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10万円給付がGDPを押し上げ 効果が切れると斜陽感と陰謀論が広がった──コロナ禍を振り返る

「こんな世の中が続くのかな。いつか家賃が払えなくなって外で死ぬなら、このままベッドの上で死んで腐ったほうがいいかな」と、ある女性が言った。このとき彼女はまだ20代だった。経済は人の心理を変える。心理もまた経済を動かす。

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加藤文

大学生が笑みを浮かべて語った

 当プロジェクトはサポートおよび記事販売で得た収益を使い2021年7月から都内の大学に在籍する学生(サークル部員)を継続的に調査し、ワクチン忌避の広がりとコロナ禍での意識の変遷を以下の記事としてまとめた。


 このうち『私たちはヒーローだった・コロナ禍2年を振り返る』では反マスク、反ワクチンを標榜していた人たちが、いつどのような心境にあったかも聞き取りをもとに紹介した。

 いまあらためて振り返ると、たった1年から2年以内のできごとに隔世の感があり、目まぐるしさにコロナ禍の異常さ感じざるを得ない。

 2020年1月に新型コロナ肺炎が日本に上陸し、正体不明の感染症ははじめは外国人が持ち込むものとされたが、隣人同士で広め合うものと認識されるようになり不安が高まっていった。3月末にECMO装着のまま志村けん氏が亡くなると、かねてより続いていた不織布マスクの枯渇と相まって危機感と悲壮感が最大化している。

 マスク不足はゴールデンウィーク明けから解消され、緊急経済対策として行われた特別給付金10万円が各人の口座に振り込まれていった。この時期、大学生たちは苛立ちや怒りといったネガティブな反応を示した者でも、給付によって家族や自分が前向きな気分になれたことを証言している。


 当時、経済がどのように動いていたか以下のようなツイートがあった。


 ツイートで民間シンクタンクと語られた三菱総研が発表しているリリースを紹介する。


 自粛に不満たらたらの大学生さえ給付金について語るとき笑顔になった背景に、社会全体に広がった危機感を和らげる雰囲気があった。これが経済効果でありGDP押し上げの効果だった。


夏から秋に向かい気分は斜陽感へ

「イベントの仕事がぜんぜんなくなって、こんなのおかしすぎると周りの人たちも言っていたし、ネットを見てると同じ意見の人が多かったです。仕事がなくて、ずっとやらないと決めていた夜のお店の宣伝の撮影を受けたときも(撮影現場で)みんな同じように言っていて、いままで知らなかった業界もそうなんだ、うらんでいるんだと感じました」

 都内でイベントの司会やモデルをしていた女性Aは自粛要請と経済の停滞によって2020年の春から仕事が撃滅していた。いつ振り込まれるかと渇望していた10万円は瞬く間に生活費として消えたが「生き延びた」気がしてほっとしたという。だが安堵感はいつまでも続かなかった。

「どこにいても、とつぜん重いものがやってきて歯を食いしばってトイレで泣いたり。地下鉄に乗っているのがつらくなって、ドアが開いて飛び出して訳がわからなくなってパニックになったり」

 と精神的に追い詰められた彼女は、Qアノンの陰謀論に深入りした。

 この時期に何があったか振り返ってみよう。


 感染者増第1波とマスク不足と自粛要請に被害者意識が広がりつつあったが、10万円給付によって危機感が和らげられ経済も上向いた。しかし給付金の心理的な効果が薄れはじめると国民主権党を率いる平塚正幸による反自粛・反マスク運動が「コロナはただの風邪」をキャッチフレーズにして支持を集めた。

 「コロナはただの風邪」「コロナ脳」といった言葉を使い自粛を拒否して経済を回せと主張したのは平塚正幸だけではなかった。自粛によって経営を圧迫されかねないか、危機的な状況になっていた自営業者が感染対策を嘲笑ったのだった。


 9月になるとピーチ機内でのマスク着用拒否騒動や著名人のマスクトラブルが発生し、対立や反抗が顕在化した。春先から静かに進行していたQアノン等の陰謀論の広がりが勢いづきはじめたのも、この時期である。

 自営業の男性Bは次のように語っている。

「夏前は経営する店の前でマスクや除菌ウェットティッシュを売ることもありました。自粛が長引いてアルバイトに1ヶ月分のバイト代を払ってやめてもらったあとも苦しい状態が。自分も周りも誰も感染者がいないのにおかしいと追い詰められて自粛やマスクを憎むようになりました」

 彼は廃業の危機を味わい、悲壮感や絶望感を抱えたまま陰謀論に没入していった。

「いつまでも続く予感がして……。マスクするな、自粛するなのデモをやったりツイッターで見せつけていると気分がブーストされて。最悪なにかあっても、この仲間がいれば商売の底ざさえくらいできそうな気分になることもありました。そんなに甘くないのはわかっていていも、そう思える瞬間があるとだいぶ違ったんです」

 同じく反マスク運動から陰謀論者になった女性Cは、

「さみしくて怖かった。ずっと前に心療内科でもらったセパゾンやデパスが残っていたから、あと何錠、あと何錠と数えながら飲んでいました。むかし一度だけ吸ったことがあるタバコを吸ってみて、セパゾンとかデパスやタバコで体がどんどん汚れていく感じで」

 と金銭面だけでなく精神が荒んでいく様子を語っている。

 年末から翌2021年初頭になると対立や反抗は陰謀論者や一部の市民だけのものでなく広範囲に広がり、路上にたむろって酒を飲む「路上飲み」が繁華街だけでなく郊外の駅周辺などでも見られるようになった。

「ひどいやつあたりでした。自分が落ちるところまで落ちている自覚がありました。自覚があっても続けているところなんかヤク中と同じだと(あとになって)気付いたのです」

 と男性Bは言った。


心理が経済を動かす

 2020年の夏から2021年の秋にかけて大学生の心理は以下のように推移した。


 第2波のあとの小康状態で安堵感を感じたり慣れが出てきて[不安]が減っている。第4波へ向かう時期は、新年度へ向けて新たな目標が意識されて[不安]が増大して[苛立ち][怒り]が減った。コロナ禍がまだ続くのか、大学生活や就活はどうなるのか、あまりに先が読めない新年度のはじまりだった。

 第4波収束から第5波の真っただなかにあった2021年の夏は、ワクチンデマや接種の遅れに反応して再び[苛立ち][怒り]に感情が傾いて[不安]が減っている。

 大学生と社会人では傾向にちがいがあるものの、敏感すぎるほどの世情への反応は、日本の社会が年齢や階層を問わず神経過敏になっている現れと言ってよいだろう。

 男性Bは、

「貧すれば鈍する。心まで鈍くなるって言いますが、逆に神経質になっていろんなことが突き刺さってくるような怖さを感じていました。こうなると金を使わなくなります。怖いんですよ、金をつかうことが」

 と言う。

 女性Aは、

「ぎりぎり限界だったので実家に戻りました。親もコロナで商売が順調ではなかったんですが私なんかよりはよくて、仕事を手伝いました。忙しさもあったしバイト代ももらって、追い詰められなくなって心配しなくてもよくなっていたら、陰謀が抜けてたんです。いちいちいろんなことで泣くこともなくなりました」

 と立ち直りの契機を語る。

 人々の心理が経済を動かし、経済が停滞すれば絶望や恐怖に包まれ、経済が上向けば心理に余裕が生まれ好循環がはじまる。コロナ禍で経済が疲弊しなかったり必要十分な金銭の支援や減税措置があったなら、彼らは陰謀論どころか反マスク、反ワクチン派になっていなかったかもしれない。


困窮との闘いと心の限界

 故郷を離れ北海道で一人暮らしをしていた女性が陰謀論を信じ、ノーマスク運動の活動家になるまでの経過を以下の記事で追った。

 

 ヘアドネーションなど慈善活動に熱心だった女性は、コロナ禍の煽りを喰らい失業した。陰謀論に目覚めはじめてからも、彼女は当時首相だった安倍晋三氏に救いを求めている。


 その後、仕事が見つからないまま陰謀論に深入りをしていた彼女が、給付金を得て束の間とはいえ困窮を癒したものの、女性Aのように再び混沌とした精神世界へ戻っていった。記事を公開したのは2021年6月だった。このとき彼女は当プロジェクトのツイートに「いいね」をつけて、1ヶ月後に自身のアカウントを閉鎖して消息を絶った。

 彼女の経済的困窮との闘いは不安との闘いだった。この不安から逃げるため陰謀論に酔い、陰謀論者から尊敬をあつめる地位を得て精神の均衡を保っているかのようだった。程度の差はさまざまだろうが、私たちも思い通りにならない日々を送り、コロナ禍3年目に入ってからはエネルギー危機や円安までをも背負わなくてはならなくなった。心は限界に達しているかもしれない。

 この事態に普遍的かつ効果的な特効薬は何か、言うまでもない。

 陰謀論を捨てて生活を立て直した女性Cは、最近になって次のように言っている。

「反マスクとか陰謀論とかやめたあとも、どうやって生きていくか考えるより、どうやって死んでいくかわからないのが怖かったんです。こんな世の中が続くのかな。いつか家賃が払えなくなって外で死ぬなら、このままベッドの上で死んで腐ったほうがいいかなとか。こんなことばっかり考えてたときがありました」

 このとき彼女はまだ20代だった。収入があっても前途に不安しかなかった。

『斜陽』2014 ©︎Katou.B


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