いきちがい

ちょっと暑すぎやしませんか。
連日40℃に迫る勢いで、少し外にいるだけで汗が止まらないどころか、気分が悪くなってくる始末。夜になっても気温は下がらず、野良猫たちは大丈夫なんだろうかと心配になる。

そんな暑さに負けじと、先日知人に誘われて久しぶりに外に酒を飲みに行った。一軒目でほろほろと微醺を帯びて、知人に連れられ二軒目へ。彼のよく知る店だというそのバーは、なかなかに洒落ていた。バーにしては明るい内装と照明に大きな画面。往年のスター歌手のMVが流れている。楽器がいくつか置いてあって、客の歌いたい歌をマスター(や、その時に居合わせた客)がギターやピアノで生演奏をしてくれるという。客はレパートリー集のようなものを渡されて、基本的にはその中から歌うことになる。

この時点で非常に悪い予感がしていた。俺は好きな歌がインディーズが多く、メジャーどころを全然知らないのだ。案の定、レパートリー集を見ても「知らない歌」か「サビしか知らない歌」しかない。第一、こういう明るいところで全然知らない人の前で歌うのは抵抗がある。そもそも知ってる歌、全然ないし。そうこうしているうちに知人はサッと歌を決め、マスターや初対面なはずの客に演奏をお願いし、マイクの前に立っている。

まぁ自分は無理して歌わなくてもいいか、と歌本を閉じて彼の歌を聴く。取り立てて上手くもないけど下手でもない。それでも生演奏でギターやピアノに合わせて歌う姿は楽しそうである。歌が終わる。アウトロが終わる。拍手。すでに一体感ができている。俺は隅っこでウイスキーをちびちび舐める。

そんな一体感は店の隅にまで押し寄せ、「キミもなにか歌いなよ」「いつも何を聞くの?」と知らない人にまで話かけられ、誘われる。適当に相槌うって愛想笑いしてる間に、ほかの人が歌い、知人も歌い、また一周。また話しかけられ、「歌おう」と誘われる。俺は「もうちょっと考えます~」とかなんとか愛想笑いで遠慮する。知人も「こういうところで歌うのも粋でいいじゃないか」みたいなことを言ってくる。

・・・だんだん嫌になってきた。生来の性格がいじけてるので、こうなるともう意地でも歌ってやるもんかという気になってくる。面白くない奴と思われても大いに結構!俺は歌わん!とどんどん意固地になっていく自分がいる。大人げないと思いつつ、なんかもう、嫌になったものは嫌なのだ。せめてムスっと不機嫌にならないように、終始笑顔で盛り上げ(といっても拍手したりくらいだけど)に徹して、さっと帰宅した。酔いはすっかり覚めていた。

そういえば小学校の頃、珍しく体育で筆記テストがあり、内容は主にスポーツに関する時事問題だった。テレビをほとんど見ない子だった俺は、スポーツの時事ネタを何一つ知らないせいで全部空欄で提出した。結果、先生に「もっと周りに興味を持とう」的なことが書かれて、ひどくショックだったのを覚えている。今この年齢になって、まさか歌の知らなさでショックを受けるとは。

俺がメジャーなものを知らなすぎるのが問題であるのは間違いないのだけど、それでもやっぱり、興味のないものはないのだ。無理して覚えることなんてできないし、「不勉強なもので」と丁寧に断るには話題がカジュアルすぎる。
こんな風にごちゃごちゃ言い訳せず、純粋に楽しい気持ちで覚えられたらいいのにね。なんて自分に甘く、今日も酒を飲む。こういうチマチマした意地とか記憶も、酒の肴。

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