして、これまでフリッパーズ・ギターやコーネリアスを好きだった人は聴き続けるのもやめるのも自由です。 今回の件で幻滅して聴きたくなくなったのならそれでも良いし、それでも小山田氏の音楽が好きなら聴けばイイんです。 音楽に罪は無い今の貴方を作り上げた要素の一部に小山田氏の音楽が有るのならそれを無理矢理否定する必要は無いと思っています。

◆この問題は、ジェネレーションギャップが生じる

 ここまで90年代サブカルを通って来た私が説明しましたが、何故この問題を無料記事で、しかも配信を買ってまで書こうかと思ったのは、90年代を通ってきた世代とそうでない世代で捉え方が全く違うからです。 30代以下の世代は当然90年代という時代をしらないため、現在の価値観を以って90年代を見て、判断し、断罪していますが、それではこの問題を理解することは不可能です。 現在の価値観と過去の価値観は違うということを受け入れた上で見ることが重要なのです。

 “哲学系ユーチューバー” じゅんちゃんがこの問題を取り上げていますが「醜悪な男ベスト3」の第2位に爆笑問題の太田光さんを挙げています。 7月18日のサンデージャポンでの発言を批判しているのですが、あの発言は言葉足らずの部分は否めないとはいえ、あの時代を通ってきた人間なら太田さんの言葉は決して小山田氏をただ擁護しただけではないと分かるハズです。

 7月19日放送のラジオ「爆笑問題カーボーイ」で太田さんが実に80分にわたりこの件について語っていますが、太田氏自身が高校時代友達が独りもできなくて孤独な3年間を送った人です。 そんな彼がイジメを単純に擁護するワケが無いのですから。

 もう一度言いますが、現在の価値観と過去の価値観は違う現在の価値観で過去を計るのは無理が有るのです。


◆この件で最もダサい記事を書いたメディアを覚えておきましょう

 さて、今回の件は各メディアが大炎上を取り上げていましたが、そうなる前にこんな記事が出たのを覚えていますか?

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 7月15日19時30分にアップされた「Smart Flash」の記事です。 組織委員会が演出チームを発表したのが7月14日、オリンピック公式サイトに発表されたのが7月15日の15時10分、それから僅か4時間後に出た記事です。 きっとこのメンバーが絶賛されると予想したのか事前に用意したかのような内容です。 まさかその直後に大炎上するとは思っていなかったのでしょうね。 こういうダサい記事を出したメディアが有るというコト、覚えておきましょうね(笑)


◆最後に  “鬼畜系”  は消滅したのか

 現在の価値観においては90年代の価値観は計れない。 それほどに現在は「ポリコレ」が進んでいて清廉潔白な社会か・・・ といえば、決してそんなコトは無いハズです。 というか、絶対にそんなコトありません。

 だって、2019年と2021年に話題になった映画(配信)が、コレだよ。

 アダルトビデオ業界自体を否定するつもりはないですよ。 そりゃ私は独身男性だから・・・
 たださぁ、AV業界の話が映画化され、話題になり、テレビでもラジオでもガンガンCMが流れている時代が、2021年ですよ。 きっとこれだって数十年先の価値観から見たら決して計れない価値観になっていることでしょう。

 鬼畜系は決して無くなっていません。 今でも貴方のすぐそばにいるかもしれないのです。




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